~その8~ 一臣さんの企み
髪を乾かし終えた一臣さんは、電気を消してベッドに横になった。私はまだ、ベッドの端で、背中を向け布団の中で丸くなっていた。
こっちに来いよって言ってくれるかな。それとも、後ろから抱きしめてくれるかな。
し~~~ん。
あれ?そんな気配も何にもない。どうやら、私と間を開けて寝ているみたいだ。
そっと一臣さんのほうを向いてみた。
うそ!一臣さんも背中向けてる!
なんでかな。なんか、思い切りショックだな。
何がどうなっているのかな。あんなにべったりしていてくれたのに。逃げまくっているから、嫌になったのかな。それとも、樋口さんに言われたことを気にしているのかな。
それとも、私の大胆告白に呆れたのかな。
それとも、もう私のこと飽きたのかな。
それとも、今までのはずっと演技だったのかな。
それとも、何?何?嫌われたとかかな。
う。泣きそう。
そうっと、手を伸ばして、一臣さんの背中に触れた。でも、一臣さんは背中を向けたままだ。
ギュ。一臣さんのパジャマを掴んだ。
まだ、一臣さんは後ろを向いたままだ。
き、嫌われたのかな。どうしよう。
「あ、あの」
声をかけた。
「なんだ?」
あ。返事はしてくれた。でも、声、低い。怒っているのかな。
「私、何かしちゃったんでしょうか?」
そう小声で聞いた。
「いや、別に」
返事もそっけない。
すすす。一臣さんの背中に近づいた。そして、ビトッと引っ付いた。もしかして、嫌がるかな。離れろって怒るかな。
でも、一臣さんは特に何も言わず、そのまんまだ。
「あ、あの」
「なんだ」
「こ、こうして背中にくっついたまま、寝てもいいですか?」
し~ん。
あれ?返事がない。もしや、嫌なのかな。
「あの?だ、駄目ですか?」
「いや。別に」
また、そっけない返事だ。なんで?!
駄目だ。落ち込みそう。
ギュ。一臣さんの背中に顔をうずめた。でも、それだけじゃ寂しくて、思わず、腕を回して一臣さんを抱きしめてしまった。
うわ。今、勝手に抱きしめちゃったけど、こんなことしたらいい加減怒るよね。
だけど、一臣さんは何も言わないし、そのまんまだ。
「あの…」
「なんだ?」
「だ、抱きしめていてもいいんですか?」
「ああ」
さっきの返事より、さらにそっけなくなってる!
でも、一臣さんにべったりとくっつくことができて、一臣さんのぬくもりを感じられて、ほんのちょっと安心している私がいる。
ギュウ。思わず、抱きしめる腕に力が入る。一臣さんのコロンの匂いがしてきて、胸の奥がキュンって疼く。
本当は抱きしめて欲しいし、優しく髪も撫でて欲しいし、おやすみのキスもしてほしい。
もしかして、そんなおねだりみたいなのは、嫌いかな。うざいかな。面倒くさい女になっちゃうかな。
そんなことをお願いしたら、呆れるかな。
でも、もっともっと、一臣さんを感じていたい。
ギュギュ。私は一臣さんをもっと抱きしめた。それから、無意識に私の足を、一臣さんの足に絡ませていることに気が付いた。
ひゃあ!勝手に足を絡ませちゃってた。ギュってした時に、足までギュッてしちゃったのかな、私。だけど、足が絡み合っていることが、なんだか、嬉しい。
だ、駄目だ。今の私、どんどんエスカレートしているよね。
なんだよ、こいつ、足まで絡ませやがってって、そんなふうに呆れていたらどうしよう。でも、離せない。
ドキドキドキドキ。胸の鼓動が早くなった。
「………」
一臣さんは相変わらず、何も言ってくれない。
「あの」
「なんだ?」
「あ、足、このままでもいいですか?」
「ああ」
また一言だけ?
もしかして、かなり疲れている?もう眠いとかかな。
だとしたら、私が抱きついているのも邪魔なだけかな。でも、離れたくない。
すり。思わず、一臣さんの背中に頬ずりをしていた。ああ、なんだってこう、一臣さんの全部が愛しいんだろう。離れたくないな。
ギュウ。抱きしめても足りない。もっとギュウってしていたいし、ギュウってしてほしいよ。
「他には?」
「え?」
「それだけか?」
「……え?」
「それだけで、お前は満足か?」
ドキ!心の中を見透かされてる?満足できていないってなんでわかるの!?
「あ。あの。できたら、か、一臣さんの胸に顔をうずめたい…です」
抱きしめて欲しいとは言えず、遠まわしにそう言ってみた。
すると、一臣さんは、体をこっちに向けてきた。私は一臣さんに回した腕を離し、絡ませていた足もどけた。
くるりと方向転換した一臣さんの胸が、目の前にある。その胸に思わず、顔をうずめて、また一臣さんの背中に腕を回して、それに足までまたしっかりと絡ませた。
ギュウ。
でも、一臣さんはただ、抱きしめられるだけで、私を抱きしめようとはしない。
なんで?
嫌なのかな。抱きしめたいってもう思ってくれないのかな。
どうしよう。
不安になり顔をあげて、一臣さんの表情をそっと見てみた。すると、一臣さんは目をしっかりとつむっていた。
眠い?本当に眠いだけ?
どうしよう。このままべったりとくっついて寝ちゃおうかな。だけど、おやすみのキスはしたい。
そうっと、一臣さんの胸から顔をあげていき、一臣さんの唇に唇をくっつけた。
ふわ。柔らかい感触。
ドキン!すぐに唇から私は唇を離した。
一臣さんの顔を見た。でも、表情一つ変えないし、眉も動かない。
寝てる?まさかね。寝息とか聞こえないし。
ドキドキ。バクバク。もう一回キスしてもいいのかな。
そうっともう一度、唇に近づいた。そして唇を重ねた。今度は長めに。
ふわっとした感触と、一臣さんの唇のあったかさが伝わってきた。
ドキドキドキドキ。
胸がやたらと高鳴って、すぐに唇を離した。そしてまた、一臣さんの胸に顔をうずめた。それから、ギュウっと一臣さんを抱きしめた。
恥ずかしさより、胸の奥で広がる甘酸っぱさのほうが上回る。ドキドキで胸が大変なことになっているのに、愛しくて思わず、抱きしめる腕に力が入る。
でも、一臣さんは、まだ、動かないし、何も言わないし、そのまんまだ。
なんでかな。
「今のは…なんだ?」
ドキ―――ッ!
「え?今のって」
「今のキス」
「ごめんなさい。勝手にして。でも、お、おやすみのキスがしたくて」
「へえ。2回も?」
ドキーーーーーッ!
「ごめんなさい。2回もして。でも、でも、あの」
怒っているのかな。
一臣さんの顔が見れない。また、一臣さんは黙り込んだ。そして、ギュウっともう一回強く抱きしめると、
「で?」
と一臣さんが聞いてきた。
で?
「このあとは?」
「え?」
「何してくるんだ?俺のパジャマ脱がすのか?」
「ぬ、脱がしません」
「なんだ。襲ってくるわけじゃないのか」
「お、襲いません」
「触りたかっただけか?」
「はい」
「そこまでが、お前の言っていた、大胆なお前?」
「…」
あ。まさか、私の大胆さを黙って見ていた…とか?
「そうです、このくらいでおしまいです」
「ふ~~~ん」
「……こ、こんなの大胆でもなんでもないですか?」
「ああ」
そうか。私にはかなり、大胆な行動しちゃったって思ったのにな。
「さてと。どうする?このまま、俺に抱きついたまま、寝るか?」
「邪魔ですよね?そろそろどきます」
「え?離れるのか?」
「はい」
「……本当に?もういいんだな?」
「だ、抱きついていてもいいんですか?」
「どうしたいんだ?お前は」
「だ、抱きついていたいです」
「ふうん。いいぞ。じゃあ、抱きついていれば?」
え?
何、その言い方。冷めてる。やっぱり、私にも淡泊になっちゃったのかな。
「あ、あの」
「なんだ?」
「できたら、一臣さんにも、ギュッてしてほしいです」
「そうか」
ギュ。
あ、抱きしめてくれた。
「はい、おしまい」
え?!
一回だけ?
「あの」
「なんだ?」
「で、できたら、ずっと抱きしめててもらいたいです」
「本気か?」
「はい」
「お前、逃げ出すんじゃないのか?そういうことしたら」
ドキ。
「に、逃げません」
「ああ、そう」
そう言うと一臣さんは、また私を抱きしめた。ギュ…。
私もギュッて抱きしめ返した。
一臣さんのぬくもりを感じて、ふわっと幸せな気持ちがあふれてくる。
胸に頬ずりをした。それから足ももっと絡ませた。そして、
「大好き」
と思わず、囁いていた。
「え?」
「大好きです」
「ああ」
ああ?それだけ?そっけない。
やっぱり、一臣さん、変?それとも、今までが変だっただけで、こっちが本当?
「…………で?」
「え?」
「これでおしまいか?それから先はないのか?」
「これから先って?」
「だから、もっとキスしてくるとか。舌まで入れてくるとか」
「ないです」
「あ~~、そう」
なんで、今、がっかりしたのかな。
「しょうがねえなあ。期待したのに」
え!?
「まあ、いっか。ギュって抱きしめてくるお前も、俺の胸に頬ずりしてくるお前も、足を絡ませてくるお前も、すげえ可愛いかったから」
え?え?え?
「そろそろ、俺の限界も来ていたし」
限界って?
ドサ!
うわ。いきなり私の上に一臣さんが覆いかぶさってきた。
「そんなことされて、俺の本能が暴れないわけないだろ?もちろん、こうなることは覚悟の上だよな?」
「え?」
「食うからな」
え、え~~~~~~~~~~~っ?!
そっけない一臣さんは?
まったくなんの反応もしなかった一臣さんは?
呆れたとか、嫌われたとか、淡泊になったかもって思っていた一臣さんは?
え?
え~~~~~~~~~~~?!今までのは、なんだったの?!
思い切り、熱いキスをされ、一気にパジャマを脱がされた。バクバクバクバク。さっきまでのそっけない一臣さんが、一変した。
「お前、可愛すぎ」
うわ~~~~~~~~~~~。
「お前のキス、くすぐったかったぞ」
え~~~~~~~~~~~~~~!
「でも、けっこう感じた」
ひょえ~~~~~~~~~~~~!
「舌入れなくても、気持ちよかったぞ?」
ぎゃ~~~~~~~~~~~~!!!!
一臣さんの、企みだったのか。と、思い切り愛された後に気が付いた。
でも、そんなのも全部すっ飛ぶほど、今日も一臣さんに優しく愛されて、胸は一気に満たされていった。
ああ、不安になっていたのに、もう全部、すっ飛んだ。
やっぱり、クールな一臣さんより、こっちのほうがいい。