序章 2 召喚失敗
部屋の隅にある頑丈そうな鉄製の扉が開く。
「・・・・・・ちくしょう!!!」
男が悪態をつきながら部屋に入ってきた。
「・・・魔力は・・・・・・だめだ、反応がない・・・本物のクズだ・・・・・・なんてこった。」
次に入ってきた男が、手に持っている道具で魔力の有無を調べながら落胆する。
「・・・こんな結果・・・室長にどう報告すりゃいいんだ?」
三番目に入ってきた男が、肩を落としながら言った。
「魔力炉まで使ってこれじゃあ・・・」
「それだけじゃない・・・空間結晶を消耗品として使ったんだぞ。」
「恐ろしく金の掛かった召喚実験だったのに・・・・・・なんだってこんな事に。」
三人が思い思いに言いながら召喚された者に近づき、部屋の中央の祭壇まで来る。
「おい!それ以上近づくなよ、魔方陣に張ってある結界を越えたら攻撃されるかもしれないぞ。」
「大丈夫だろ、明らかに弱っているし、それに、とてもまともに動けるような身体つきじゃないぞ、と言うか、こいつはいったい何なんだ?魔界の生物か?」
「なにバカなことを言ってるんだ、魔力がないんだから魔界の物のわけないだろ。」
「じゃあなんなんだ?召喚ゲートは黒く染まった、あれは魔界と繋がった証拠だろ?」
「俺が知るか、こっちが聞きたいくらいだ」
「まったく、なんだってこんなことになったんだ・・・・・・
膨大な魔力と超高額の貴重品を使って、上位悪魔を召喚するはずだったのに、
出てきたのは、魔界から来たかどうかも怪しい謎の生物・・・」
「何の実験にも使えそうにない、魔力ゼロのクズときたもんだ。」
「それよりどうするんだ、なんだかすぐにでも死にそうだぞ。」
「とりあえず室長に見せるまで、死なれるとマズイかもしれん。
処置室に運んで生体維持装置に繋いでおこう。」
「そうだな・・・そうするか。」
そう決まると男たちは魔法で生き物を眠らせて運び出した。
この五日間、召喚された生物を調べてみたが、特質すべき点はなにもなかった。
それどころか、この生物は生命として欠陥だらけだった。
手足があるのに使えない、内臓器官がまるで、適当に詰め込んだかのように、バラバラに納まっている。
こんな生物はありえない、もしありえるとしたら・・・・・・
「・・・ふむ。」
研究員達が書いた、召喚生物の報告書を読んでいた初老の男は、一つの結論を出していた。
召喚による再構成の失敗。
何故悪魔召喚が失敗したのかは、今もって分からないが、何らかの失敗が起こったのは間違いない。
この失敗によって、別の存在が召喚されてしまったのだろう。
基本的に肉体と言う物を持たない、魂だけの存在といえる悪魔を召喚する為の召喚装置だ、肉体を持った存在を、召喚できる様には出来ていない。
そのため、無理に召喚された結果、肉体がメチャクチャな状態で再構成してしまったのだ。
召喚されたのは、おそらく人間、もしくは亜人だろう。
魔力が、まったく感知できなかったのには、少し驚いた。
人間や亜人であれば保有魔力がどんなにわずかでも反応があるものだ。
研究員が使った計測器、これに反応しない生物は、小型の動植物ぐらいだ。
反応がないことで、正体の候補から人間を除外するという、先入観を起して、人間とは気づかず、未知の動物ではないかと、報告書に書いてしまったのである。
魔力は魂から発せられる物だ。魂のない肉体に魔力は存在しない。
ゆえに、これが人間であるならば、この人間の魂はすでに存在しないことになる。
なぜ存在しないかと言えば、やはり召喚の影響だろう。
召喚の際離れたか、もしくは消滅したのであろう。
むしろ、この召喚で呼び出されるとしたら、肉体のみよりも魂のみのほうが、可能性としてはありえそうだ。
だが呼び出されたのは肉体で、魂にさらに多くの負荷がかかって、分離もしくは消滅したと推察できる。
魂が無いのに肉体が生きている理由は幾つか思い当たる。
即死しない程度に魂が僅かに残っていたか、離れた魂が完全に抜け切っていないかなどだ。
もっとも計測器に反応しないほどでは、生命維持装置に繋いでいてもすぐに死ぬだろう。
今すぐに死んでもおかしくない。
「どうしたものか・・・・」
報告書を机の上に投げ出し、この研究室の室長である男は、今後のことについて考えていた。
悪魔召喚に使った経費は大きい、しかも失敗となれば、かかった金をドブに捨てたに等しい。
この失敗は自分の経歴の、大きな汚点となってしまうだろう。
「どうにかならんかなぁ・・・」
弱音を吐いてもどうにもならない。
どこかから他の室長達の笑い声が聞こえてくるような気さえする。
召喚実験は、実験と銘打ったものの、召喚そのものが目的ではない。
あくまで、召喚によって得られる、新たな素材となる上位悪魔が目的だった。
この研究所にある、素材用の悪魔の中で、上位悪魔は1体しかいない。
ゆえに希少すぎて、実験の使用許可など、下りることは無い。
だから自分で召喚しようとした。
悪魔の召喚はそれほど難しくはない、技術的には。
下位ならば個人で召喚可能だ。だが中位や、まして上位ともなれば、とたんに難度が上がる。
理由は主に魔力と金だ。
召喚に必要な膨大な魔力はとても人間が出せるようなものではない。
下位ですら、天才と呼ばれる者で、なんとかギリギリといった具合なのだ。
そんな魔力を生み出せるのは、国家のみが所有する魔力炉しかない。
そして高価な空間結晶とよばれる希少石が必要になる。
これは空間を制御する術に必ず必要になる石で、瞬間移動の魔法などにも使われ、同じ世界の中を、移動したり繋げたりする分には、まったく消耗することはないが、別の世界に繋げようとすると、一気になくなってしまう物なのだ。
またこちらも下位より上位のほうが必要消費量ははげしい。
今回の召喚を行うにあたって、とった方法は、普段は国の公共設備などの、ライフラインの動力としてのみ使われる魔力を、コネとワイロを使って、公共設備の整備期間中に、ストップしてあまった魔力を、こちらに流してもらえるようにしてもらい、研究費の大部分を使って、空間結晶を買い揃えた。
公共設備の整備期間中と言う、限られた時間の中でしか魔力炉の魔力が使えないので、召喚の日時の変更はできず、不運にも室長会議と言う、バカバカしくも欠席できない物とかち合ってしまい、召喚を部下の研究員に任せるしかなかった。
自分自身が立ち会えないと分かっていたため、下準備は徹底的に行ったつもりだったのに、召喚は失敗してしまった。
部屋の中で男は、やるせない倦怠感に包まれていたが、しだいに心の中から、怒りにも似た衝動生まれ、このやり場の無い感情をぶつける、捌け口を欲していた時、机の上の報告書が目に入った。