記憶
日焼けした肌に映えるスカイブルーのTシャツ――隼人だった。
「南月」
隼人は早足で私の所まで来ると、いきなり腕を掴み立ち上がらせた。
「ちょ、どうしたの!? 待ってよ!」
彼には私の言葉なんて聞こえていないようだった。
強引に手を引き、教室から連れ出そうとする。
「やめてってば!」
……やっぱり聞いてくれない。
抵抗しようにも、力が違いすぎてびくともしないし。
急にどうしたんだろう?
こんなのいつもの隼人らしくないよ。
「なんで……に……き……」
「え?」
それは聞き取れない程小さな、呟きだった。
「そんなにアイツが好きなのか……」
隼人の声はひどく悲しそうだった。
アイツ?
「隼人、アイツってだ……」
「あんな目に合わされて、それでもアイツがいいのか?」
そう言って隼人が向けた視線の先に、芹澤さんがいた。
芹澤さんは驚くでも慌てるでもなく、挑発的な笑みを浮かべて隼人を見返した。
「あんな目って……芹澤さんに会うのは今日が2回目だよ? それに、二人は知り合いなの?」
「……友達だったんだ」
答えたのは芹澤さんだった。
「友達?」
隼人に大学生の友達がいるなんて聞いたことなかった。
「古い、ずっと昔のね」
「違う!」
隼人は暗い色をたたえた瞳で芹澤さんを睨み付けた。
「俺の一番大切なモノを奪ったくせに……何が友達だ!」
隼人の一番大切なモノ……?
私はもう話についていけなかった。
「俺が奪ったモノって?」
芹澤さんは隼人の視線にも怯むことなく、むしろ挑発的な態度を強めた。
「南月ちゃんの前で言えるのか?お前が……」
「ストップ!」
突然、落ち着いた女の声が間を割った。
「二人とも何してるのかしら?」
「綾子先生……」
先生は入り口に寄りかかるようにして立っていた。
厳しい表情でため息をつくと、ヒールを鳴らしながらこちらに来る。
「松尾くん、駄目でしょう?」
そう言って長い指を隼人の頬になぞらせた。
……まるで恋人同士がするように。
「っ……隼人!」
私は思わず隼人の手を引こうとして――別の力に引き寄せられた。
「南月ちゃん」
鼓膜を震わすように低い声が耳元で囁く。
「俺が嫌いなモノ、知りたくない?」
「い、いきなり何を……」
「火」
「え?」
「嫌い、って言うより怖い、かな。嫌な事を思い出すんだ」
ふいに浮かんだ、あの夢の炎。
肉の焼ける臭い。
自分の体が醜く崩れていく絶望感。
陽炎の向こうで嘲笑う……篝の姿。
「……君は好きだよね」
「っ!」
掴まれた腕に力が込められる。
「火にじわじわと焼かれる恐怖なんて……」
心臓が苦しくて、息がうまく出来ない。
頭がくらくらする。
私の全てが、その言葉を拒絶しようとしていた。
「知らないだろ?」
「やめ……」
「――桜花」
彼がわたしの名前を呼んだ。
それが鍵であったように、沸き上がるわたしの膨大な記憶。
舞い散る桜の花びら――そうだった。
捕まえたら願いが叶うと教えてくれたのは、貴方だったね?
「南月……?」
隼人が私を呼んでいる。
だけど、なんでかな。
もうそれが私の名前には思えないんだ。
「……篝」
わたしは腕を振りほどき、彼と向き合った。
「ずっと……待ってたのよ」
「……桜花、様」
抱き付くように、彼の首に手を回す。
「――復讐の時を」
そう、貴方を殺す為に、わたしは生まれ変わったのだから。