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こんなのをファンタジーだなんて俺は認めない

作者: 立夏 椿

「それでは良い人生を」


 そう言って送り出されたノゾムは、意を決して扉をくぐった。くぐった先はどことなく(よど)んだ空気が漂っていて、ひやり、背筋には冷たい汗が伝う。

 風もないのに草木がざわめいて、不気味な雰囲気を加速させていた。人は一人も見当たらない。もちろん建築物も辺りには見当たらなかった。あまりに凄惨(せいさん)な雰囲気を放つ森で、ノゾムは一人、しばし呆然と立ち尽くしていた。

何かがおかしい。

 ぱきんっ、音と共に気配を感じて後ろを振り返った時には、扉は忽然と姿を消してしまい、もう後戻りはできないと緩く拳を握りしめる。

とにかく進まなければ始まらないのだからと、前に向き直ったその瞬間。目の前には青い炎を手に浮かべた艶麗(えんれい)な女が立っていた。


ーー今どこからでてきた!?


 思わず一歩後ずさるノゾムに、女はふわりと微笑みかける。その微笑みを見て、また一歩、ノゾムは後ずさる。

 何だ、何かがおかしい。脳はそうやって違和感を伝えるのに、足が動かない、動かせない。


「我らの救世主よ、どうぞこちらに」


 女が浮かべるその微笑みは、まるで悪魔のようなあくどい笑みだった。逆らえない、そう悟ったノゾムは、女ーー青行灯(あおあんどん)のアレイというらしいーーの後を大人しくついて行くことにする。

 アレイが持つ青い炎の光とどこから差し込んでくるのか薄明かりを元に森の奥へ奥へと進んで行くのがわかった。

 しばらく同じような場所を歩くと、遠くの方に門が見えた。遠くだと思ったら一瞬してそれはすぐ目の前にあり、扉の奥からはなんだかざわざわとした多数の気配を感じることができる。

 アレイが手にともした青い炎は、吸い込まれるように扉の取っ手らしきものに吸い込まれていった。青い炎によって見えるようになった取っ手をよくよく観察してみると、取っ手は人の頭蓋骨のように見えた。青い炎はちょうど口にあたるあたりでふよふよとその存在を主張しているのだ。

 アレイが何やらつぶやくと扉は地を響かせそうな巨体に似合わず、案外軽くあっさり開いた。取っ手の意味はあったのかと、そこまで考えてノゾムは首をふる。いや、ここは深く考えない方が良い、開けごまじゃあるまいし扉が自動的に開くのかとか、きっと気にしてはいけないのだろう、ノゾムは思った。これが、魔法、なのだろうか。


「救世主ばんざーい」

「ノゾム様、ばんざーい!」

「魔王様ばんざーい!」

「妖神様、ばんざーい」


 扉が開かれた。

 複数の目玉がいっせいにノゾムを見た。

 扉の向こうからは物の怪、化け物、そう類されるものがひしめき、もつれあっていた。何かがおかしい、それが確信となってノゾムにおそいかかった瞬間である。




 そもそも、ノゾムは数時間前まで平均、平凡な、日本の男子高校生であった。下校時のことだ、友人たちとマルクルドナルドという全世界チェーン展開しているハンバーガーショップに寄り道していた時、トイレに入って行く怪しい人影を見つけたのがことの始まりであり、間違いだった。しばらくしても出てこない様子の怪しい人影を友人たちは不気味に思い、同時に面白くも思っていた。そう、はじめはかくも退屈な日常を彩る、男子高校生の好奇心にすぎなかったのだ。"肝試し"と称して順番にトイレを確認するだけのゲーム。トップバッターはムードメーカーのノゾムが名をあげる。

 ノゾムがトイレにはいると、まず口を塞がれ、腕を締め上げられ、意識が落ちた。ノゾムが覚えているのはそこまでである。日本という平和な国で起こった事件、あまりにも手酷く殺されてしまったノゾムをかわいそうに思った"神様"は、哀れな子羊に温情を与えることにした。


 すなわち、異世界への魂の再生である。異世界には未知の力が溢れ、地球でいう中世レベルの文明で物事が進んでいるのだという。


「……本当ですか?」

「私は嘘をつかない。お前は常人では手に入れられない力を身につけ、弱きものの救世主となるのだ」


 かわいそうに、大いなる存在の前で震え上がってしまったノゾムは、絞り出したわずかなる抵抗も虚しく、拒絶することもできず、神に地球からこの異世界へと送り出されてしまったのだ。

 だがしかし、ノゾムは好奇心と夢を持つお年頃であるため、死という現実は吹き飛び、異世界への期待で胸を踊らせていた。

 未知の力である魔法の存在や、また自分が救世主となるべく持てる力、舞台は中世だから、きっとヨーロッパ風なのかもしれない。一瞬で希望があふれる。テンプレ通りにいけばその通りに違いないと、いやいやに見せながらも膨らんだ期待を胸にノゾムはこの異世界へと降り立った。

 するとどうだろう、来てみた異世界では何かがおかしい。

 青行灯と名乗る女に、今もざわめきをやめない物の怪、化け物たち。




 回想から現実に意識を戻したノゾムは、ひしめくこれらが弱きものなのだろうかと考察する。

 モンスターのかわりにつれてこられた場には物の怪がいる。そしてそれらは自分を救世主と呼ぶからして敵ではない。となれば、自分は、これらを助けなくてはいけない?そんなまさか、化け物たちを横目に、ノゾムは泣きたくなった。


「ノゾム様! 敵です!」


 青行灯の悲鳴じみた声が遠くで聞こえる。


「この世界の悪しきものたちよ、黒く燃え塵と成り果てろ。滅!」


 目の前で爆発が起きる。

 爆発を起こしたと思われるソイツは、人のようだった。ノゾムが果たした異世界人との初遭遇は、初っ端から敵同士らしい。


 まさか、まさかとノゾムは頭を抱える。


「俺悪キャラなの? 魔王みたいな設定なの? で、極めつけ敵は、陰陽師( らしきもの)なの? 人なの?」


 爆発を起こしている人物は、漫画でよく見かけるあの陰陽師の服装でこちらを睨んでいる。つまり中世の日本・・のような衣服を身に着けていた。

 なんだか目から汁が零れ出てきたノゾムである。


 モンスターの代わりに物の怪。救うのは人じゃなくて妖怪。そして自分は勇者じゃなくて、化け物たちの長であり、舞台となるのは中世ヨーロッパではなく中世日本らしい。

 こんな世界を、ファンタジーだと俺は認めない。



連載にして投稿しようと思ってたんですが、なんか短編でまとまったので一回投稿します。

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