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ビバ!政略結婚  作者: よだ ちかこ
第1章 フィアンセは俺様?!
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~その1~ 上条弥生と申します

 好きな人はいる?という質問をされたら、私は即座にYESと答えるだろう。どんな人?と聞かれたら、笑顔が最高の優しい人ときっと答える。

  

 いつ、その人を好きになったの?と聞かれたら、一目見た時から…と私はうっとりとしながら答えるだろう。


 その人は大学1年の時留学をしていたので、私が入学した時、1つ年上だったのにも関わらず、同学年だった。

 同じ経済学部。彼の周りにはいつもたくさんの友人がいて、そして彼はいつも笑顔だった。


 話したことは数回。当時、少ない仕送りとバイトで、化粧っけもなかった私は、ボサボサの髪をひとつにまとめ、すっぴんで大学に通っていた。視力が弱かったので、コンタクトレンズを買う余裕も無く、分厚いレンズのメガネをかけていた。


 そんな私にも、他の人と変わらず笑顔を向けてくれた。

 笑顔が素敵で、優しい人、それが彼の印象。ひと目で恋に落ち、ずっと彼のことを目で追った。帰りにそっと後をつけてみたり、大学のカフェに残したタバコの吸殻も、誰にも見つからないように持って帰ってみたり。


 高校の頃、友達が読んでいた恋のおまじないの雑誌に書いてあった、「好きな人の吸殻を肌身離さず持ち歩いていると、両思いになれる」それを思い出して、彼のタバコの吸殻をハート型した巾着袋に入れて、ずっと持ち歩いた。


 いつか、きっとこの思いは届く。

 いつかきっと、この恋は成就する。

 だからそれまでに、女を磨く。

 ううん、それだけじゃない。彼の役に立てるよう、料理も裁縫も、語学も経済学も完璧にする!


 それはちょっと不器用な私には大変だったけれど、彼のためだって思うとなぜか頑張れた。

 バイトをしながら、勉強をしながら、家で料理をしながら、自分の服も自分で作りながら、頑張り続けた。


 大学卒業後は、彼のお役に立てるよう、彼のお父様の会社の子会社で、1年間、一生懸命に事務の仕事をした。

 そして4月、私はその会社から、彼のお父様の会社でもあり、彼が務める会社に転職。彼のためにここでも頑張る。仕事を早く覚え、早くに彼のお役に立ちたい。


 ものすごく張り切って、アパートを出て、会社に向かった。会社で彼に会えるかも知れない!とワクワクしながら会社に着き、そして受付で案内され、向かった先は総務だった。


「あ、あの。私が配属されたのは本当にここですか?」

「そうです。今日から総務部の庶務課で働いてもらいます」

「しょ、庶務課って何を…」


「まあ、所謂…、雑用ですね」

 え~~~~~~~?!!!!!

 彼の部下として働けるんじゃなかったの?!彼の仕事をサポートしていくような、そんな仕事に就けるんじゃなかったの!?


「まあ、頑張ってくれたまえ」

 案内された総務部の部長にそう言われ、部長が指差した方に向かうと、その先にはフロアの奥の奥、小さな窓しかない、まるで物置のような部屋があった。


「ああ、君が上条さん?今日から中途採用で庶務課に配属された…」

 そう言って挨拶をしてきたのは、髪がバーコードでずんぐりむっくりした背の低い40半ばのオジさん。

「あ、はい。上条弥生です。よろしくお願いします!」


「私は庶務課の臼井です。よろしく」

 う、臼井?どひゃ~~。ダメだ。思わず頭に目が行く!

「ああ、ははは。よくこの名前を言うと、みんな僕の髪を見るよ。薄い髪の臼井課長。覚えやすいでしょ?一回聞いたら忘れない名前でしょ?」


「は、はあ」

 なんだか、面白いというか、気の良さそうな人。良かった。

「上条さん。紹介するよ。庶務課の紅一点だった、細川さん」

「細川です。よろしく」


 そう言って席を立ったのは、アラフォーの女性。とっても細い…。こ、この人も名が体を現している…。

「あ、こちらこそ、よろしくお願いします」

「それから、うちの課で一番若い日陰君だ。確か今、28歳だったかな?」


「日陰です。今年で29になります。よろしくお願いします」

「29?」

「はい」

 ええ??!どう見ても30代後半か40代。それも、影が薄い。この人も名が体を現しすぎている。ひ、日陰って…。


「庶務課は3月に辞めた人がいて、それで君がここに配属されたわけだ。君を含め4人だが、まあ、頑張ってください」

 たった4人?


「あ、あの主な仕事は?」

「雑事全般。社内の足りない消耗品の補充や、壊れたものの撤去、または交換などの手配。あとはそうだなあ。まあ、いろんな雑用を頼まれているってわけで、そんなに頻繁に仕事が来るわけじゃない。だから、4人だけで事足りるわけだ。はっはっは」


「……そ、そうですか。分かりました」

「ここの仕事を認められたら、もしかしたら他の部に配属されることもあるかもしれないので、まあ、頑張ってください」

 臼井課長の「頑張ってください」って、これは口癖かも知れないなあ。


「まあ、そんなことは99パーセントありえませんけどね」

 ぼそっと細川さんが、自分の爪を磨きながらそう言うと、

「頑張ろうにも、頑張るところがないですしね」

とさっきから、ずっと書類にホチキスどめをしながら、日陰さんが小声でそう言った。


「でも、ホチキス止めの仕事もあるんですね!」

 明るくそう返すと、

「ああ、これ。仕事があまりにもないので、人事から無理やり仕事をもらったんだよ。はっはっは」

と、臼井課長が大笑いをした。


「…あ、あの。たとえば、社長に会う機会とかありますか?」

「社長だって?入社式で挨拶された以外で会ったことがない。君の場合、中途採用だし会えることはまずないんじゃないかなあ」

 一回閉じたホチキスが曲がってしまったからか、またそのホチキスを取りながら、日陰さんが答えてくれた。


「じゃ、じゃあ…。確か、社長のご子息、昨年からこの会社で働いていると思うんですが、その人に会うチャンスは…」

「まさか、あなたも玉の輿を狙っているの?」

 爪を磨くのをやめて、細川さんが私を睨みながら聞いてきた。


「い、いえ。そんなわけでは…」

「まず会えないわよ。庶務課に来ることなんて絶対にないから。まあ、同じ時間に出社してみるとか、そのくらいかしらね。彼はどうやら、社内食堂にも現れたことがないようだし」

 細川さんは、ピカピカに磨いた爪を眺めながら、興味なさげにそう言った。


「そ、そうですか」

「でも、言っておくけど、期待しても無駄よ」

「え?」

「社長のご子息、フィアンセがいるそうだから」


「…え?」

「なんでも、彼が18の時、つまり高校卒業と同時くらいに、婚約したっていう噂よ。相手もどこかの財閥のお嬢さんだとか…」

「まあ、我々にはまったく無関係の話だ。はっはっは。なかなか素敵な男性に出会うチャンスはないと思うが、コンパにでも足を運んで頑張ってください」 

 また、臼井課長に頑張ってくださいと言われた…。


「はい。ありがとうございます」

 コンパに行くつもりなんて全くないけど…。そうか。出社の時間が合えば、彼に会うチャンスもあるんだ!

 よし。頑張るぞ!そのために転職したんだもん。


 お給料が貰えるようになり、大学の頃よりもちょっとは生活水準も上がった。化粧品も安物だけど買えるようになり、頑張って1年かけて化粧も覚えた。


 最初は濃すぎたり、ファンデーションの色が合わなかったり、眉毛がやたら太くなったりしたけれど、やっとまともに化粧もできるようになったし。

 それに服も何着も買った。この会社は私服なので大変だが、ファッション誌を読んで研究した。


 やっと、大好きな彼に、私の存在をアピールできるかもしれない時が来たんだ~~。そう思うと胸が弾む。

 どうやって、自分から名乗るか。それがまだ思いつかないけれど、とにかく彼に会わないことには、何も始まらない!


 父からこの大学の経済学部に行きなさいと言われ、猛勉強をして受けた。そして合格して、春から大学生という時に、父から聞かされた衝撃の告白。

「弥生。お前の行く大学の経済学部に、お前のフィアンセがいる」


「は?!」

「名前は緒方一臣。歳はひとつ上だが、高校卒業後1年、彼は留学をしていたので、ちょうど同じ学年になる」

「フィ、フィアンセ?!初耳です。お父様」


「彼のために経済学を学び、将来は彼の会社の経営の補佐ができるまでになりなさい。他、料理、裁縫などの花嫁修業もしっかりしなさい。大学卒業後は得たお給料で、華道や茶道も学ぶといい。そうだ。着付けも習いなさい。彼のふさわしい女性になれるよう、精進しなさい。わかったね?弥生。それを君のこれからの目標にしなさい」

「……はい。お父様」


 そして大学に入り、私のフィアンセをひと目見て、私は恋に落ちてしまった!

 笑顔がキラキラと輝いていて、笑顔からは真っ白な歯がこぼれていた。


 いつ見ても彼の周りだけ輝いて見えた。爽やかな風がいつも吹き、いい香りがしてきそうだった。(近くで嗅いだことはないのだが)


 まだまだ、私は彼にふさわしい女性ではない。まだ、彼に名乗ることはできない。そう思い、大学在学中の4年間は、ただただひたすら、遠目から彼を見ていた。


 言葉を交わしたこともあったけれど、あまりにもの緊張で何を話したのかも覚えていない。ただ、彼が優しかったことだけは覚えている。


 大学卒業後、父のツテで彼の会社の子会社に就職した。1年そこで経理の事務をして、その後、彼のお父様の計らいで、彼の務めるこの会社に入ることができた。


 だが、やっと、名乗り出せることができると思っていたのに、配属された部署は会社の隅の隅にある庶務課…。


 いや。これもきっと、何かの修行のためになるのかもしれない。

「課長!」

「なんだい?上条さん」

「私、仕事、頑張ります!どんな雑用でも頑張るので、ガンガン申し付けてくださいね!!!!」


「………が、頑張ってください」

 臼井課長の顔が微妙にひきつり、バーコードの髪が微かに揺れた気がするけれど、そんなことはどうでもいい。やっと彼と同じ会社に入れたのだから。


 頑張るぞ~~~~~~っ!!!!!


 

 あ。すっかり自己紹介が遅れてしまいました。私は上条弥生。今年の春、24歳になりました。

 私の父は上条グループの取締役社長。祖父は会長をしています。

 上条グループは祖父の代からの会社ですが、父の代で、不動産業を手広く広げ、海外にまで進出。今では長男が、その海外事業部を手がけています。


 次男はまだ、上条グループの下請け会社で目下修行中。3男である弟は昨年留学先から戻り、小さな町工場で一から働くということを体験中です。


 上条家は祖父が厳しく、2代目3代目で会社を潰さないようにと、中学を卒業後、全員が家を追い出され、まず高校の寮に入らされます。

 高校を卒業後は、大学に進学しますが、余儀なく一人暮らしを強制されます。


 仕送りは月、たったの6万円でした。それでもいいほうだ。僕の時は、5万だったと長兄が言っていました。

 ですが、6万も5万もそんなに変わらないと思います。

 月4万5千円の下宿で生活していました。下宿先の大家さんはとてもいい方で、お料理を教えてくれたり、服を作る生地を分けてくれたり、ミシンを使わせてくれたりと、本当にいろいろと面倒を見てくれました。


 母が中学の頃、病気でなくなったのですが、きっと生きていたらこんな感じだったろうなと、何度も思いました。とはいえ、祖母に近い年齢でしたけど。


 残り、光熱費や食費などはアルバイトをしてまかなっていました。バイト先は、近所のラーメン屋だったり、コンビニだったり、スーパーのレジだったり。とにかく、賄いが出たり、返品の商品を貰えたり、安く手に入ったりするようなお店でバイトをしていました。


 兄たちもまた、少ない仕送りとバイトで、大学生活を送っていました。弟なんて、奨学金で留学し、向こうでもアルバイトをして生活をしていた苦学生だったのです。


 誰にも、上条グループの人間だということは言ってはいけないという約束事もありました。でも、そんなことをもし言ったとしても、誰も信じてくれなかったでしょう。だって、学生時代は皆、めちゃくちゃ貧乏だったんですから。身なりはいつもみすぼらしいし、安アパートに住み、交通手段は自転車…。そんな生活をしている人を、誰が上条グループの人間だと思うでしょうか。


 働いてからもです。仕送りはストップし、安月給で生活をしなくてはならなくなります。兄たちはまず、町工場などから、働き出しました。

 そこでの修行を終え、やっと父の会社の子会社に就職できます。でも、上条グループの人間だということは伏せ、他の新入社員と同じようにこき使われ、しごかれます。


 直属の上司は、父から頼まれ、わざと厳しく接していたようですが、他の社員は兄たちが、上条グループをのちに背負って立つ人物だとは全く知らず、普通に接していたようです。

 ただ、何年か町工場で働いている分、新入社員の中で一番の年長。ちょっと変な新入社員として見られていたようですが。


 3年、子会社でこき使われた後、やっと上条グループ、本社に入社できます。でもまた、新入社員からです。すでに長兄はその時、29歳。またも、他の社員から変な目で見られていたようですが、配属された部署でどんどん仕事の結果を出し、あっという間に昇進。そして34歳という若さで、今は海外事業部の部長を務めるほどに。


 次男は今、28歳。多分来年には、本社に入社できるでしょう。今年の6月に結婚も控え、仕事にもプライベートにも充実している、そんな顔を今しています。


 三男は23歳。留学先から戻り、町工場で働き出しました。お給料がとても少ないので、工場の2階に住まわせてもらっています。

 

 長男も、親同士が決めた婚約者がいて、その人と結婚しました。良妻賢母の素晴らしい女性で、私の憧れの女性でもあります。

 次男も親の決めた人と、6月に結婚しますが、正式に婚約してから5年もの間、慎ましく交際していました。やはり素敵な女性で、兄の方が一目惚れ。やっと結婚できると喜んでいます。


 3男にもまた、婚約者がいます。この婚約者は積極的で、弟を追って同じ大学に留学してしまったほどです。よほど、弟は気に入られているようです。


 そして私。一臣様が18、私が17の時、親が婚約を決め、正式に発表…はまだされていませんが、でも、結婚することはもう決まっています。

 私は18歳の時からもうずっと、一臣様の奥さんになるために、それだけを目標に生きてきました。


 どんな時も、彼の役に立てるよう。どんな時も、彼を支えていけるようにと、いろんなことを学び、頑張ってきました。


 同じ会社に入れたということは、結婚ももう間近に迫っているのかもしれないっていうことです。でも、正式に発表があるまでは、みんなには私が婚約者であることは内緒です。そう父に言われ、ずっと守っています。


 だけど、細川さんは、一臣様に婚約者がいることを知っていた。

 っていうことは…。っていうことは?!やっぱり、結婚の時期が迫っているっていうこと?!


 ああ!これからが、きっと私にとって、ドキドキワクワクの人生になるんだ!!!なんて、私、上条弥生は今、胸を躍らせているのであります!

 

 と、この時までは。この先、どんなことが待ち受けているかなんて露知らず、私はウキウキワクワクと、期待でいっぱいになっていた………のであった。



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