第1章 1 魔獣狩り
深い森の中を、全身に鎧を着込んだ男が一人で走っていた。
鎧は独特な形をしており、一目見て複数の材料から作られたことが分かり、ある所は金属で、ある所は鱗で、またある所は骨でと、実に様々な素材から出来ている様だ。
また、作りも非常に精巧で、腕のいい職人の手による物とわかる。
男の後を追うように、大きな地響きが近づいてきており、木々が圧し折れ倒れる音も、聞こえて、いよいよもって、走るスピードを上げ必死の形相で駆け続けるが、それは聞こえてきた。
「グゥロオオオォォォーーーーーー!!!!」
その凄まじい咆哮は、それだけで気の弱い人間を、死に至らしめる様な圧力を持っていた。
咆哮の主は、全身を硬質なうろこで覆われており、鋭い爪と牙を持ち、頭からは明らかに攻撃用と分かる角を持ち、背中と長い尻尾の先には頭と同じ角がまるで棘の様に生えていた。
全高は3メートルほど、全長にいたっては10メートルを超えるほどの巨大さだ。
この恐るべき生物は、愚かにも自分に挑み情けなく逃げている、小さくひ弱な存在を、惨めに噛み砕くべく、大きく口を開けそのアギトの餌食にすべく、狩の詰を行おうと飛び掛った。
「うおおおおぉぉーーーーー!!!?・・・・・・あっあぶなかった!!!」
ジャンプして一気に距離を詰めてくる、怪物の気配を感じ、とっさに横っ飛びをして難を逃れたが、以前危機は続いている。
すぐさま立ち上がり、駆け出すが、怪物もしつこく追いかけてくる。
男は絶体絶命のピンチなのに、何故か必死の感じは分かるが、悲壮な感じはしない。
周囲を見て、時折笑みさえ浮かべて、駆け続ける。
再び、魔獣が飛び掛れる距離に男を捉え、四肢に力を込めた瞬間、真横から強烈な一撃をくらい、吹っ飛ばされた。
怪物が喰らったのは、振り子のように設置された、丸太の罠で、しかも先端が尖っていたので、脇腹にかなり深く突き刺さるが、反動ですぐに抜けた。
「よっしゃあぁぁーーーー!!!やったぞおぉーーーー!!!!」
罠の設置されていた木の上から、別の男が喜びながら降りて来て大声を上げる。
「見たかよ!!このドンピシャのタイミング!!おれってすげーーー!!!」
走っていた男と同じように、鎧を着込んでいたその男は、踊りだしそうな様子で喜んでいたが、
「喜ぶのは後にしろセイルス。」
ヤブの中からこれも同じく鎧を着た男が、油断無く大きな斧を持って現れ、続いてまた別の男が現れ、全力疾走をして、喋る事も出来そうに無い男に、駆け寄り話しかける。
「大丈夫ですか?シャリオさん、すぐに回復させますから。」
「ゼイ!・・・・・・ハア!・・・・・・ゼイ!・・・・・・ハア!」
座り込みはしなかったものの、手を膝に付いて頭だけ動かし返事をする。
「我が主ラムサスよ、貴方の僕に、今一度大いなる奇跡を・・・」
駆け寄った男の手から、祈りの言葉とともに淡い光りが注がれ、シャリオと呼ばれた男の体力が回復した。
「・・・ふう、あんがとなリックス。」
「はい、どう致しまして。・・・あと、これを。」
「おう。」
シャリオは、預けて置いた剣を渡される。
彼は、セイルスが発動させた罠まで、あの怪物、グランバラムと言う大型の魔獣を、おびき寄せる役目を負い、ここまで逃げてきたのであった。
なお、彼の剣は走るのに邪魔だから預けていたのだが、鎧は万が一を考えると預ける気にならなかったのだが、そのせいで追いつかれそうになり、何度も死に掛けていた。
「三人とも、まだ気を抜くなよ。」
斧を持った男、名をバレンと言うが、彼は罠に弾き飛ばされ、倒れたままのグランバラムを見据えたまま、注意を促す。
「でもよー、さっきの見たろ?脇腹にブッサリだぜ?さすがに生きてねーんじゃねえの?」
セイルスが楽観した様子で答えるが、それをあっさり否定するように魔獣が起き上がる。
「ウエエェ!?うっそ!!マジィー!!?」
脇腹の傷は、あの巨体でも十分致命傷に見えるが、グランバラムはしっかりと立ち上がり、彼等の方を見て咆えた。
「グゥオオオォォォーーーーーー!!!!」
「オイオイ、奴さんあんな身体でやる気マンマンだよ!!」
セイルスは気圧され、後ずさりしながら、何時でも逃げ出せる様にした。
仕掛けた罠は、これだけではなく、ほかにもあり、失敗したら順次、次の罠へとまた一人がおびき寄せて、他の者が現場へ先回りして仕掛けを動かす。
さっきはシャリオが囮になったが、いくらリックスの魔法でも体力をすべて回復することは出来ず、結果、他の者が囮にならなければならない。
そして今度はセイルスが囮をする番なのだ。
先ほど異常に喜んだのも、囮をしなくて済むと思ったからでもある。
実際彼の顔は、今にも泣きそうな程、悲観に暮れた顔をしていた。
「ちくしょ~~~おれの人生もこれまでか~~~」
囮になることに、泣き言を言い出すセイルスだが、バレンの考えは少し違った。
「まてセイルス・・・よく見ろ奴を、咆えてはいるが向かってこない。あれは威嚇だ。」
「そりゃ、襲う前に威嚇ぐらいするだろう?」
「いや・・・襲う前の威嚇じゃない・・・・・・じゃあ・・・何の為の?」
バレンは、グランバラムから目を離さず、自問し思考する。
「・・・・・・そうか!!まずい、奴は逃げるつもりだ!!!」
バレンは、威嚇が、自分たちを、近付けさせないための物で、体が動く様になるのを、待っているのだと気付いた。
「ええっ!?マジか!?」
「そっ!それは困ります!!」
セイルスとリックスが声を上げる。
なぜなら、彼らの目的は狩であって、追い返すなどと言う事ではない上に、今回の狩は依頼人など居らず、報酬は魔獣の死骸のみで、また、絶対に狩を失敗できない理由もあったからだ。
「奴を逃がすわけにはいかん!直接仕留めるぞ!!」
バレンが斧を構えて走り出す。
「止むを得んか。」
シャリオも剣を鞘から抜きバレンに続く。
「ちくしょ~~結局最後は肉弾戦かよ~」
セイルスはリックスから槍を受け取りながら半泣きになった。
「仕方ありませんよ、もう一息頑張りましょう。」
リックスは弓を取り出し構える。
「いいか、お前の回復は切り札なんだからな。前に出て来るなよ。」
リックスに釘を刺し、セイルスも二人の後を追う。
「はい!・・・・・・さて僕も頑張らないと。」
矢をつがえ、弓を引き絞り、狙いを定める。相手は巨大だが体の殆どが、硬い鱗に覆われて、弓矢では、傷つけることも出来そうにないため、狙うなら傷のある脇腹か、目のある顔だろう。
味方も、この二つを狙うだろうから、気を付けないと邪魔になってしまう。
狙いを定めながら、戦い方をおさらいして、矢を放った。
「うおおおおぉぉーーーー!!!」
バレンは、雄叫びを上げ、自分を鼓舞しながら突っ込む。そうしないと、今にも逃げ出したくなるからで、そうせざる得ないほど、相手の威圧感は凄まじいのだ。
斧を振り上げ、叩き付けようとした時、横から大きな影が襲ってくる。
尻尾だ。
反射的にしゃがんでかわしたが、もう少し下に振るわれれば、尻尾に付いた棘に、串刺しにされていただろう。湧き上がってくる恐怖を押さえつけて、斧を振るう。
ガッ!ギィィィーーー!!
まるで、金属同士が接触した様な音がするが、間違いなくこれは、生物の皮膚なのだ。
十分力の乗った一撃だったが、鱗を一部傷つけただけで、下の肉には届いていない。
ならば、傷口をと、回り込もうとしたが、前足を振るわれ阻まれる。
仕方なしと、振るって来た前足に、攻撃するが、先程の様に弾かれる。
再び尻尾と前足が襲い掛かるが、今度は後退してかわす。
バレンに気を取られて、横から来たシャリオに気付くのが遅れ、傷口に接近されるが尻尾で薙ぎ払おうとした時、顔面に矢が飛んできて、反射的に目を瞑ってしまい、対応が遅れる。
結果、シャリオの剣は、傷口に見事に当たり、しかも剣から炎が上がり、傷口を焼いていく。
彼の剣は、魔力を帯びた特殊な材料から造られた、魔力装備で、炎を出す事ができるのだ。
「グゥギャアアアァァーーーーーー!!!!」
グランバラムが明らかな苦痛の声を上げ、全身を激しく暴れさせる。あわてて剣を抜き、距離を取るシャリオ。あの巨体で全身を使って暴れられたら、自分達ではどうにもできず、離れるしかないが、重傷を負っている今、ああも激しく動けば、著しく体力を失うだろう。
一頻り暴れて、グッタリした所で、再び攻撃を仕掛ける。
バレンが、正面に立ち注意を惹きつけようとするが、無視して、傷口の方に近づこうとするシャリオに尻尾を振るい、近付けさせない。
反対側から、セイルスが来ていても、此方も無視していたが、彼が槍を当てた瞬間、全身に衝撃と痛みが走り、それが傷口を刺激して、強烈な痛みとなり、動きが鈍る。
そこを再び、シャリオが狙うが、身体を捻られ、傷口には当たらなかった。
セイルスの槍も魔力装備で、彼の槍は帯電して、触れた相手に、電撃を与えることが出来る。
シャリオの攻撃を捻って逸らした瞬間、顔面にバレンの強烈な一撃が入った。
バレンは自分に対して、まったく対応しなくなったので、十二分に力の乗った一撃を、狙い済まして入れることができ、それ程深くはないが傷を与え、また脳に衝撃を与えたお陰で、一瞬動きを止めさせ、再びシャリオの一撃が入ることになった。
グランバラムは、結局傷口のみを守るということが出来ず、三人に満遍なく対するしか無くなり、結果さらに、傷口を抉られ、バレンやセイルスからも細かい傷を、いくつも受け、満身創痍になっていった。
このまま行けば、遠からず倒せると思い始めた時、グランバラムが倒れたので、全員が終わったと思った瞬間、後ろ足だけで一気に前へ飛び掛って来た。
正面に居たバレンは、迫り来るアギトはかわせたが、巨体すべてをかわす事はできず、弾き飛ばされ、地面に勢いよく転がる。
グランバラムはその勢いのまま、後方のリックスに迫り、不意を突かれた彼は一歩も動けず、矢をつがえ弓を構えたまま、固まってしまい、そのまま踏み潰されようとしていた。
シャリオは追いかけようとして、自分自身間に合わない事は、分かっていたが、そうせずにはいられず、セイルスは「逃げろ!!」と大声を上げていたが、視界に何かが入って来た時、グランバラムの巨体が逸れて、リックスのすぐ脇を通過した。
やはり限界だったのだろう、グランバラムは木々を薙倒しながら直に止まり、そのまま動かなくなり、リックスは暫らく呆然としていたが、慌ててバレンの元へ行き、治療を施した。
シャリオとセイルスは、その場にへたり込んで、動かなくなった、グランバラムを見つめていた。