~その10~ 隣に一臣様?!
なんで、隣で一臣様が寝ているんだろう。えっと、えっと。確か私は頭を打って病院に運ばれて、一臣様がきて、書類に目を通すって言って…。
外、明るい。朝だよね。
バクバクバク。こんなに接近しちゃってる。っていうか、一緒の布団で寝てる。
っていうか、一臣様、爆睡してるの?全然目を覚ましそうもない。
なんで?Yシャツと、どうやらスーツのパンツを履いたまま寝ちゃったみたいだけど。
なんで、私の寝ているベッドで、一臣様が寝ているわけ?!!!
「う…ん」
あ、寝返りをうとうとしてる?でも、ベッドから落ちちゃうよ。
「か、一臣様!」
私は慌てて一臣様の腕を掴んだ。
一臣様は、寝返りをうたず、逆に私の方に体を向け、
「…弥生?」
とどうやら目を覚ましたようだ。
「あ、あの。あの…」
まだちょっと、私の思考回路はパニック状態。
「ああ…。朝か…」
一臣様は、自分の腕にはめている時計を見ると、
「6時…」
と呟いた。
「ななな、なんでここで、一臣様は寝ていらっしゃったんでしょう………か?」
訳のわかんない質問文になったかも。
「ああ…。そう言えば、なんだか眠くなってきたから、ほんのちょっと横になるつもりで、お前の隣が隙間があって、ほんのちょっとなら寝れそうだなって思って潜り込んで…」
潜り込んだ?!
「……6時か。すごいな。一回も目を覚まさず、俺は寝ていたのか」
「え?」
「確か…。寝る前に時計を見たら11時だった。7時間か…。こんなにたっぷり寝たのは、ものすごく久しぶりだな」
「え?7時間でですか?!」
「そうだ」
「わ、私、7時間じゃ寝不足なほうです」
「いつも何時間寝ているんだ、お前は」
「8時間くらい」
「………子供か」
一臣様はそうぼそっと言うと、ベッドから起き上がった。
「ふあ~~~~~!」
そして大きな伸びをして、しばらくベッドに座ったまま黙り込んだ。
「あ、あの?」
「お前は具合悪くないのか」
「はい。頭も痛くないです」
「腹は減っているのか」
「いえ。まだ、大丈夫」
「でも、朝飯が来たら食えるのか?」
「え?はい」
「そろそろ、持ってくる頃だな。廊下が賑やかになってきたし」
そう言えば、病室の外が、ガヤガヤしてきている。
「病院の朝は早いな…」
そう言うと一臣様はベッドから立ち上がり、
「顔洗ってくる」
と言って、病室を出て行った。
あ、寝癖…。それに、Yシャツよれてた。まさか、あのまま会社に行ったりしないよね。
一臣様が出て行ってから、数分も経たないうちに、
「上条さん~~。おはようございます。具合どうですか~~?」
と看護師さんが入ってきた。
「あ、おはようございます」
「おはようございます。あれ?どなたかいらっしゃったんですか?」
「はい。昨日から…」
「ご家族?一応この病院、完全看護で、ご家族の方でも泊まられるのはちょっと困るんだけどな。お母様かな?」
そう言ってから、看護師さんは私に体温計を渡してきた。
「体温測っておいてください。また来ますね。あ、お母様じゃないかな?お父様か…、ご兄弟の方かな?」
看護師さんは、ベッドの脇にあった一臣様のスーツの上着や、アタッシュケースを見てそう言った。
そして、病室を出ていこうとした時に、ちょうど一臣様が戻ってきてしまった。
ああ。鉢合わせだ。
「……あら?緒方財閥の一臣様?」
看護師さん知ってるの?
「…」
一臣様は看護師さんをちらっと見たが、ほとんど無視して私の横に来た。
「ご家族の方って、一臣様?」
「なんで俺のこと知ってるんだ?」
「昨日、緒方財閥のご子息が来ているって聞いたので。もし、病院内で会ったら失礼の無いようにと、婦長からも聞いています。…でも、緒方様の身内の方が入院していると聞いたのですが、こちらの方は上条さんですよね?」
「……変な詮索はいいから。用は済んだのか?そろそろ朝飯だろ?弥生の朝飯の用意はまだなのか?」
「あ、今すぐにご用意します」
看護師さんはそう言って、慌てて病室を出て行った。
「誰だ。俺の顔を知っていて、俺の身内が入院しているだなんて言ったのは…」
一臣様はそう言ってから溜息を吐くと、
「どうせバレるんだったら、もっといい部屋に入院させるんだったな」
とぼそっとそう言った。
「え?でもここで十分です。だってここ、個室ですよね?かなり高いんじゃ…」
「お前って、本当に染み付いているんだな」
「え?何が?」
「貧乏性。上条グループのご令嬢の発言とは思えないぞ」
う…。言われてしまった。
「まあ、いい。検査の結果、何もなかったらすぐに退院だしな。さて、そろそろ誰か来るだろうから、交代だ。俺は一旦屋敷に戻る」
「ありがとうございました」
「何が?」
「ずっと付き添ってくださったんですよね」
「……」
私の言葉に一臣様が、眉をひそめた。
「えっと」
付き添ってくれてたわけじゃないのかな、もしかして。
「ふん」
一臣様は鼻で笑うと、
「頭打ってでかいコブが出来てるんだ。今日退院できたとしても、しばらくは家で療養だな」
とちょっと皮肉っぽい感じでそう言った。
「え?そうなんですか?明日からでもすぐに仕事復帰できると思うんですが」
「ダメだ。当分自宅謹慎」
「え?」
それってまさか、軽い処分…受けちゃうみたいな?
「アパートは今日引き払うからな」
「…え?誰のですか?」
「お前のだ。ほかの誰がいる」
「え?引き払うって?じゃ、じゃあ、私、どこに」
はっ!まさかとは思うけど、上条家に帰れってこと?自宅謹慎って、まさか、婚約も破棄になって、実家に帰っていろってこと?!
会社も、フィアンセも、クビ?!
真っ青になって一臣様を見ていると、
「荷物なら、屋敷に運ばせるから安心しろ。アパートの敷金礼金だの、そういうのもこっちで全部片付ける。お前は退院したら、車も用意するから、それに乗って屋敷に来たらいいだけだ。なんにも心配することはないぞ」
と淡々と一臣様は話しだした。
「…………屋敷?」
「そうだ。緒方財閥の屋敷だ」
「え?!」
今度は、目を点にして私は一臣様を見た。言葉も出ないほど、びっくりしてしまい、一瞬息をするのも忘れてしまった。
「何を驚いている?もうすぐ婚約発表もあるんだ。そろそろ屋敷に越してきてもいい頃だろ?」
「…じゃあ、クビではなく?」
「仕事のことか?そうだな。クビにしてやってもいいが、お前にはまだまだ緒方商事の仕事を覚えてもらわないとならないからな。そろそろ部署を変えて、違う仕事を覚えるか?」
「……私、フィアンセをクビにされるんじゃ」
「なんだ、それは」
「えっと。でも、一臣様も確か昨日、私みたいなのは嫌だって」
「昨日だけじゃない。ずうっとそれは言ってきた。もう、長年、お前との結婚なんか嫌だって言い続けてきたぞ」
う…。そうなんだ。そうだよね。確か、社長にも婚約を破断にしろって言いに行ったんだよね。
「だが、そんな簡単に、お前から別の上条家の人間に変更しますってわけにはいかないんだよ」
「な、なぜですか?」
「なぜだと?!なんて周りには説明するんだ?」
「私じゃ、ふさわしくないって、そう本当のことを言います」
「お前、上条グループの社長の一人娘だろ?」
「はい」
「………。そんなことを言ったら、お前の父親にも恥をかかせるんだぞ」
「え?」
「社長の一人娘がいるのに、そうじゃない人間を緒方財閥に嫁がせるなんてって、いろんなやつにいろんなことを言われるんだぞ」
「……じゃ、じゃあ、正当な理由があればいいんですよね」
「正当な理由ってのはどんなやつだ」
「例えば、あ、私の体の具合が芳しくなくって、余命わずかでとても結婚は無理とか」
「どっからどう見ても、元気で、元気だけの取り柄のお前が余命わずかだと?誰が信じるか」
「じゃあ、えっと。私にはもう、心に決めた人がいて」
「あははは!面白いジョークだな。そんな理由が正当な理由になったら、政略結婚なんかこの世に存在しない」
「でも、あ!私にはもう、ほかの男性との間に子供が…とか」
「妊娠しているとか?」
「はい」
「まず、おろせって言われておしまいだな」
「え?そんなことお父様は言いません」
「お前、そんな嘘を、お父様に言うわけか。言えるのか?」
「……む、無理です」
「だろうな」
一臣様は、呆れたように溜息を吐き、椅子に座った。
「じゃ、じゃあ、こういうのはどうですか?私はこの俗世間から身を引きたくなって、出家したとか」
「………は?」
「だから、尼さんになるんです」
「ははははは!そこまで行くと、笑いしか出てこないな。もう、突っ込み返す気も失せるぞ」
「……ちょっと本気でしたけど」
「え?」
「か、一臣様と結婚できないなら、尼さんにでもなって、一生独身でいようって、昨夜考えたりもしたので」
「はあ?」
「……」
一臣様の顔すら見れなくなって、私は下を向いた。
「まだ、お前の思考回路は、元気を取り戻していないのか?」
「……えっと。ど、どうかな?」
「なんだって、俺と結婚できないならっていう発想になるんだ」
「え?」
「俺と結婚したらいいだけだろ?」
「え?でも、一臣様も嫌がって」
「嫌だな」
「…で、ですよね」
私はまた、シュンと小さくなり下を向いた。
「だが、もう覚悟はできているんだ」
「え?」
ちらっと顔を上げると、一臣様はまだ呆れたっていう顔で私を見ている。
「覚悟だ。この妙ちくりんなやつと結婚する覚悟」
「え?」
「仕方ないだろ?ジタバタしても、どうにもならないってわかってるんだから、覚悟決めて、こいつと結婚するしかないって、そう思うしかないだろ?」
う…。それって、喜ぶべきことじゃないよね?今のも、かなり、刺があるっていうか、傷つくっていうか。
「だから、お前も尼さんになるなんて訳のわかんないことを考えず、また、へんてこりんなパワーを取り戻せ」
「へ、へんてこりんなパワー?」
「そうだ。お前、トイレのつまりも電気交換も朝飯前なんだろ?」
「え?」
「その、訳のわかんない前向きさと、へこたれないバイタリティだけは買ってやったんだ。それを取ったら何にも残らないんだから、さっさと元のお前に戻れ」
「……は、はい」
私がぼんやりとしながら、一臣様を見ていると、
「上条さん。朝食お持ちしましたよ~」
と元気に病院のスタッフさんが、朝食を持って病室に入ってきた。
「…じゃあ、ちゃんと朝飯食えよな。俺は行くからな」
「…はい。い、いってらっしゃい」
一臣様は、アタッシュケースと上着を持って出て行った。
「旦那様ですか?」
「え?!」
「素敵な旦那様ですねえ。仕事の前に寄ってくれたんですか?」
「いえ。昨夜からずっと」
「あらまあ。完全看護なのに、ずっと一緒にいてくれたんですか?奥様、大事にされているんですねえ」
「え?」
「羨ましいわ。うちなんて、家に一緒にいても会話もなくて」
ベッドの脇にあるテーブルに、朝食の乗ったトレイを置くと、そのスタッフさんは出て行った。
「………奥さんって、私?」
しばらく顔が火照りまくり、
「旦那さんって、一臣様のこと?」
と呟き、私はにやけるのをこらえるのに大変になった。
私、諦めなくてもいいの?
私、一臣様と結婚してもいいの?
私、このまままだ、一臣様のフィアンセでいられるの?
これからもずっと、一臣様のそばにいられるの?
じわ~~~~~~。
今度は涙がこみ上げてきて、私は朝ご飯をなかなか食べることができなかった。