序章 1 最悪の日
凄まじい光と共に襲ってきた全身を駆け巡る衝撃と痛み。
なんだ!!? 何が起きた!!?
一瞬浮かんだ疑問は、すぐに痛みによってかき消された。
全身に襲い掛かる痛みは、到底彼が耐えられる様なものではなかった。
『――――――――!!!!』
痛みによる絶叫を上げたが、声が、いや音が出る事はなかった。
しかし、継続的に続く凄まじい痛みが、目を覆い視界を潰す凄まじい光が思考を麻痺させ、平静であれば抱いたであろう、音が聞こえないという疑問を、浮かばせなかった。
薄暗く、だがそれなりに広い部屋の中、その中央にある壇上。
そこに奇妙な物が幾つも置かれ、その中心の床には複雑な紋様と文字が、円を描きながらびっしりと描かれている。
ある種の祭壇のようにも見える場所だ。
円の周りに置かれた物は、どれも僅かに光りを放っている。
しばらくすると、その光りに呼応するように、床の文字や紋様も次々と光りだした。
光りは次第に強くなり、突如空中に文字達が飛び出し壇上を弧を描きながら乱舞する。
やがて光りは螺旋状に動きながら一箇所に集まり、さらに激しく光り出す。
激しい光は、突然凄まじい音と衝撃を、放射状に生み出した。
もしこの場に人が居たならば、音で鼓膜が破れ、衝撃で体を吹き飛ばされ、
壁に叩き付けられていたであろう。
音と衝撃が生まれた瞬間、光りの中に黒い点が現れ、みるみる大きくなり黒い球体となる。
黒い球体は、自身を覆っていた光をすべて飲み込むと、空中に静止したまま、ベチャリと粘度の高そうな黒い物を吐き出した。
やがて球体は、溶ける様に消えて行き、吐き出された物も黒い粘土状の物は消えたが、その中の者は残された。
彼はようやく痛みが終った事に一旦安堵していた。
全身には痛みがまだ残っていたが、ともかく、あのとても耐えられない痛みは治まった。
あまりに凄まじい痛みは気絶することさえ許さず、しかも継続的に襲ってきたために、それがどれだけの時間だったのかまるで分からなかった。
一瞬の様であり、永遠の様でもあった。
だがそれは終わった。彼は安堵に浸り意識を手放そうとしていた・・・・・だが。
声が聞こえてきた。彼は最初それが声だとは気づけなかった。
なぜなら、その声の言葉が彼にとってまったく聞き覚えのない言葉だったからだ。
『なんだ・・・?何語だ・・・?』
彼は途切れそうになる意識で思考する。
その思考が彼の意識を僅かに呼び戻し、次の思考に進めた。
『・・・っていうか、・・・オレどうなったんだ・・・?』
今更ながら自分の身に起きたあまりに不可解な出来事に困惑する。
『たしか・・・コンビニに行って・・・雑誌とジュースを買って・・・
そのまま帰って・・・来たんだっけ・・・?』
何とか途切れそうになる意識を留めて過去を思い出す。
『・・・いや・・・帰ってない・・・・・・・・・・・・・そうだ!!!!
たしか、突然目の前に光りが現れて、眩しくて目を閉じて・・・・・・
ひょっとして・・・オレは車に轢かれたのか?
だとしたら、この声はオレを轢いた本人?
それとも、たまたま通りかかった人か?
どっちでもいい・・・早く救急車を呼んでもらわないと・・・』
声の主の言葉が、聞き覚えのない言葉だったことをすっかり忘れて、助けを求めて、
目を開け体を起そうとして、気が付いた。
ここが、さっきまでとまるで違う場所だと・・・・・・
激しい光りを見た影響だろう、ぼやける目に映る景色は、電柱が並んだ道ではなく奇妙な部屋だ。
自分の回りには、奇妙なオブジェの様な物があり、床には見たことがない文字が、書き埋め尽くされている。
あまりに訳の分からない光景に思考が停止し、それでも体を起そうとして・・・・・・
それが目に入った・・・・・・
それは自分の手だった・・・・・・
とても人間の手とは思えない、出来損ないの粘土人形の様な・・・・・・
『うわあああーーーーーーーー!!!!!!』
「ギィモォォーーーーーーーー!!!!!!」
あまりの事に思わず上げた叫び声、だが響いたのは、到底人間が出すような声ではなかった。
彼の体は、かろうじて人らしき形を残していたが、けして人間とは言えない姿形に変わっていた。
それは、吐き気すら催すほど醜悪で、哀れを誘うほど弱々しい、怪物としかいえない姿だった。
四肢らしき物は付いていたが、明らかに、ちぐはぐかつばらばらに付いており、到底四肢の役目を果たせるとは思えない。
これでは、地面を芋虫のように、はいずるよりほかない。
声帯も変化してしまったのか喋ることもできない。
何故こんな事になってしまったのか、今はただ、混乱することしかできなかった。