雨の日の待ち人
一滴、また一滴。
追いかけっこのように滴り落ちる雫が私の手のひらで弾ける。
雨の日は嫌い。
だって雨が降ると……なんだったかな。
そういえばここはどこだろう……ああ、真由の……
まゆ?
おぼろ気に浮かぶ穏やかな雰囲気の少女。
だけど顔が思い出せない。
そういえば何だか変な気分だ。
頭にもやがかかって……記憶も、思考も、まるで私のものじゃないみたい。
夢……なのかな。
「何を見ていらっしゃるのですか」
その穏やかな声音には聞き覚えがあった。
「……雨を捕まえてるの」
振り返らなくても分かる。
声の主はきっといつものように目を細め、見守るような顔で笑っているのだろう。
「だって、雨が降ったら誰かさん来てくれないんだもの」
私はわざと拗ねたように振る舞う。
……そうだった。
わたしはいつもわがままで、みんなを困らせて……
この間だって保仁兄様や綾子先生に……
あれ?それってなんか変……だよね。
だって、え?
私は一人っ子。
でも確かに兄がいるの。
先生なんて知らない。
でも昨日、会ったじゃない。
……頭がおかしくなりそうだ。
「それで」
ふいに、彼の声がわたしを呼び戻した。
「待ち人は来たのですか」
ふわりと、桜の香りが漂う。
わたしの好きな香りが。
「……花は待ち人って言わないと思うわ」
後ろから差し出された桜の枝には、いくつも雫が光っていた。
「お好きでしょう?」
分かっているくせに……だから手折ってきてくれたのでしょう、雨の中、私の為に。
でも素直にありがとうだなんて恥ずかしくて、
「そうね。桜の香りは好きよ……篝は大嫌いだけど」
憎まれ口を叩きながら振り向けば、やっぱり篝は微笑んでいた。
見覚えのあるダークブラウンの瞳を細めて。
気が付けば私は泣いていた。
見慣れた天井、隣から聞こえてくる規則正しい寝息。
あれは夢なんだ。
分かっているのに涙が止まらない。
幸せな夢だったじゃん。
堪えきれず、嗚咽が漏れてしまう。
「ぅっ……っ……」
どうして。
どうしてどうしてどうして……どうしてっ!!
訳の分からない悔しさが、悲しさが、怒りが、涙と一緒に溢れて止まらない。
前の夢で感じたのは憎しみだった。
でも今日の夢で感じたのは……愛しさ。
声も香りも瞳も。
わたしは篝という男の全部に恋をしていた。
そしてきっと彼も……
いや……違う。
だって彼は笑った。
炎に焼かれてもがくわたしを見て笑った。
邪魔だって言って笑ったじゃない!!
目は覚めたはずなのに、まるでさっきの夢の中みたいに私は混乱していた。
脳裏をよぎる二つの瞳。
篝。
芹澤さん。
馬鹿げた話だって分かってるけど……私は確信してしまった。
芹澤さんの瞳は、篝の瞳なんだって。
ねぇ、どうして今私の前に現れたの。
あなたたちは誰なの。
私はどうすればいいの……?
その夜はもう、一睡もできなかった。