~その11~ 仲良くランチ
秘書課に行くと、江古田さんも私を待っていてくれた。
「お待たせしました」
そして、大塚さん、江古田さん、私という変な組み合わせで、ランチをしに行った。どうせなら、社外で食べようと、前のビルの地下に行ってみた。
「ここのパスタランチ、美味しいのよ」
と、大塚さんが教えてくれたイタリアンのお店に入った。そして、それぞれパスタを注文して、ワクワクしながら待っていると、
「あの子だよ、あの子」
というこそこそとした声が聞こえてきた。
なんだろう。
「今日も一臣様と朝、車が一緒だったの」
「朝、車が一緒って、ホテルかどっかから来たってこと?まさか、お泊りしたってこと?」
「私、エレベーターも一緒だったんだけど、べったり抱きついていたんだよ。信じられる?他の社員もいるのに」
「何様のつもり?秘書課の人間って聞いたけど」
「新しいプロジェクトの提案者だって。どうせ、一臣様は遊びのつもりなんだろうけど、あの人本気にしてるんじゃない?」
「じゃ、そのうち捨てられちゃうんだ。いい気味だよね」
全部、聞えているんですけど。あれでも、内緒話のつもりかな。時々、きゃははとか笑っているし。ちょっとムカつく。
「そういえば、一臣様ってさあ、緒方財閥の一族の前で、婚約者決めたって知ってた?」
「あ、それ、私も聞いた。誕生日パーティで社長が発表したんだって」
「その相手っていうのが、一臣様が選びたかった人じゃなかったらしくって」
「その腹いせで、あんな子と付き合ってるんじゃないの?」
「ああ。社長に嫌がらせ?」
「くすくす。じゃなかったら、あんな子を一臣様が本気になるわけもないし」
「遊び相手にだって選ばないでしょ?だって、今まで噂になっていた人ってみんなすごい美人じゃなかった?」
「そうよね?」
だ~か~ら~、丸聞こえですからね!
「ここ、やめますか?まだ、オーダーしたものも来ないし」
江古田さんが私に気を使ったのか、そう言って来た。
「ううん。大丈夫。それに美味しいパスタ楽しみだし」
「あんなの、気にすることないって。ひがんでいるだけだから。だって、向こうは一臣様に相手にされないどころか、名前だって覚えてもらっていないんだから」
大塚さん、声、でかい。
「ちょっと、なんか私たちのこと言ってるみたいよ」
「え…、誰?あの人」
「ほら。最近、秘書課から庶務課に飛ばされた気の毒な人」
「ああ。知ってる。一臣様に飛ばされたんでしょ?その人が一臣様の遊び相手といるんだ。どういう関係?」
「そのうち、あの一臣様に引っ付いている子も、どこかに飛ばされるんじゃないの?」
「くすくす。さっさと捨てられたらいいのに」
「秘書課にいて、一臣様にくっついてた葛西さんって人も辞めたんでしょ?」
「大阪に飛ばされて、それが嫌で辞めたらしいよ」
それもこれも、全部聞こえてる!
「うるさいなあ。ああいう女子って嫌いなのよね。自分たちはなんにも出来ないくせに、集まって人のことねちねちと噂しているの」
わあ。また、大塚さん声がでかい。
「し~。大塚さん、やめましょうよ。喧嘩売るのは」
江古田さんがそう言って止めた。
「喧嘩売ってるとしたら向こうでしょ?あんなに聞こえるように、人の陰口叩いて」
あ~~。なんか、やばい雰囲気かも。
「お待たせしました」
その時、店員さんがパスタを持ってきた。
「食べよう。大塚さん。ほら、美味しそうですよ」
私はそう言って、いただきますと手を合わせ、食べだした。
「あ!美味しいです!」
江古田さんも隣で、いただきますと食べだした。大塚さんは、むすっとしたまま、やっとこ食べだした。
「これ、手打ちなんですよね?柔らかいし美味しい」
私がそう言うと、サラダを持ってきた店員さんが、
「はい、手打ちなんですよ」
と、にこやかにそう言った。
「食後は、コーヒーか紅茶がつきますが、どちらになさいますか?」
「私は紅茶で」
そう店員さんに言うと、江古田さんと大塚さんは、コーヒーを頼んだ。
「大塚さんは、いろんなお店を知っているんですか?」
「知ってるわよ。ランチもいろいろと行ってるし。うちのビルの6階は食べ飽きちゃったからね」
「へえ。じゃあ、帰りにもどこか寄って行くんですか?」
「時々ね。帰りは飲みに行くことが多いかな。今度一緒に上条さんも行く?」
「行きたいですけど、私、お酒弱いから飲まないようにしているんです」
「そうなの?強そうなのに。酒豪かと思ってたわ」
「酒豪?!そう見えますか?」
かなり、ショック。
「江古田さんもお酒飲むんですか?」
私は江古田さんに聞いてみた。
「私もあまり、強い方ではないんです。すぐに真っ赤になるし」
「意外だなあ。江古田さんも強くて、飲んでもまったく表情も変えないのかと思ってた」
また、大塚さんがそう言った。
「でも、みんなで飲みに行っても楽しそうね」
「私は飲めないですよ。あ、でも、雰囲気を味わうのは好きです。だから、居酒屋とか好きなんですよね。それも、お料理が美味しいじゃないですか」
「え?上条さん、居酒屋行くんですか?」
江古田さんが思い切り驚いている。
「はい。江古田さんはどんなところに行きますか?」
「私も、居酒屋か、焼き鳥屋、夏場だとビアガーデン」
「なんだ。やっぱり、江古田さん、飲んべえなんじゃないの?」
大塚さんがそう言って笑った。
「大塚さんは、どういうところで飲むんですか?」
江古田さんが聞いた。
「私は、以前はオシャレなバーとか、レストランとかで飲んでいたけど。最近はやっぱり、居酒屋かな。そういうところ、本当に行かなかったの。場違いっていうか、世界が違うような気もしていたし。でも行ってみたら意外と面白いのよね」
「はい。そうですよね」
私もうんうんと頷いた。
「この前、臼井課長と伊賀野さんと行ってきたんだ。居酒屋。そこのお料理美味しかったの。それに、臼井課長、酔うとネクタイ頭に巻いて、もう典型的な酔っ払いの親父なんだもん、笑えちゃった」
「え~~~。楽しそう。呼んでほしかったです」
「そう?じゃあ今度は、上条さんも呼ぶわね」
「ぜひ!」
「上条さんは、他にいいところ知ってる?」
「飲み屋さんですか?そうですね。焼き鳥屋もいいですね。夏場は焼き鳥か…、あ。焼肉もいいですねっ」
「いいね~~。ビールジョッキと焼肉!」
「私はビールジョッキは駄目ですけど。飲めないから。あ、でもノンアルコールのビールがあるから、気分だけでも味わえますよね!」
「行く?今度、3人で。あ、臼井課長も誘う?伊賀野さんもけっこう飲むとはしゃぎだして面白かったわよ」
「行きたいです!」
「上条さん。そういうのはあんまり」
「え?」
江古田さんがなぜか、おたおたと困っている。
「江古田さんはそういうところ、嫌いなの?」
大塚さんが聞いた。江古田さんは、
「そういうわけではないですけど」
と言いつつ、困っていた。
いつの間にか私たちは話に盛り上がっていて、横でこそこそと話していた人の声が聞こえなくなっていた。でも、レジでお金を払おうとすると、その人たちもレジに来て、
「え~。居酒屋だって。くすくす。やっぱり、庶民なんだよ。一臣様とは釣り合わないわよね」
と、言っているのが聞こえてきた。
なんだかなあ。悪口を絶対に言わないと気が済まないのかなあ。女の人ってやっぱり怖い。
でも、仲良くなると、きっとそんなに悪い人じゃないんだろうな。なにしろ、あんなに嫌味を言ってきていた大塚さん、今は話も合うし楽しいもん。
それからそのお店を出た。そして3人で仲良く道路を渡り、楽しく話ながらオフィスのビルに入ると、後ろから声を掛けられた。
「弥生」
え?
「あ、一臣さん!」
わあ。嬉しい。偶然にも一緒になっちゃった。
「お前も今、食べ終わったのか?どこで食べていたんだ?」
「前のビルの地下でパスタを。一臣さんは?」
「等々力が教えてくれた、この近くにある寿司屋で食べて来た。うまかったから、今度一緒に行こうな?」
「はい」
嬉しい!と喜んでいると、私の後ろから、
「一臣様だ…」
と言う声が聞こえてきた。
あ、さっき、隣で私の悪口を言っていた3人組。
「一臣様、なんか、最近変な噂と言うか、陰口を聞くんですけど。さっきも隣の席でここの社員がべらべらと上条さんの悪口を言っていたんですよ」
わあ。大塚さんがばらした。
「弥生の?」
「はい」
大塚さんがそう言って、ちらっとうしろを向くと、さっきの3人組は顔を青くさせ、バタバタと急ぎ足でエレベーターホールに駆けて行った。
「あいつら?もしかして」
一臣さんがそう聞いた。
「はい」
「悪口って?」
「そりゃもう、いろいろと。聞いていて頭に来るほどに」
「あはは。大塚だって弥生のことはいじめていただろ?」
「私のはいじめていたっていうより、試していたっていうか」
「ふ~~ん。ま、いいけどな。それから、弥生の悪口も、そのうち言えなくなるだろ。今はしょうがないとはいえ、そのうちそんなことを会社の近くで言っていると、俺や親父の耳に入ったら、即、クビだな」
え。
今なんと?
「即、クビですか?」
大塚さんも目を丸くした。でも、江古田さんは、当然だというような顔をして聞いている。
「ああ、大塚。多分お前と弥生、気が合うと思うから、これからもよろしくな」
「え?はい。今度は一緒に飲みに行こうかと話もしていたんですけど」
「飲みに?どこにだ?誰とだ?2人でか?2人では駄目だ」
わあ。一臣さんが怒ったかも。片眉思い切りあがったし。
「い、いいえ。庶務課の臼井課長や、新人の人も誘って」
「伊賀野か。そうか。じゃあ安心かな。いいぞ、行ってきても。あ!でも、弥生は酒を一滴も飲むなよ。わかってるな?」
「はい」
「え?行ってもいいんですか?一臣様。居酒屋や、焼肉屋や、焼き鳥屋ですよ?」
江古田さんがびっくりしながら聞いた。
「ずいぶんと庶民的なところばかりだな。まあ、いいんじゃないか。弥生にはぴったりだろ?あれ?大塚もそういうところに行くのか?」
「はい。行きますけど。一臣様もご一緒に行きますか?」
「俺はいい。そういうところのにぎやかさが苦手だからな」
一臣様も交えてそんな話をしながら、エレベーターホールまで来た。
「あ、私は午後、庶務課に戻るので、ここで失礼します」
大塚さんはそう言うと、立ち去ろうとしてから、
「あ!今度メアド教えてね。弥生」
と、私を呼び捨てにして、総務部のほうに駆けて行った。
「弥生?そう呼ばれているのか?お前」
「いえ。今、いきなり…」
「大塚にずいぶんと気に入られたんだな」
「ですね…」
エレベーターに乗ると、数人の社員が乗ってきて、やっぱりエレベーター内はやたらと静かになった。一臣さんはまた、私の腰に手を回しているし。これがもとで、あれこれ噂されているんだけどなあ。
でも、見せつけるって言っていたから、これって、そのためにしているんだよね。
10階を過ぎると、一臣さん、江古田さん、そして私の3人だけになった。
「あの、一臣様。大塚さんが上条さんを呼び捨てに呼ばれるのは、いいんでしょうか?」
江古田さんは突然一臣さんにそう聞いた。いや、突然じゃなく、3人だけになるのを待って、聞いたみたいだった。
「ああ。いいんじゃないのか?仲のいい友達って感じで。あ、でも、お前は呼び捨ては駄目だぞ」
「え?!」
「大塚はあれでも、I物産の社長の娘だからな。まあ、社長令嬢ってことで、弥生とは釣り合っているし、仲良く呼び捨てにし合って、仲のいい友達になっているのもいいんじゃないのか」
「え?大塚さんが?」
江古田さんはびっくりして、顔を青ざめさせた。なんでまた、青ざめたのやら。
「ただ、弥生が副社長夫人になったら、そんな呼び方させないがな」
「なんでですか?」
私がきょとんとして聞くと、一臣さんは片眉をあげた。
「大塚は単なる一社員だぞ?今は一社員同志仲良く呼び捨てもありだが、お前が副社長夫人になったら、そうもいかないことくらい、察しがつくだろう」
「そ、そうなんですね。ちょっと寂しいかも。あ、でも、プライベートでしたらいいですよね?」
「ああ、はいはい。一緒に居酒屋に行く時は、呼び捨てにし合えばいいだろ。だが、社内ではNGだからな。まあ、さすがの大塚もそのくらいはわかっていると思うがな」
「じゃあ、大塚さんも上条さんが、上条グループのご令嬢だって知っているんですか?」
江古田さんが聞いた。すると、一臣さんは、
「知らないだろ?」
と一言返し、エレベーターは14階に着いた。
「弥生は15階。いいな?」
「あ、はい」
江古田さんがエレベーターを降りると、さらに一臣さんは私のことを引き寄せ、べったりと引っ付いた。
「あの。もう見せつける人もいないんですが」
「俺がべったりしていたいんだよ。いいだろ」
「はい」
私も、実は嬉しいです!なんて、言えなかったけど、にんまりとにやけてしまったから、一臣さんにはきっとばれていたよね。