序章 8 巨大倉庫で
研究所を完全に制圧した後、一番深くにある、巨大な倉庫に足を運んだ。
一番深くに有りながら、一番広いここには、大型の魔獣を使ったキメラが、それこそ何十頭と安置されていた。
ここの扉は、研究所の所長にしか、開けることは出来ないはずだったが、ユウはいとも簡単に開けることが出来た。
扉の鍵には、本人確認のために、魔力の形質を測定するという方法をとっていた。
魔力の形質とは、人間ひとりひとり違うもので、先天的にも違い後天的にも違ってくるので、同じものは一切ないとされる。
なお、これをカギにした場合、だいたい一ヶ月に一度の頻度で、登録し直さないといけず、だいたい三ヶ月ほどで認識できなくなる。
ユウは、融合を繰り返すうちに、魂の力の使い方にますます磨きがかかり、融合した相手の魔力形質をも、再現できるようになっていたのだ。
ここにあるキメラは、古いものになれば百年、二百年、三百年前と古いものもあり、また、実際に戦場で運用されたものもある。
性能も、古くなればなるほど良くなっていく。
これは昔の方がキメラの製造研究が盛んであり、現在に至るまでに、技術が退化してしまった明かしであった。
大型の魔獣のほとんどは、老いて衰えるということがなく、すなわち寿命がない。
ゆえに、ここに居るキメラ達も、老いることも衰えることもなく、すべて眠っている状態なのだ。
ユウは、この巨大な恐竜の群の様な、キメラ達に一切臆することなく、次々と融合していった。
全てのキメラとの融合を終えると、倉庫の一番奥にある彫像向かった。
色は霞んだ黒で僅かに光沢が有り、硬そうだが軟らかそう、冷たそうだが暖かくもありそうな、不思議な色艶をしている。
形は人型だが、何とも奇妙で、その姿からはある意味で場違いな感じを受けた。
『なんと言うか、まるでヒーロー物の、着ぐるみ見たいだな。
それも主役のライバルとして、何回も出て来る様な感じの・・・
そう言えば、オレも最初の融合では、似た様な系統の姿になったな。なにか意味があるのか?』
なんだか、気分と思考がビミョーな方向へ、行きそうになったが、あわてて引き締めた。
一見、子供向けテレビ番組に出て来る、敵役見たいな姿をしていても、これの正体は、そんなのんびりした物じゃない。
これは上位悪魔なのだから。
ユウは、彫像の様になっている悪魔の前に立ち、様子を見る。
どうやら、かなり強力な力で封印されているらしく、ギルベックの様に念話で話したり、周囲を見たりすることは出来ないようだが、意識まで封印されているかは、見た目では分からない。
そこで、直接触れて、念話で声を送った。
『えーーと、もしもし?聞こえますか?』
まるで電話の様に話しかける。
『ナンダ?誰ダ貴様ハ?ソレニモシモシトハ、ドウ言ウ意味ダ?』
返ってきた声に、自分のことと、日本特有の、電話での呼びかけ言葉について、質問される。
『あ、つい癖で、それはともかくあんた悪魔なんだよな?』
ユウは、相手の質問を無視して、悪魔であることを確認する。
融合した人間の記憶から悪魔なのは分かっていたが、見た目が見た目なので、どうにも微妙に信じきれなかったのである。
『当タリ前ダ、何ダ貴様ハ、ワシヲ封ジタ魔術師デハナイノカ?』
悪魔は、自分に声を掛けてきた者の正体を、一瞬誤解した。
ちなみに、悪魔を封印した者は、五百年以上前の人間で、とうの昔に死んでいる。
封印によって、意識以外のすべてを遮断されていたので、どれだけ時間が経っていたか、さっぱり分からなくなっていたのだ。
『・・・イヤ、違ウナ。感ジル魔力ニ覚エガ無イ、
トイウカナンダ?人間ト悪魔、両方ノ気配ヲ感ジルゾ、ドウナッテオルノダ?
マサカ、キメラトハ思エヌシ。』
悪魔は、念話から感じる不可解な魔力に、疑問を感じる。
『おお!正解だ、よく分かったな。』
ユウは、あっさりと、正体を見破られ驚く。
『ナント、本当ニキメラナノカ?イッタイドウ言ウ事ダ?』
キメラは、意識を保つことが出来ない、という常識を、覆したという存在に驚いた。
『まあ、話せば長くなるんだが。』
『カマワン、ズイブント退屈シテオッタ所ダ。遠慮ナク話スガ良イ。』
五百年以上もの間、他者と会話をすることの無かった悪魔は、喜んで話の先を促した。
ユウ、はここでの出来事を話していく。
異世界から召喚されたこと、キメラにされたこと、研究所を全滅させたことを。
『クックックッ・・・・・・ナカナカ、不幸デ面白イ目ニ遭ッテオル様ダナ。』
『不幸はともか、く面白いってなんだよ!』
悪魔の感想に、ユウは声を荒げる。
『ワシハ聞イテテ、面白カッタゾ。』
『根性悪い奴だな。』
『悪魔ダカラナ。』
『自分で言うな。』
『ワーーーハッハッハッハッ!!』
五百年振りの会話なので、どうにも心が躍ってしまい、ほんの小さな掛け合いで起こった笑いを、堪える事が出来なかった。
『イヤーー、久シ振リニ笑ッテスッキリシタワイ。オカゲデイイ気分ノママ死ネルノウ。』
『!!・・・・・・気付いてたのか、アンタを食うつもりだったって。』
ユウの心を、見透かした様な、悪魔の言葉に驚く。
悪魔をこのままにしてをけば、いずれ研究所の仲間の魔術師に、キメラの素材にされるのは、分かりきったことで、だからといって、持って行くには邪魔になるし、隠しても見つかったら、面倒なことになるし、封印を解くのはもっと駄目だろう。
ユウは結局、融合するのが一番だと思っていた。
そして悪魔は、ユウの心を読んだ上で融合されてもいいと思っていた。
どうせ人間に利用されるのなら、こいつの方が良い、惜しむらくは結末を見届けられない事だが。
『当タリ前ダ、ソノクライ気付カンデカ。シカシオ前ナンダッテ、サッサトワシヲ食ワンカッタノダ?』
『ただの興味本位だよ。最初に融合した悪魔以外は、キメラにされたのしか見なかったからな。
しかしよく考えたら、ここの世界に来てから、悪魔としかまともに話をしてないぞ。』
同じ?人間からは、会話どころか人間扱いすらされず、本来人間にとって邪悪な存在である、悪魔と会話し、しかも助けられてすらいる。なんとも奇妙な状況だ。
『ワシモコノ世界ノ住人トハ言エンガ、ソウナルト未ダニ人間トノマトモナ会話ハナシカ。
・・・・・・マトモジャナイノナラアッタノカ?』
『・・・・・・すこしだけ。』
研究所を制圧する際、相手を騙して近寄ったり誘き寄せたりするのに、話をしたが、とてもまともな状況とは言えない。
『クックックッ、ヤハリオ前ハ不幸デ面白イナ。ヨシ、餞別ニオ前ノ未来ヲ占ッテヤロウ。
ム!ムムム!?見エタゾ!!喜ベ、オ前ハ一生不幸デ面白イ人生ヲ歩ムダロウ。』
『ふざけんな!そりゃ餞別じゃなくて、呪いじゃねーか!!そんな人生送って堪るか!!』
実際、悪魔に未来が見えたわけではないのだが、言っているのが悪魔なので、本当に不幸で面白い人生を、送ってしまうかもしれないと感じて、ユウは怒った。
『マア、ソウ言ウナ、少ナクトモ、何モナイ暗闇シカナイ日々ヨリハ、ズットイイト思ウゾ。』
『・・・・・・・・・・・・』
悪魔が封印されていた、長い時間を思って、口を噤んだ。
『サテ、ソロソロ、スッキリサッパリヤッテモラオウカ。』
『まるで、髪を切る様な気軽さだな。』
あまりに自分の命を軽く言う悪魔に、ユウは拍子抜けする。
『人間ノヨウニ、髪ヲ切ッタ事ハナイガ、多分似タ様ナ感覚ナノダロウナ。』
『絶対違うと思う。』
的外れなことを言う悪魔と、それを否定するユウ。
『イチイチ上ゲ足ヲ取ルナ。コノママ、ダラダラト続ケテ、見苦シイ奴ダト思ワレタラドウスル。』
『誰にだよ。』
全く誰に言っているのだろう?
『取ルナトユーノニ、マッタク。客モオランノニボケ続ケルノニハ限界ガアルゾ。』
『やっぱりわざとボケてたか、っていうか客が居ればもっと続くのか?』
とうとうボケていたことを白状する悪魔と、よせばいいのにツッコミを入れるユウ。
『当タリ前ダ、芸人ハ客ノ前デコソ真価ヲ発揮スルモノダカラナ。』
『じゃあこれ以上、つまらんボケを聞かなくて済むんだな。まったく客がいなくて良かったよ。』
訳の分からない芸人理論を言う悪魔、的外れなことに安堵するユウ。
問題は其処じゃないだろうに。
『ダガ芸人ノ真価ハ、ネタガ尽キタ時コソ試サレルト言ウ、故ニコレカラガ本当ノ戦イナノダ!!』
『何と戦うんだ何と!!っていうかお前芸人じゃなくて悪魔だろ!!?』
ますます訳の分からない事を言い出す悪魔と、キレの出て来たツッコミを入れるユウ。
『何ダト!貴様悪魔ガ芸人ニナッテハイケナイト言ウノカ!?』
『だからお前は人間じゃないだろうが。』
どうでもいいが、やけに開明的な職業選択倫理を言う悪魔と、まったくもってどうでもいい問題を指摘するユウ。
『クッ!確カニソウデアッタ・・・・・・芸悪魔ト言ウベキダッタナ。』
『だーーかーーらーー!!・・・・・・はあ、もういい・・・いい加減引導を渡してやる。』
ユウの言葉に、悪魔は的外れな、もしくは狙って、呼び方だけを修正して、悪魔が漫才をするという根本的な問題というか、疑問を無視した。
一方ユウはこの掛け合いに、とうとう耐え切れなくなった。
『ム、モウ終ワリカ。タシカニ、コレ以上ハ読者モ厭キテクルダロウカラナ。』
『ついに言いやがった・・・・・・いいな、これで終わりだぞ。』
物語のキャラとして、言ってはいけない事を言う悪魔と、
登場人物が暴走するという事を実感した作者。
そして、この掛け合いに終止符を打つと宣言するユウ。
『ウム、最後ニトテモ楽シイ時間ガ過ゴセタ、有難ウ。』
『まあ、こっちも結構楽しかったよ。』
ようやくまともに言葉を返してきた様で、ユウは安堵した。
『心残リハ、自己紹介ヲシテイナカッタ事ガ、残念ト言エバ残念ダガ。』
やはり最後までチャチャを入れるつもりだとすぐに分かったが。
『・・・・・・・・・水野友だ。』
『オオ、コレハゴ丁寧ニ、私ハ、ヤルザンブト言ウ。
シカシ、別レノ際ニ自己紹介トハ、ナカナカ乙ナ経験ダッタナ。』
死の別れなのに、最後まで軽くするつもりらしい。
『じゃあ、本当にこれでサヨナラだ、ヤルザンブ。』
『サラバダ、ミズノ・ユウ』
ユウが融合の魔法を使い、魔方陣が展開して、融合が起こる寸前に、
『・・・・・・オオ!ソウ言エ』
悪魔ヤルザンブは何かを、言おうとしたが、ユウは聞けなかった。
「・・・・・・あの野郎、狙ってやがったな。」
ヤルザンブの最後の記憶を調べて見てみると、やはり最後の喋りかけはワザとだった。
最後の最後まで、ふざけて締まらなかった悪魔ヤルザンブ。
ここまで来ると、むしろアッパレだと思った。
「しかし・・・・・・変な奴だったな。」
ある意味疲れたが、ヤルザンブとの掛け合いは、それでも楽しく感じていたので、居なくなると、奇妙な寂しさが込上げてきていた。