彼女の趣味
「……で、明日から二人きりでお勉強なわけね」
「そんな言い方しないでよ、真由。成績が悪いのは本当だし……綾子先生があんなに言うから断れなかったんだもん」
結局、芹澤さんには明日から勉強を教えてもらうことになった。
「でも良かったじゃない」
「何が?」
「かっこいいんでしょ?そのK大生」
「それは……そう、なんだけど……」
答えながら思い出したのはダークブラウンの瞳。
十二分に整った顔立ちは間違いなくかっこいい部類だった。
だけど、あの瞳……なんだろう?
かっこいいけど、でも……
「あんまり近付きたくない……なんか、嫌な感じ……」
うまく言えないけど、私に悪意を持ってるような……気がする。
「かっこいい人って少なからずそうゆうところがあるものよ」
真由は私の言葉の意味を、感じが悪い、と受け取ったみたいだった。
そうゆう意味じゃないんだけど……まぁいいか。
「ところで」
「なに?」
「松尾くんとは仲直りしたの?」
「…………」
ありゃ、と真由が溜め息をついた。
あれから何回かメールしてみたけど、隼人から返事はなかった。
中学までは幼馴染み、高校からは恋人、なんだかんだで17年の付き合いになるけど、こんなこと初めてだ。
喧嘩しても謝ればすぐ許してくれたのに。
……まさか、このまま終わっちゃうのかな……隼人はどう思ってるんだろう……
「あ、松尾くんと言えば……」
「え?」
「なんか綾子先生と言い争ってたみたいだよ」
「本当?なんて?」
「ん〜よく聞こえなかったけど、松尾くん怒ってた」
受験の話で口論になった、とか?
ありえる。
隼人のことだから、進学する気はあるのか……とか聞かれてキレたに違いない。
「どうせ成績のことでも言われたんだよ、ほんっと子供なんだから」
「そう……かな?」
「そうそう」
真由は釈然としない様子だったけど、隼人のことを議論しても仕方ないと思ったのか、全く違う話題をふってきた。
「ね、なっちもやってみない?」
そう言って取り出した一冊の本。
その名も、あなたの前世まるわかりBook。
真由の趣味というか、悪い癖というか。
この子はこうゆうものにハマりやすい。
「手相の次は前世?」
「これすっごく当たるんだから」
「それ前も聞いた」
「とりあえずやってみようよ〜?なっちの生年月日を足して……」
人の返事も待たず前世数とやらを数え始める。
「何、生年月日で分かるわけ?」
「1に9を……そうだよ」
「んじゃ私と同じ生年月日の人はみんな同じ前世ってこと」
「…………8に8を……」
無視された。
「出ました!あなたは…………人魚姫タイプ!」
「え、前世さかな……?」
「お金や容姿に恵まれ、不自由なく育ったあなた。一見幸せそうに見えるけれど、実はとても辛い恋をしていました。本当の愛だけを望みながらも手に入れることができなかったのです」
「うさんくさぁい」
「最後まで聞きなさい!悲しみを抱いたまま転生したあなたの使命は、今度こそ本当の愛を手に入れること。そうすればあなたの魂は満たされ、本当の幸せを得るでしょう……どう?」
どう?って聞かれても……
「ロマンチックだけど、嘘っぽさ全開」
「……はぁ、なっちってばつまんないの」
真由は悲しげに本をしまった。
いかにも女の子って感じの部屋の本棚は、オカルトな題名でびっしりだった。
「詐欺だ」
「なぁに?」
「い〜え、なんでもござぁせんのよ」
なにそれ、と言いながら真由は部屋の灯りを消した。
「もう寝るの?」
暗闇の中、ふっと笑う声が聞こえた。
「明日はK大生とお勉強なんでしょ?夜更かしは居眠りの元だよ」
こいつ……楽しんでるな。
「そうゆう気はないってば!第一私には隼人がいるしっ」
「喧嘩中に新恋人……よくある話ね」
「おやすみっ!!」
無理矢理目をつむると、睡魔は案外早く訪れそうだった。
明日、か。
隼人、明日はメールくれるかな。
あの人は……
あの人……
ダークブラウンの……
あの瞳、どこかで……み……た…………?……………………………
その答えは、すぐに分かった。