~その17~ モンモン
食事が終わり、お茶を飲みながら私たちはほっと一息ついた。
「一臣君」
「はい?」
兄がいきなり神妙な顔つきになった。
「弥生のことをよろしく頼んだよ」
「……」
「弥生は、本当に大事な妹なんだ」
「…はい」
「泣かせるようなことは、絶対にしないでくれ」
「約束します」
「……うん。今日、君とちゃんと話をして本心が聞けて良かったよ」
「僕の言うことを、信じてくれたんですか?」
「ああ。嘘で言っているかどうかは、さすがにわかるさ。それに、弥生は嘘がつけないからね。弥生の表情を見ていたらわかる。今、幸せそうだ」
か~~~~!顔が思い切り火照った。
一臣さんはそんな私を見て、くすっと笑うと、
「僕も今、幸せですよ。弥生に幸せにしてもらっています」
と、兄にそうはっきりと言った。
「そうか。うん。これなら安心してアメリカに帰れる。屋敷にまで押しかけて悪かったが、でも、来てよかったよ」
そう言うと、兄は席を立った。
兄の後ろにはトモちゃんがいた。
「あの!」
席を立った兄に向かって、いきなりトモちゃんが話しかけた。
「え?」
兄がトモちゃんのほうを振り返って見た。
すると、亜美ちゃんまでがトモちゃんの横に進み出た。
「安心してください。弥生様と一臣様は本当に仲がいいんです。昨日も、一臣様のいとこの汐里様とお話しなさっていて、一臣様が弥生様のことを本当に大事に思っているっていうことがわかりましたし」
わあ。トモちゃん、何を言いだすんだ。
「それに、私たち従業員一同、弥生様のことが大好きで、一臣様の奥様には弥生様しか考えられないんです。弥生様だから、心からお仕えしたいって、そう思っているんです」
亜美ちゃんが目を輝かせ、兄に言った。
兄は、亜美ちゃんとトモちゃんだけじゃなく、国分寺さんや日野さんも見た。キッチンからはコック長と喜多見さんも現れた。みんなが、優しい目で兄と私を見ている。
「コック長の喜多見です。料理の味はいかがでしたか?」
「美味しかったですよ。こんなに美味しいものをいつも弥生は食べられているんですね」
「ありがとうございます」
「弥生は料理をすることも好きなので、どうぞたまにはキッチンを使わせてあげてください。きっと、手料理を一臣君に作ってあげたいと思っていると思いますので」
うわ。そんなことまで、言っちゃうなんて。
「はい。いつでも喜んでお貸しします」
コック長はにこやかにそう言った。
「弥生様のことは、みんなで守っていますので、どうぞご安心くださいませ」
喜多見さんがそう言うと、兄はにっこりと笑って私を見た。
「本当に弥生は、お屋敷のみんなから好かれているんだな」
「はい」
「そうか。これなら、安心だ」
兄はそう言うと、にこにこしながらダイニングを出た。
私はみんなの優しさが嬉しくて、涙があふれてきてしまった。
「弥生?」
一臣さんがそんな私の顔を覗き込みに来た。
「あ、嬉しくて」
「ははは。嬉し泣きか?本当にお前は泣き虫だな」
一臣さんは優しくそう言うと、手で私の涙を拭い、
「ほら。如月氏を部屋まで案内して、おやすみくらい言って来いよ」
とそう言ってくれた。
「はい」
私は元気よく返事をして、如月お兄様のあとを走って追って行った。
兄と一緒に一階にある客室までいった。そして、
「弥生、良かったな。本当に安心したよ」
と兄は優しくそう言ってくれた。
「心配かけてごめんなさい」
「いいんだ。弥生が幸せそうで本当に良かったよ」
「でも、明日アメリカに帰ったら、またすぐに卯月お兄様の結婚式で来るんでしょう?」
「ああ。だけど、これからも日本とアメリカを行ったり来たりすることになりそうだし。当分はこんなのが続くだろうな」
「え?」
「緒方商事とのプロジェクトだよ。緒方商事にも行くことが増えると思うが、よろしくな?あと、トミーのほうが頻繁に緒方商事に行くことになると思う。弥生にはもう手を出さないように言っておくから、その辺も安心していいからな?」
「はい」
トミーさんか。如月お兄様はトミーさんのこと信頼しているみたいだけど、トミーさんも十分、プレイボーイで女慣れしている感じがしたけどなあ。
「じゃあ、明日早いし、もう休むとするよ」
「はい」
「早いから明日の朝は見送りはいいよ、弥生。弥生は仕事があるんだろう?」
「いえ。見送ります。何時ですか?起きるの」
「う~~ん。6時かな。7時にはここを出るつもりだから」
「そんなに早いんですか?」
「だから起きないでもいいよ」
「いいえ。ちゃんと見送ります」
「ははは。弥生も頑固だなあ」
兄はそう言って笑うと、おやすみと優しく言って私の頭を撫で、部屋に入って行った。
私はくるりと方向転換して、ロビーのほうに歩き出した。すると階段の下で一臣さんが待っていてくれたのが見えた。
「待っていてくれたんですか?」
足早に一臣さんのもとに行ってそう聞いた。
「ああ。一人で部屋に行くのは寂しいからな」
うわあ。なんだか、嬉しい。
一臣さんは私の手を引き、階段を上りだした。
「もっといろいろと、話し込むかと思っていたぞ」
「兄とですか?でも、またすぐに会えますから」
「なんでだ?」
「卯月お兄様の結婚式でです」
「ああ。そういえば、来週だったっけ?」
「はい。兄も忙しいですよね。日本とアメリカ行ったり来たり」
「そうだな。大変だな」
「でも、そういうのがずっと続くって言っていました。緒方商事とのプロジェクトのことで、緒方商事にも来ることもあるって」
「…あいつも来るのか?トミーってやつも」
「はい。頻繁に来ることになるって言っていました」
「お前は、俺とのプロジェクトがあるからな。海外事業部のプロジェクトには一切関わらなくていいから。そうしたら、トミーに会うこともないだろ?」
「はい。でも、会っても別に何も」
「駄目だ!あいつは危険だ」
「え?」
「あいつ、女慣れしてるだろ?」
あ、一臣さんは気が付いていたんだ。
「お前の肩も平気で抱いてた。あんなやつのそばに絶対に寄るなよ」
「はい」
「お前、俺以外のやつでも平気で肩抱かれるんだな」
「平気じゃないです!けっこうあれは…」
「なんだ?ドキドキしたのか?」
「いえ。い、嫌でした」
「え?」
「一臣さん以外の男性に触れられるのは嫌です。ドキドキなんかしません。早く離れて欲しいってずっとあの時も思っていました」
「じゃあ、離れたらよかっただろ?」
「はい。ですよね?でも、どうしていいかもわかんなくて。あの、免疫がなさすぎるので」
「やっぱり、近づいたら駄目だ!絶対に駄目だ!わかったな?」
「はい」
一臣さんは私の手を離し、グイッと腰を抱いて引き寄せ、そのまま一臣さんの部屋に私を入れた。
やきもち?だよね。一臣さんって意外と、やきもち妬きだから。
それはなんだか、くすぐったいというか、嬉しい。
「あ、明日、朝早くに起きて、兄を見送りますね。一臣さんはゆっくりと寝ててください」
「え?じゃあ、夜更かしはしないのか」
「はい。早めに寝ます。寝坊しないように」
「…じゃあ、今日はしないのか」
「え?」
「だから、しないのか?」
「…し、しません。そんな、毎晩のようにしていたら、体も持ちません!」
「……そうか。なんだ。こんなに早くに飯も終わって、時間がたっぷりとあると思ったのにな」
もう~~~。頭の中、それだけ?とか、ちょっと疑っちゃう。
だけど、男の人ってもしかして、そういうもの?一臣さんだけが特別じゃないのかな。
「風呂、先に入っていいぞ」
「はい」
着替えを取りにいってから、また一臣さんの部屋に戻り、お風呂に入りに行った。一臣さんはパソコンを開いて、何かをしていた。
バスタブでゆっくりとして、お風呂を出て髪も乾かした。それから、ゆったりとした気持ちでバスルームを出た。
一臣さんはというと、あれ?ベッドに横になってる?まさか、寝ちゃった?
「一臣さん?寝ているんですか?」
「いいや。休んでいるだけだ」
「疲れたんですか?」
「ああ」
「兄のことでですか?」
「う~~~ん。いろいろとな」
そうなの?
「お前、まさかもう寝るのか?まだ、10時だぞ」
一臣さんは腕時計を見て、そう聞いてきた。
「でも、明日、6時には起きようと思っているので」
「6時だろ?今から寝たら、8時間も寝ることになるぞ」
「はい」
「……あ。そうか。お前、睡眠時間8時間でちょうどいいのか」
「はい」
「俺からしてみたら、寝過ぎだと思うけどな。よく、そんなに寝れるよな。小学生なみの睡眠時間だよな」
「…子供ですか?」
「ああ。お子ちゃまだ。いい加減、大人になれよ」
「お、大人になっていませんか?」
「……」
なんで無言?じっと私のこと見ているし…。
「ここに来いよ」
そう言うと、一臣さんは自分の寝ている横をぽんぽんと叩いた。
「エッチなことしてきませんよね?」
「なんでだ?したら悪いのか」
「だって、もう寝るのに」
「はいはい。しません。寝るんだったら、ここに横になれよ」
「はい」
私は大人しく、一臣さんの隣に寝転がった。一臣さんはすぐに腕枕をしてくれた。
わあい。腕枕は嬉しい。
でも、それから一臣さんは、私のほっぺをつついたり、鼻をつまんだり、髪をいじくったりしてきて、私のことを寝かせてくれなかった。
「あの、それじゃ、眠れません」
「寝ていいぞ」
「いえ。寝れませんから」
そう言ってもまだ、一臣さんは私の髪を撫でたりしている。
そして、じいっと私を見て、私の頭の下から腕をゆっくりと外すと、私の上に覆いかぶさってきた。
「え?!しないって言いましたよね?」
「しない。ただ、弥生を見たいだけだ」
「み、見たいって!?」
まさか、パジャマ脱がされるの!?
「弥生、可愛いから、じっくりと見ていたいって思ってさ」
「だ、だ、駄目です。寝れなくなっちゃう」
「寝てていいぞ?勝手に見ているから」
ひゃ~~~!そんな、エッチなこと言わないでよ。
「む、無理です」
そう言っても、一臣さんは私の上からどこうとせず、私の顔の真ん前に顔を持って来て、じっと私を見つめてきた。お、おや?パジャマは脱がさないのかな?
あ。もしかして、ただ顔を見ているだけかな。なんだ。私の早合点だったのか。ああ、びっくりした。だったら、平気かな。
「お前の黒目って、人より大きくないか?」
「そうですか?」
「ああ、それで小動物みたいなのか」
「微妙」
「何がだ?」
「あんまり嬉しくないです」
「なんでだ?可愛いぞ。その目でうるうるされられるだけで、そそられるし」
え~~~~。そこも、微妙!
「鼻も可愛いよな」
パク。
きゃあ。鼻の頭、甘噛みした!
「た、食べないでください」
「ははは」
もう~~~。心臓がどんどん高鳴ってきちゃっているのに。
「ほっぺたもマシュマロだけど、唇もだよな。この唇ってけっこうそそられる。キスしたくなる」
「え?」
「他のやつもそう思うかもしれないから、俺以外の男に近づくなよ」
「近づきませんし、思われませんから」
「そうか?可愛いと思うけどな、めちゃくちゃ」
でも、それ、一臣さんの目が変なんでしょ?
チュ。
あ、唇にキスした。ドキ!
「ほらな?感触がマシュマロだ」
恥ずかしいから、もういいよ~~~。私の顔、きっと真っ赤になっていると思うんだけどな。
チュ。チュ。チュ。
うわわ!立て続けにキスされた。もう~~~。心臓がバクバク!
「ね、眠れませんから、あんまりキスとかしないでください」
「ああ。お前、寝るんだっけ」
「そうですっ!」
「じゃあ、これが最後な?おやすみのキスだ」
そう言うと、一臣さんは舌を入れてきた。
うきゃ~~~。おやすみのキスじゃないよ、こんな濃厚なキス。
「ん、ん、ん~~」
それも、長い…。
ドキドキドキ。胸の奥が疼く。これから寝るのに、疼いたりしたら困るのに。
チュー…。
ドキン。下唇、吸われた。
チュー…。
うわ。今度は上唇。
お、おしまい?と思っていると、また舌が入ってきた。そして、絡みついてきて、それからチュー…と、舌まで吸われた。
だ、駄目だ。果てた…。もう、ヘナヘナだ。
「じゃあ、おやすみ」
え?
「俺も風呂入ってくるから。お前は先に寝てていいぞ?」
うそ。
一臣さんは、ベッドから降りると、スタスタとバスローブを持ってバスルームに入って行った。
うそ~~~!
胸の奥は思い切り、うずいちゃっているし、心臓はまだバクバクしているし、体は力が抜けてヘナヘナで、私のほうが、もう降参、何をされても抵抗しません…くらいになっていたのに。
ぐるっと、うつ伏せになり、もんもんとしている気持ちを必死に抑えた。
ああ!こんなんじゃ寝れない~~~。でも、寝ないと。でも、寝れそうにない!
ずるいよ~~~~~!!!
そして…。一臣さんは髪を乾かし終えてからバスルームから出てきた。掛け布団を頭までかけていたが、私はその掛け布団をずらし、ちらっと一臣さんを見た。
一臣さんはすぐに電気を消して、私の隣に寝転がった。
「まだ、寝ていなかったのか?」
「え、はい」
ドキン。もしかして、いきなり襲って来たりする?どきどき。
「俺も早起きして一緒に見送るぞ」
「え?」
「だから、俺ももう寝る。おやすみ」
そう言うと一臣さんは、軽く私の髪にキスをして、私のかけていた掛け布団に潜り込んだ。
え。寝るの?
布団に潜り込んで、ちょっと体が触れたり、足が触れたりするだけでも、ドキンってして、疼いちゃうのに。
私のことを抱きしめ、一臣さんは目を閉じた。
寝ちゃうんだ!
え~~~~~~~~~~~~~~っ!!
この疼きは、どうしたらいいの?今だって、絡めてきた足にまでドキドキしている。それだけじゃない。時々私のおでこにかかる一臣さんの息に、ドキッ、ドキッと胸がときめくし。
ツー…。
ドキ―――ッ!抱きしめている背中、指でなぞってきた。
「ん!」
やばい。声出た。それにピクンって体も動いちゃった。感じちゃったってばれたかも。
え?うわ。
一臣さんは、背中をそのまますうっと撫でて、お尻も撫でて太ももまで手をもってくると、太もももゆっくりと撫でてきた。
やばい~~~~。声、殺しているのもつらい。パジャマの上からでも、一臣さんの手に感じてしまう。
「弥生」
ドキ――――――ッ!
「寝るんだろ?感じてたら寝れないぞ」
えええ?やっぱり、ばれてる!
「おやすみ」
また、髪にキスをした。
本当に寝るんだ。太もも、撫でたりしたのに!
モンモンとして私はなかなか寝れなかった。でも、一臣さんは5分もしたら寝てしまい、すやすやと気持ちのいい寝息を立てている。ずるい。
私から、抱いてくださいって言ったら抱いてくれたのかな。
でも、自分からなんて言えない!
ああ、もし今度こういうことがあったらどうしよう。そんなことまで考えてしまい、悶々とし続け、結局眠れたのは、鳩の鳴き声がしてからだった。




