序章 7 制圧完了
警報が鳴り響いていた。
「とうとうバレたか。」
これまで、不意を突ききれずに戦ってしまい、痕跡を残してしまった場所がいくつかあったが、そろそろ見つかるとも思っていたので、慌てず予定どおりに行動した。
まず、転送装置を破壊して、兵の増援と逃げ道を潰す。
転送装置のある部屋に向かい、部屋の前まで来ると、呪文を詠唱しながら部屋に入る。
「火よ、風よ、我が命に従い、紡がれ出でよ、爆炎球!!」
手の中に現れた炎を、転送装置にむかって放つ。
炎は装置に当たると、大爆発を起こし、木っ端微塵にして、振動は建物全体を揺らした。
装置の近くには人が居て、爆発に巻き込まれたが、まだ生きていた。
「た・・・すけ・・・て・・・」
「イヤだね。」
ユウは冷酷に言い放つと、すぐさま融合して食らい、他に生きている人間が居ないことを確認して、物陰に隠れた。
研究所内は混乱の極みに達していた。
突然の警報と、それに続いての爆発。事態を完璧に把握している者など一人もおらず、むろん大半の人間が、すでに餌食となって食われていたことを、知る者はいなかった。
転送室に警備兵や研究員が駆けつけてきた。
「なっ!なんだよこれ!!」
「おい!!誰かいないのか!?」
「いったい、何が起こったんだ!?」
「とにかく人が居るはずだから探すんだ!ここには何時も何人か居たんだぞ!!」
「その前に火を消せ!煙が邪魔だし燃え広がったら拙いぞ!!」
室内の惨状に怯みながらも、警備兵は中に入り、火を消したり生存者を探し始めたりしたが、突然襲い掛かられた。
不意を突かれたこともあるが、一言で発動し、しかも発動と同時に着弾という、通常では考えられないスピードで襲い掛かる雷撃によって、瞬く間に全滅した。
彼の雷撃は、この世界の人間が使うものより明らかに早い。
それは彼が、光りの速度がどんなものか知っていたからだ。
むろん詳しく知っている訳ではないが、光りの速度を人間の感覚で知覚するなど不可能であり、ゆえに発動と同時に着弾という現象に、一切の疑問がなかったからだ。
魔法の発動に、イメージはかなり重要で、この世界の人間は、光速を理解も想像も出来なかった為に、雷撃本来の力を、発揮できなかったのである。
扉の外から、中を覗いていた研究員達は、突然起こった事に見入ってしまっていた。
物影から突然現れた男が、警備兵との間に一瞬で光る糸を出し、警備兵達が次々と倒れてゆく。
この光る糸がユウの使う雷撃なのだが、人間の目には早すぎて糸の様に見えてしまうのだ。
警備兵が全員倒されると、男は倒れた警備兵に近付いて球状の魔方陣に警備兵ごと覆われる。
魔方陣が光り消えると、その場に居たのは男だけだった。
「うわああぁぁーーーー!!!!」
この光景に、恐怖した一人が、悲鳴を上げ逃げ出すと、
残りの者も、後に釣られる様に次々と逃げ出したが、背後からの雷撃で、全員気絶させられて、食われることになった。
その後もここには次々と残った人が集まって来るが、少人数かつバラバラに来てしまったために、各個撃破に最適な形となり、誰も逃げられず、雪崩式に犠牲者が増えていった。
ユウは、自分の状況を、良く理解していた。
自分という存在は、この世界にとって明らかに異質かつ異常であり、到底受け入れられない存在で、知られれば社会全体が自分を排除しようとするだろうと。
そして、それを避けるには、徹底的に情報を封じ込めなければならず、そのため執拗なまでに、相手を逃がさない様に行動した。
結果、施設内においても情報がまったく伝わらず、次の様な事が起こる。
「なあ、この警報とさっきの爆発音、やっぱり関係あるのかな?」
「そうだな・・・じゃあ俺が様子を見てくるよ。」
「悪いな、催促したみたいで。」
「いいって、それより面白い情報、掴んで来てやるからな。」
「気をつけろよ。」
「おう。」
「あいつ、遅いな。」
「どうしたんだ?もうずいぶん経つけど。」
「しかたない、オレも様子見に行って来るか。」
この様な事が施設内の各所であり、少人数ずつ、来てしまう事になったのだ。
ちなみに唯一、警報を鳴らした警備兵は、この爆発が襲撃犯の仕業だと気付き、
爆発現場に向かう、他の警備兵と合流することができたが、
「おーーーい!!おーーーい!!止まってくれーーーー!!!」
「何か止まれって言ってるぞ。」
「馬鹿言うな、現場はこの先で、一刻を争う事態だったらどうするんだ。」
「そうだぞ、おーーい!言いたいことが在るんなら、走りながら話せーー!!」
「たっ!たのむ!!止まって話を聞いてくれ!!!」
「だから止まれないって!話ならこのまま言えよな!」
「わっ!わかった!!じつは、この警報オレが鳴らしたんだ!!」
「はあ?どう言う事だ?お前、爆発とは違う方から来ただろ?」
「そうじゃない!!警報は爆発の為じゃなくて、爆発のほうが警報の為に起きたんだ!!!」
「わからん・・・どう言う事なんだ?」
「だから!!この先には多分」あっ向こうから人が来るぞ、おーーーい!!」
「あんた、向こうの様子知ってるかーーー!?」
「まて!!もしかしたらあいつも」
彼が喋れたのはそこまでだった。
彼は結局、自分が知った事実を誰にも伝えられなかった。
建物の回りには塀があり、その間の庭にかなりの人数がいた。
彼らの大半は、爆発に脅えて、外へと逃げてきた者達だ。
建物の正面、玄関から唯一の門との間に、集まっていた。
「本当に、大丈夫なんだろうなここは?」
「さあ?でもさっき、かなりの人員が現場に向かいましたから、その内連絡が来ますよ。」
「さあってなんだ!さあって!それにこっちもさっき同じ事聞いたぞ!!
だからもうさっきじゃなくて、ずいぶん経ってるって事なんだぞ!!」
「本当にどうしたんでしょうか。」
「オレに聞くな!だいたいこんな時の為に、お前らが居るんだろうが!!」
「そういえば、そうでしたね。」
「ああもう、こいつは・・・」
「おや?また誰か出てきましたよ?」
「本当だ!なあ、あんた!向こうで何が起こったか知らないか!?」
「眠れ。」
「へ?」「ほえ?」
彼らは、あっさりと意識を失い食われたのだった。
ユウは眠らなかった者や、眠りの魔法の効果範囲外に居た者を、もっと、射程の長い雷撃で、次々と倒してゆく。
また、この雷撃にやられたのは、見えない位置に居たはずの、門の向こうに居た門番達、この光景を、建物の窓から見ていた者達もふくまれた。
悪魔の力、正確には悪魔の視覚を使いながら、行動が出来るようになっていたのだ。
人間の目には映らなくても、悪魔の視界からは、ばっちり見えており、あとは雷撃を曲げ、射程を伸ばせれば良く、両方とも左程難しくなかった。
軌道の変化は最初からでき、射程は普通、使う魔力を増やしたり威力を落とすかだったのだが、これは、目標到達まで発動させ続ける、時間に関する問題だったので、光速で発動する彼の雷撃は、とくに使用魔力を増やす必要も無かった。
これにより、四方上下すべての面を塞いでない限り、ユウの誘導型の雷撃を、防ぐ方法は無い。
一人も逃がせない制圧は、この後すぐに終わった。