写・十峰山入峰録
写・十峰山入峰録
作者不詳
峰雲院蔵
物集院秋津注釈
序 十峰山由来
十峰山ハ備後国北方ニ聳ユル霊峰ニシテ、 古ヨリ神霊ノ宿ルト伝ワル。
峰ハ大小十有余ニ分カレ、 遠望スレバ連ナリテ雲中ニ浮ブガ如シ。 故ニ人皆十峰山ト称ス。
山中深ク滝多ク、 岩場険シク、 常人ノ踏ミ入ルベカラザル地少ナカラズ。
古老曰ク、
山ニ近付ク者ハ身ヲ慎ムベシ。
御山ハ人ノ地ニ非ズ。
ト。
然レド人ハ古ヨリ其ノ山ヲ恐レ、 同時ニ敬イタリ。
昔、 役行者ノ流レヲ汲ム修験者一党、 此ノ山ニ入リ修行ヲ始メタリト伝ワル。
滝ニ打タレ、 険シキ峰ヲ巡リ、 断崖ニテ読経ス。
其ノ苦行ヲ以テ心身ヲ鍛エ、 神仏ノ理ニ近付カント欲シタルナリ。
後年、 山麓ニ一寺建立サル。
是レ峰雲院ノ始メナリ。
峰雲院ハ当初小堂ニ過ギズ。
然レド修験者次第ニ増エ、 堂舎増築サレ、 遂ニ十峰山修験ノ本拠トナル。
各地ヨリ行者集イ、 年間ヲ通ジ修行相継グ。
斯クシテ十峰山ハ備後随一ノ霊場ト称セラルルニ至レリ。
修験者ノ統率ニ当タル者ヲ導師ト称ス。
導師ハ修行法ヲ司リ、 諸堂ヲ監督シ、 村ト山トノ仲介ヲ務ム。
故ニ其ノ地位重ク、 山内ノ者悉ク之ニ従フ。
然レド権威大ナル所、 時ニ争イノ種トナル。
歴代導師中、 名ヲ残セル者少ナカラズ。
然レド最モ語ラルルハ、
蓮真
並ビニ
道玄
ノ二人ナリ。
其ノ由来ハ後章ニ詳ラカナリ。
十峰山ニハ古ヨリ種々ノ伝承アリ。
夜半ニ法螺貝聞コユ。
峯ニ赤眼ノ人影立ツ。
誰モ居ラヌ山中ヨリ読経聞コユ。
諸説伝ワレド、 其ノ真偽詳ラカナラズ。
然レド村人皆、 之ヲ大天狗ノ業ト語リ継ゲリ。
後世ニ至リ、 蓮真失踪、 道玄失踪、 並ビニ大天狗伝承ハ互イニ結ビ付ケラレ、 今ニ至ル迄語ラル。
然レド当時ノ事ヲ知ル者既ニ無シ。
故ニ余等ハ古キ記録ニ頼ル外ナシ。
此ノ書亦、 其ノ一助タラン事ヲ望ムモノナリ。
十峰山由来に対する注記
物集院秋津
十峰山ハ備後国北方ニ聳ユル霊峰ニシテ
本書は一般に『十峰山入峰録』と呼ばれる。
しかし現存する原本には題名らしきものが存在せず、 後世に便宜上与えられた名称である可能性が高い。
また本文中の筆跡は一様ではない。
墨質や表現にも複数の差異が認められることから、 単一人物による著作ではなく、 歴代修験者による記録を集成したものと考えるべきであろう。
昔、役行者ノ流レヲ汲ム修験者一党
修験道の開祖として役行者の名を挙げる例は全国に見られる。
ただし当該記述が史実を示すとは限らない。
開山伝承は後世の権威付けとして付与される場合も多い。
本書において重要なのは、 開祖の実在よりも、 十峰山の修験者達が自らをその系譜に位置付けていた事実である。
修験者ノ統率ニ当タル者ヲ導師ト称ス
本書全体を理解する上で極めて重要な制度である。
後世の読者はしばしば蓮真と道玄の対立を個人的確執として捉える。
しかし導師職は単なる名誉職ではない。
修験道場の運営権、 人的影響力、 そして地域社会との結び付きそのものを意味していた。
後に発生する導師争いもまた、 個人間の感情のみでは説明できない側面を持っている。
蓮真並ビニ道玄ノ二人ナリ
この時点で両者は並列に扱われている。
後世の伝承では、
蓮真=被害者
道玄=加害者
として単純化される傾向が強い。
しかし本書を通読すると、 両者の関係はそれほど単純ではない。
少なくとも道玄は、 伝承に描かれるような勝利者ではなかったように思われる。
諸説伝ワレド、其ノ真偽詳ラカナラズ
民俗学者として興味深い箇所である。
人々はしばしば、
大天狗は実在したのか
を問題にする。
しかし私の関心はそこにはない。
重要なのは、 十峰村の人々が二百年以上にわたり大天狗を語り続けた事実である。
怪異は現れたから残るのではない。
語られたから残るのである。
蓮真失踪、道玄失踪、並ビニ大天狗伝承
本書の主題は修験道史ではない。
失踪事件でもない。
怪異譚でもない。
それら三つがどのように結び付けられ、 どのように語り継がれたのか。
その過程である。
私は本書を読み始めた当初、 大天狗伝承の起源を知りたいと思っていた。
しかし読み終えた現在、 私が興味を抱いているのは別のことである。
人はなぜ大天狗を必要としたのか。
その問いこそが、 本書全体を貫く主題なのである。
物集院秋津
第一部 入峰記
第一章 御山之事
十峰山ハ備後国北方ニ在リ。
峰々相連ナリ、 遠ク望メバ十ノ峰並ビ立ツガ如ク見ユ。
故ニ古来、 十峰山ト称ス。
然レド実際ノ峰数ハ一定セズ。
古老ニ依レバ十二峰ナリト云フ者アリ。
又十五峰ナリト云フ者アリ。
皆見ル場所ニヨリ異ナル。
山麓ヨリ奥ヘ入レバ、 杉檜繁茂シテ昼尚暗シ。
谷深ク、 岩険シク、 初メテ入ル者道ヲ失フ事少ナカラズ。
故ニ行者ハ必ズ先達ニ従ヒ入峰ス。
十峰山ニハ古来、 幾ツカノ行場有リ。
東ノ滝ヲ白糸ヶ滝ト称ス。
落差高ク、 修行者多ク此処ニテ水垢離ヲ取ル。
夏尚水冷タク、 長ク打タルル者少ナシ。
西ノ谷ニハ岩座有リ。
断崖突出シ、 其ノ上ニ立テバ村々遠望スル事能フ。
此ノ地ニテ読経スル者多シ。
古老曰ク、
心乱ルル者ハ其ノ岩ニ立ツベカラズ
ト。
中腹ニ護摩場有リ。
導師及ビ上位行者ハ折々此処ニ集イ、 護摩修法ヲ行フ。
夜半ニ炎高ク上ガル時ハ、 村人遠クヨリ之ヲ拝セリ。
中ノ滝場数知レズ。
然レド行者最モ重ンジルハ三滝ナリ。
白糸ヶ滝。
龍頭ノ滝。
不動滝。
何レモ険路ノ先ニ在リ。
峰々ニモ名アリ。
朝日峰。
黒岩峰。
観音峰。
鷲尾峰。
其ノ他数峰有リ。
然レド最モ名高キハ、
天狗ノ峯
ナリ。
天狗ノ峯ハ山奥ニ在リ。
道険シク、 常人近寄ル事稀ナリ。
岩場連ナリ、 杉古ク立チ並ブ。
頂近クニ小祠有リト伝ワル。
然レド其ノ由来知ル者少ナシ。
古老曰ク、
昔ヨリ天狗住ム峰ナリ
ト。
又曰ク、
夜半法螺貝聞コユ
ト。
然レド見タル者少ナク、 其ノ真偽詳ラカナラズ。
行者ノ中ニモ、 好ンデ天狗ノ峯ニ上ル者アリ。
一夜籠リテ経文ヲ唱エ、 心身ヲ鍛フル為ナリ。
然レド長居スル者少ナシ。
皆何トナク気味悪シト語ル。
余若キ頃一度此ノ峰ニ登レリ。
風強ク、 鳥ノ声モ聞コエズ。
只木々ノ鳴ル音ノミ有リ。
怪異見タル事無シ。
然レド長ク留マリタキ場ニモアラズ。
其ノ故知ラズ。
峰山ハ古来修行ノ山ナリ。
然レド同時ニ人ノ恐レ集マル山ナリ。
山深ケレバ伝承生マレ、 伝承生マレバ怪異生マル。
其ノ多クハ真偽詳ラカナラズ。
然レド人皆語リ継グ。
故ニ山ハ今尚山タリ。
十峰山入峰録 第一部第一章「御山之事」に対する注記
物集院秋津
然レド実際ノ峰数ハ一定セズ
興味深い記述である。
十峰山という名称にもかかわらず、 本文中ですら峰数は一定していない。
山岳信仰において地名は必ずしも地理的事実を示さない。
むしろ信仰共同体の認識が反映される場合が多い。
十峰という名称もまた、 実数ではなく象徴的意味を帯びていた可能性が高い。
故ニ行者ハ必ズ先達ニ従ヒ入峰ス
本章が書かれた頃の十峰山は、 現在より遥かに険しかったと考えられる。
後年の入峰記録にも遭難や負傷の例が散見される。
大天狗伝承が成立する以前から、 十峰山そのものが十分に危険な場所であったことを示している。
心乱ルル者ハ其ノ岩ニ立ツベカラズ
一見すると修験道的戒めである。
しかし私は別の意味も感じる。
修行とは山と向き合うことである以前に、 自らの心と向き合う行為である。
本書を通読すると、 十峰山で最も危険なものは崖でも滝でもない。
人の心である。
天狗ノ峯
本書において最初に登場する重要地名である。
後世、大天狗伝承の中心地として語られるが、 この段階では単なる修行場に過ぎない。
注目すべきは、 怪異よりも地形の険しさが先に記録されている点である。
伝承は後から集まる。
まず場所があり、 次に物語が生まれる。
民俗学的には極めて自然な過程と言える。
頂近クニ小祠有リト伝ワル
後年、 道玄の錫杖および道玄手記が発見された祠を指す可能性が高い。
ただし本章執筆時点では、 まだ特別な意味を持つ場所ではなかったように見える。
この事実は重要である。
後世の人々はしばしば、 最初から怪異の場所であったかのように考える。
しかし実際には逆である。
場所が怪異を生むのではない。
人が意味を与えることで、 初めて場所は怪異の舞台となるのである。
夜半法螺貝聞コユ
興味深いことに、 本章ではまだ「大天狗」の名が現れない。
存在するのは曖昧な噂のみである。
法螺貝。
人影。
夜の山。
いずれも後の大天狗伝承を構成する要素だが、 この段階ではばらばらに存在している。
伝承とは最初から完成された物語ではない。
断片が集まって形成されるのである。
怪異見タル事無シ。然レド長ク留マリタキ場ニモアラズ
私はこの一文を高く評価したい。
怪異譚はしばしば「何を見たか」を語る。
しかしこの記録は違う。
何も見ていない。
ただ居心地が悪い。
その感覚だけが記されている。
恐れとは必ずしも対象を必要としない。
人は理由の分からない不安を抱く。
そして時として、 その不安に名を与える。
後に大天狗が生まれる土壌は、 既にこの時代から存在していたのであろう。
山深ケレバ伝承生マレ、伝承生マレバ怪異生マル
第一章の結語である。
本書は山岳地誌として始まる。
しかし既に著者の関心は山そのものにはない。
山を語る人々に向けられている。
怪異は突然現れるものではない。
人々が語り、 恐れ、 意味を与えた時に生まれる。
後に十峰山で大天狗が語られるようになるのも、 また同じ理由であったのかもしれない。
物集院秋津
第二章 修行之事
十峰山ニ入ル者、 先ズ身ヲ清ム。
三日間肉ヲ断チ、 酒ヲ避ケ、 言葉ヲ慎ム。
心身共ニ俗世ヲ離レテ後、 始メテ入峰ヲ許サル。
是レ入峰修行ノ定メナリ。
入峰ノ日ハ未明ニ始マル。
行者等白装束ヲ纏イ、 法螺貝ノ音ト共ニ山道ヲ進ム。
道中私語少ナク、 只経文唱和シテ歩ム。
若キ行者ノ中ニハ、 途中力尽キ倒ルル者モ有リ。
然レド誰モ歩ミヲ止メズ。
修行トハ苦難ニ耐エル事ナリト教ワル。
山中ノ修行多シ。
中ニテ最モ知ラルルハ滝行ナリ。
白糸ヶ滝、 龍頭ノ滝、 不動滝。
行者ハ其ノ滝下ニ立チ、 真言ヲ唱エ続ク。
夏尚水冷タク、 冬ニ至リテハ骨身ニ沁ム。
一刻保ツ事能ワザル者少ナカラズ。
古老曰ク、
滝ハ身ヲ打ツニアラズ
心ヲ打ツナリ
ト。
行者等山中ニ籠リ、 時ニ七日、 時ニ二十一日ヲ過ゴス。
其ノ間粗食ニ耐エ、 夜ハ経文ヲ唱エ、 昼ハ峰々ヲ巡ル。
独リ行ズル事モ有リ。
然レド独リナル時程、 己ノ心騒グモノナリ。
山中ニテ聞コユル音多シ。
風ノ音。
川ノ音。
木々軋ム音。
然レド時ニ、 其レ以外ノ音聞コユル事有リ。
何者カノ足音。
遠キ読経。
法螺貝ノ音。
然レド其ノ真偽知ル者無シ。
故ニ行者等法螺貝ヲ携ウ。
法螺貝ハ道具ニシテ、 亦声ナリ。
同門へ位置ヲ伝エ、 危急ヲ知らせ、 修法ノ始マリヲ告グ。
山中ニ法螺貝響ケバ、 遠ク離レタル行者モ其ノ意ヲ知ル。
山ハ広シ。
然レド法螺貝ノ声ハ一ツナリ。
故ニ行者等ハ之ヲ重ンズ。
修行場ノ総テヲ司ル者、 導師ト称ス。
導師ハ修法ヲ定メ、 行者ヲ導キ、 峰雲院ヲ守ル。
修験道ノ師ニシテ、 山ノ長タリ。
導師ハ学識ヲ求メラル。
法力ヲ求メラル。
徳ヲ求メラル。
故ニ誰モ容易ニ其ノ座ニ就ク事能ワズ。
導師ハ山ニ住ムノミニアラズ。
村人ノ相談ヲ受ケ、 祈祷ヲ行イ、 争論アレバ仲裁ス。
山ト里ヲ結ブ役目担ウ。
故ニ其ノ影響大ナリ。
古キ記録ニ依レバ、
名導師多シ。
賢者ト称セラレシ者有リ。
豪傑ト称セラレシ者有リ。
慈悲深キ者有リ。
然レド何レモ年月ト共ニ名失ワル。
人忘レラルレド、 山ハ忘レズ。
滝ハ流レ、 峰ハ残ル。
行者去リ、 導師去ル。
然レド修行ハ続ク。
是レ十峰山ナリ。
十峰山入峰録 第一部第二章「修行之事」に対する注記
物集院秋津
先ズ身ヲ清ム
修験道において穢れを避けることは重要な意味を持つ。
もっとも、本書を読む限り入峰前の潔斎は宗教的意味のみではない。
危険な山へ入る前に生活習慣を整える実践的意味も有していたのであろう。
修行と生活は明確に分離されていない。
法螺貝ノ音ト共ニ山道ヲ進ム
後年の大天狗伝承を考える上で興味深い。
十峰村では、
夜半ニ法螺貝聞コユ
という怪談が長く語られている。
しかし本章を読む限り、 法螺貝そのものは極めて日常的な修験道具であった。
後世人々が怪異と結び付けた音の正体は、 実際には修験者の活動音であった可能性がある。
滝ハ身ヲ打ツニアラズ 心ヲ打ツナリ
本書に繰り返し現れる思想である。
十峰山の記録は一見すると山岳修行を描いている。
しかし読み進めるほど、 著者達が向き合っていたのは外界ではなく内面であったことが分かる。
後に蓮真や道玄を巡る出来事が起こるが、 その本質もまた人の心に関わる問題であった。
独リナル時程、己ノ心騒グモノナリ
私はこの一文を重視したい。
山中の孤独は修行の一部である。
だが孤独は同時に危険でもある。
人は他者がいる時より、 独りでいる時にこそ不安を増幅させる。
後年の記録に見られる道玄の変化を考えると、 この文章は示唆的である。
遠キ読経 法螺貝ノ音
天狗伝承の原型を考える上で重要である。
後世の村人が怪異として語った現象の多くは、 本来修験者達の日常だった可能性が高い。
読経。
法螺貝。
夜間巡行。
山に詳しくない者が見れば、 確かに怪異に見えても不思議ではない。
山ハ広シ。然レド法螺貝ノ声ハ一ツナリ
美しい文章である。
実用的説明とも読める。
しかし私は別の意味も感じる。
広い山中で修行者達を結び付けるもの。
それは法螺貝であり、 共同体そのものであった。
本書後半で描かれる悲劇は、 この「繋がり」が失われていく過程として読むことも出来る。
導師
本章において初めて導師の役割が詳しく説明される。
後世、 蓮真と道玄の争いは権力争いとして語られる事が多い。
しかし本書を読む限り、 導師は単なる管理職ではない。
宗教的指導者であり、 共同体の調停者であり、 山そのものを象徴する存在であった。
だからこそ、 後に起きる導師継承問題は山全体を揺るがす事態となったのである。
人忘レラルレド、山ハ忘レズ
第一部第二章の結語である。
本書全体を通じて、 人は忘れる存在として描かれる。
名を忘れる。
理由を忘れる。
真相を忘れる。
しかし場所は残る。
山もまた残る。
だから後世の人間は、 遺された記録から過去を辿ろうとするのであろう。
本書もまた、 そうした試みの一つなのである。
物集院秋津
第三章 峰雲院之事
峰雲院ハ十峰山修験ノ本山ナリ。
山麓ニ在リテ、 行者ノ起居、 修法ノ執行、 並ビニ村々トノ連絡ヲ司ル。
古キ堂舎多ク、 本堂、 護摩堂、 客殿、 庫裏等備ワル。
然レド華美ヲ誇ラズ。
修行ノ場タル故ナリ。
行者等ハ日の出ト共ニ起キ、 朝ノ勤行ヲ行ウ。
其ノ後、 山中修行ニ赴ク者有リ。
堂務ニ従事スル者有リ。
薪ヲ割ル者有リ。
畑ヲ耕ス者有リ。
皆其ノ役異ナレド、 修行ノ道ニ上下無シ。
食事粗ナリ。
粟。
稗。
山菜。
豆。
時ニ村人ヨリ野菜寄進サル。
行者等感謝シテ之ヲ受ク。
贅沢戒メラルル故、 膳常ニ簡素ナリ。
村人ト峰雲院ノ関係深シ。
豊作祈願。
雨乞イ。
病平癒。
安産祈願。
何事アレバ人々寺ヲ訪ル。
導師及ビ上位行者ハ之ニ応ジ、 祈祷ヲ行ウ。
祭礼ノ折ハ村人山門ニ集ウ。
修験者法螺貝吹キ、 読経響ク。
子ラハ之ヲ見テ喜ビ、 老人ハ合掌ス。
斯クシテ里ト山ハ結バル。
古老曰ク。
村無クシテ寺無シ
寺無クシテ村無シ
ト。
誠ニ其ノ如シ。
峰雲院ニハ多クノ修験者集ウ。
諸国ヨリ来タル者有リ。
幼少ヨリ山ニ育チシ者有リ。
武士ノ家ヲ出タル者有リ。
農家出身ノ者有リ。
其ノ来歴様々ナリ。
然レド山ニ入レバ皆同ジ。
白装束纏イ、 峰々巡リ、 同ジ経文ヲ唱フ。
故ニ身分ヲ語ル者少ナシ。
此ノ頃、 行者ノ中ニ名高キ者二人有リ。
一人ハ蓮真。
一人ハ道玄。
蓮真ハ学識深ク、 経典ニ通ズ。
温厚ニシテ人当タリ柔ラカナリ。
若キ行者ヨリ慕ワルル事多シ。
村人モ亦之ヲ好ム。
病人居レバ見舞イ、 困窮スル者有レバ助言ス。
故ニ導師候補ト見る者少ナカラズ。
一方道玄ハ弁舌優レタリ。
頭脳明晰ニシテ判断早シ。
護摩修法ニ秀デ、 規律重ンジル者トシテ知らル。
若キ行者ノ中ニハ道玄ヲ敬ウ者多シ。
殊ニ規律乱ルル事ヲ嫌フ者ハ、 其ノ考エニ共感セリ。
然レド蓮真ト道玄、 当時ハ尚親シク交ワレリ。
共ニ修法行イ、 共ニ山ヲ巡リ、 互イニ論ヲ戦ワス事モ有リ。
或ル老行者曰ク。
蓮真ハ仏ノ如シ
道玄ハ不動明王ノ如シ
ト。
村人皆笑イタリ。
当時ハ誰モ知らズ。
後ニ山ヲ二分スル事トナル者達ナル事ヲ。
峰雲院ハ静カナリ。
朝ハ鐘鳴リ、 昼ハ読経響キ、 夜ハ灯静カニ揺ル。
行者修行シ、 村人祈リ、 山変ワラズ其処ニ在リ。
然レド人集ウ所、 心モ亦集ウ。
心集ウ所、 争イノ種全ク無シトハ言イ難シ。
此ノ頃其ノ兆未ダ見エズ。
然レド後世ヨリ振リ返レバ、 既ニ芽吹キ始メテイタノヤモ知レズ。
十峰山入峰録 第一部第三章「峰雲院之事」に対する注記
物集院秋津
村無クシテ寺無シ 寺無クシテ村無シ
十峰村と峰雲院の関係を示す重要な記述である。
後世、大天狗伝承のみが独立して語られることがある。
しかし本書を読む限り、 峰雲院は閉ざされた宗教組織ではなかった。
村人の日常と深く結び付いた存在である。
蓮真と道玄を巡る出来事も、 単なる山内政治として理解すべきではないだろう。
その影響は村全体へ及んでいたと考えられる。
一人ハ蓮真 一人ハ道玄
本書における重要人物の初登場である。
興味深いことに、 この段階では両者共に高く評価されている。
後世の伝承に見られる善悪二元論は存在しない。
これは極めて重要な点である。
歴史上の人物はしばしば後世によって単純化される。
しかし当時を生きた人々にとって、 蓮真も道玄も将来を期待された修験者だったのであろう。
蓮真ハ学識深ク
後世の記録を総合すると、 蓮真は人格的指導者であったと推測される。
人を惹き付ける力に長けていたのであろう。
一方で、 そのような人物は支持者を集める。
支持者が増えれば、 反発もまた生まれる。
その意味で蓮真の人望は長所であると同時に、 後日の対立要因でもあった可能性がある。
道玄ハ弁舌優レタリ
興味深い記述である。
後の大天狗伝承では、 道玄は疑心暗鬼に囚われた老人として描かれる。
しかし本章の道玄は全く異なる。
有能で理性的な実務家である。
この落差こそ、 後に起こる変化の大きさを物語っている。
蓮真ハ仏ノ如シ 道玄ハ不動明王ノ如シ
私はこの伝承的表現を高く評価したい。
仏は慈悲を象徴する。
不動明王は厳格な規律を象徴する。
つまり古老は既に、 二人の性格差を見抜いていたのである。
もっとも、 この段階では相違であって対立ではない。
むしろ異なる長所として認識されていたように見える。
当時ハ誰モ知ラズ
後世の記録に見られる定型句である。
しかし本章の場合、 単なる修辞とは思えない。
後に大きな悲劇として語られる出来事も、 その当時は平穏な日常の延長に過ぎなかった。
歴史とは常にそのようなものなのだろう。
心集ウ所、争イノ種全ク無シトハ言イ難シ
第一部第三章の結語である。
ここに記された峰雲院は平和である。
村との関係も良好である。
蓮真と道玄もまだ対立していない。
しかし著者は最後に一抹の不安を残している。
私はこの一文を、 後に訪れる導師争いへ向けた最初の伏線として読む。
山は変わらない。
寺も変わらない。
変わるのはいつも人である。
物集院秋津
第二部 蓮真記
第一章 導師候補蓮真
蓮真ハ若クシテ学問ヲ好ム。
経典ヲ読ミ、 古キ記録ヲ調ベ、 疑アレバ年長者ニ問ウ。
其ノ勤勉サ故ニ、 早クヨリ将来ヲ嘱望サレタリ。
蓮真ハ弁舌巧ミナル者ニアラズ。
大声ヲ発スル事モ少ナシ。
然レド人ノ話ヲ聞クヲ好ミタリ。
故ニ若キ行者等、 悩ミ有レバ蓮真ヲ訪ネタリ。
或ル夜。
新入行者一人、 修行ニ耐エ兼ネ山ヲ下ラントス。
蓮真之ヲ叱ラズ。
只一夜語リ合イ、 翌朝共ニ滝場へ向カイタリ。
其ノ行者、 其ノ後一人前ノ修験者トナル。
人皆曰ク。
蓮真ハ人ヲ導ク者ナリ
ト。
村人ラモ亦蓮真ヲ好ム。
山ニ病人有レバ見舞イ、
里ニ争イ有レバ話ヲ聞キ、
飢人有レバ食ヲ分ツ。
故ニ蓮真ノ名、 十峰村ノミナラズ周辺諸村ニ知ラル。
古老曰ク。
次ノ導師ハ蓮真ナルベシ
ト。
若キ行者モ同ジ事ヲ語リタリ。
然レド蓮真自身ハ導師職ヲ望マズ。
或ル日、 同門之ニ問ウ。
何故導師トナラントセヌ
ト。
蓮真答エテ曰ク。
人ヲ導ク事ト
人ノ上ニ立ツ事ハ同ジニアラズ
ト。
聞ク者皆黙セリ。
其ノ頃、 現導師既ニ老境ニ入ル。
次代ノ導師誰ナルベキカ。
山内ニテ折々話題トナル。
然レド未ダ決マラズ。
蓮真推ス者多シ。
道玄推ス者有リ。
他ノ高位行者推ス者モ有リ。
然レド表立チタル争イ未ダ無シ。
蓮真ハ相変ワラズ山ヲ巡ル。
村人ト語リ、
行者ト学ビ、
時ニ天狗ノ峯ニ登ル。
或ル記録ニ曰ク。
蓮真、 天狗ノ峯ニ一夜籠ル。
翌朝帰リ来タリ。
殊ニ変ワリタル様子無シ。
ト。
其ノ夜何有リシカ。
誰モ記サズ。
蓮真モ亦語ラズ。
然レド村人ノ中ニハ、
天狗ト語リシ
ト噂スル者有リ。
蓮真聞キテ笑エリ。
山ニ居ルハ風ト鳥ノミナリ
ト。
人皆之ヲ聞キ笑イタリ。
後ニ振リ返レバ、 此ノ頃ガ最モ穏ヤカナリシ。
峰雲院モ。
十峰村モ。
蓮真自身モ。
人ハ未来ヲ知ラズ。
故ニ幸福ナリ。
十峰山入峰録 第二部第一章「導師候補蓮真」に対する注記
物集院秋津
蓮真ハ人ヲ導ク者ナリ
本章を通じて繰り返される評価である。
興味深いのは、 蓮真の能力が法力や学問以上に、 対人関係において語られている点である。
後世の資料を総合しても、 蓮真は優れた修験者であると同時に、 優れた調停者であったように見える。
人ヲ導ク事ト 人ノ上ニ立ツ事ハ同ジニアラズ
非常に興味深い発言である。
実際に蓮真本人の言葉かは不明である。
しかし少なくとも記録者は、 蓮真を権力に執着しない人物として描こうとしている。
後の導師争いを知る読者にとって、 印象的な対比となる。
道玄推ス者有リ
本章では道玄はまだ脇役である。
しかし存在は既に示されている。
重要なのは、 本章の時点で道玄もまた有力候補であったことである。
後世の伝承に見られるような孤立した人物ではない。
蓮真同様、 期待された修験者だったのである。
天狗ノ峯ニ一夜籠ル
後年の伝承と照らして興味深い。
本章では天狗ノ峯は修行場の一つとして描かれる。
まだ怪異との結び付きは薄い。
むしろ後世の人々が、 後から意味を与えた可能性が高い。
山ニ居ルハ風ト鳥ノミナリ
私はこの記述を印象深く感じた。
後世、 蓮真は大天狗伝承の中心人物となる。
しかし本章の蓮真は怪異を語らない。
恐れない。
利用もしない。
そこにいるのは、 ただ山を愛する一人の修験者である。
後ニ振リ返レバ、此ノ頃ガ最モ穏ヤカナリシ
本章の結語である。
歴史を知る者は、 平穏の価値を後になって理解する。
本章に描かれた峰雲院は安定している。
蓮真と道玄もまだ対立していない。
だが後の出来事を知る読者は理解している。
この平穏が長く続かないことを。
私は本章を読みながら、 後年の大天狗伝承よりも、 むしろその喪失を思った。
大天狗が生まれる前に、 人々は確かに穏やかに暮らしていたのである。
物集院秋津
第二章 天狗ノ峯
蓮真ハ折々山奥ノ行場ヲ巡レリ。
白糸ヶ滝。
不動滝。
龍頭ノ滝。
何レモ険シキ道ノ先ニ在リ。
然レド其ノ中ニ於テ、
蓮真最モ好ミシハ天狗ノ峯ナリ。
天狗ノ峯ハ十峰山最奥ニ在リ。
岩場険シク、
行者ト雖モ容易ニ近寄ラズ。
故ニ修行ノ地トシテハ決シテ便利ナラズ。
然レド蓮真ハ度々此ノ峯ヲ訪レタリ。
或ル同門之ニ問ウ。
何故斯様ナ遠キ所ヘ行ク
ト。
蓮真笑イテ曰ク。
人少ナキ故ナリ
ト。
又曰ク。
山ノ声ヲ聞クニ良シ
ト。
其ノ意味知ル者少ナシ。
然レド蓮真ハ折々独リ峯ニ籠リ、 日暮レ迄帰ラザル事有リ。
天狗ノ峯ノ頂近クニ、 古キ祠有リ。
小サクシテ傷ミ多シ。
何時ノ世ニ誰ガ建テシヤ知ル者無シ。
古老曰ク。
昔ヨリ在リシ
ト。
又曰ク。
山神祀ル祠ナリ
ト。
然レド記録見当タラズ。
真相詳ラカナラズ。
蓮真ハ峯ニ登ル度、 其ノ祠周辺ヲ掃キ清メタリ。
倒レタル枝ヲ除ケ、 落葉ヲ払ヒ、 時ニ花供エタリ。
或ル若キ行者之ヲ見テ問ウ。
何故其処マデ為サルル
ト。
蓮真答エテ曰ク。
誰モ見ヌ所故ナリ
ト。
若キ行者其ノ意味分カラズ。
然レド其ノ言葉忘レズ。
天狗ノ峯ニハ古ヨリ奇妙ナル噂有リ。
夜半法螺貝聞コユ。
岩場ニ人影立ツ。
風無キ夜ニ木々鳴ル。
ト。
然レド当時、 之ヲ怪異ト考ウル者少ナシ。
山ニ入ル者多クハ修験者ナリ。
法螺貝鳴ルハ当然ナリ。
人影見ユルモ行者ニ過ギズ。
木々鳴ルモ風ノ業ナリ。
故ニ人皆笑イテ聞キ流セリ。
蓮真自身モ怪異ヲ語ラズ。
或ル夜、 若キ行者等囲炉裏ヲ囲ミ、
天狗見タル事有リヤ
ト尋ネシ事アリ。
蓮真少シ考エ、
無シ
ト答エタリ。
皆失望ス。
蓮真笑イテ曰ク。
然レド恐レハ見タ事有リ
ト。
人々其ノ意味問エド、 蓮真答エズ。
其ノ頃ノ記録ニ依レバ、
蓮真峯ニ登リテ読経ス。
蓮真祠ヲ掃除ス。
蓮真若キ行者ヲ伴ウ。
蓮真村人ノ祈願ヲ行ウ。
其レノミナリ。
後世ノ大天狗伝承ニ見ラルル如キ記録一切無シ。
天狗ノ峯ハ尚修行ノ場ニ過ギズ。
祠モ亦古キ山ノ祠ニ過ギズ。
然レド後ニ振リ返レバ、
多クノ物語ノ始マリハ此処ニ在リシ。
人ハ後カラ意味ヲ見出ス。
当時ハ唯ノ峯ナリ。
唯ノ祠ナリ。
唯ノ修行場ナリ。
其レ故ニ誰モ気付カズ。
此ノ場所ガ後ニ二百年語ラルル事ニナル事ヲ。
十峰山入峰録 第二部第二章「天狗ノ峯」に対する注記
物集院秋津
蓮真最モ好ミシハ天狗ノ峯ナリ
本章において天狗ノ峯は初めて重要な舞台として描かれる。
しかし興味深い事に、 この時点では怪異との結び付きは極めて薄い。
後世の人間は結果を知っている。
そのため天狗ノ峯を最初から特別な場所と考えがちである。
だが史料上はそうではない。
まず峯があり、 その後に物語が生まれたのである。
古キ祠有リ
後年、 道玄手記並びに道玄の錫杖が発見される祠である可能性が高い。
しかし本章では全く重要視されていない。
むしろ誰からも忘れられた存在として描かれている。
私はここに強い興味を覚える。
歴史を変える場所は、 しばしば当時の人間にとって取るに足らぬ場所だからである。
誰モ見ヌ所故ナリ
蓮真らしい言葉である。
他史料を総合しても、 蓮真は人目につかぬ所へ気を配る人物として描かれている。
後の大天狗伝承では様々な人物評が付与されるが、 この記録を見る限り、 少なくとも当時の蓮真は極めて誠実な修験者だったのであろう。
然レド恐レハ見タ事有リ
本章で最も印象的な記述である。
蓮真は天狗を見ていない。
怪異も見ていない。
しかし恐れは見たと言う。
私はこの言葉を後年の出来事と切り離して考える事ができない。
なぜなら本書全体が、 怪異ではなく人間の恐れについて書かれているからである。
後世ノ大天狗伝承ニ見ラルル如キ記録一切無シ
極めて重要である。
後世の伝承はしばしば過去を塗り替える。
人々は原因を求める。
起源を求める。
そして物語を作る。
しかし本章を読む限り、 天狗ノ峯は最初から怪異の山だったのではない。
修験者が修行し、 祠を守り、 読経する場所だったのである。
人ハ後カラ意味ヲ見出ス
私は民俗学を学ぶ中で、 幾度も同様の例を見てきた。
場所そのものは変わらない。
変わるのは人の解釈である。
天狗ノ峯もまたそうだったのだろう。
蓮真にとっては修行の場であり、 道玄にとっては隠棲の場となり、 後世の村人にとっては大天狗の棲む峯となった。
峯は同じである。
変化したのは人の記憶なのである。
物集院秋津
第三章 疑惑
其ノ頃ヨリナリ。
山内ノ空気、 少シズツ変ワリ始メタルハ。
初メハ些細ナル噂ナリ。
誰ガ言イ出セシヤ知レズ。
然レド行者ノ間ニ、
静カニ広ガリ始メタリ。
曰ク、
蓮真ハ村人ト近付キ過ギル。
ト。
曰ク、
寄進ノ扱イ不明ナルモノ有リ。
ト。
曰ク、
山内ノ規矩緩メントス。
ト。
然レド何レモ証無シ。
聞ケバ皆、
誰カヨリ聞キタリ
ト答ウ。
噂ハ有レド、
語ル者現レズ。
或ル老行者曰ク。
火無キ所ニ煙ハ立タズ
ト。
然レド別ノ者曰ク。
風有レバ煙ハ立ツ
ト。
山内ノ者、 皆少シズツ語ル。
然レド誰モ責任持タズ。
蓮真初メ之ヲ気ニ留メズ。
人ノ世ニ噂尽キザル事ヲ知リタル故ナリ。
然レド或ル日。
若キ行者一人、 突然峰雲院ヲ去ル。
其ノ者、 以前蓮真ノ近クニ仕エシ者ナリ。
何故去リシカ。
詳ラカナラズ。
然レド翌日ニハ、
蓮真ト争イタリ
トノ話広マル。
更ニ数日後。
村人一人失踪ス。
薪採リニ山ヘ入リ、 帰ラザリシト云フ。
捜索行ワル。
然レド見付カラズ。
人々嘆キ、
程無ク誰カ囁ク。
最後ニ話シタルハ蓮真ナリ
ト。
事実ナリ。
蓮真ハ失踪者ノ相談受ケテ居タ。
然レド其レ以上ノ事分カラズ。
村人ノ中ニハ、
蓮真弁護スル者有リ。
又疑ウ者有リ。
疑念ハ木ノ根ノ如シ。
一度地ニ入レバ、 容易ニ抜ケズ。
蓮真ハ変ワラズ振ル舞ウ。
祈祷行イ。
修行導キ。
山巡ル。
然レド周囲ハ変ワル。
以前笑顔ニテ挨拶シタ者、 目ヲ逸ラス。
食事時、 会話止ム。
蓮真近付ケバ、 声小サクナル。
何モ言ワレズ。
然レド何カガ変ワル。
最モ恐ロシキハ、 責メラルル事ニアラズ。
誰モ責メヌ事ナリ。
或ル夜。
蓮真一人、 天狗ノ峯ヨリ帰ル。
途中、 若キ行者二人語ル声聞ク。
蓮真ノ名聞コユ。
近付ケバ、 二人共黙ス。
蓮真其ノ儘通リ過ギタリ。
何モ問ワズ。
何モ語ラズ。
其ノ夜ノ記録ニ、
珍シク蓮真自身ノ筆ト思ワルル文有リ。
人ノ口閉ザス時
我何ヲ語ルベキヤ
短キ一文ナリ。
其ノ頃ヨリ、
蓮真天狗ノ峯ニ籠ル事多クナル。
以前ハ修行ノ為ナリ。
然レド今ハ違ウト語ル者有リ。
人避クル為ナリ
ト。
真相知ル者無シ。
然レド山内ニ於ケル蓮真ノ孤立、
此ノ頃ヨリ始マリシト見テ誤リ無カラン。
噂ハ尚続ク。
証無シ。
真偽不明。
然レド人々ハ次第ニ、
事実ヨリ噂ヲ信ズルニ至レリ。
十峰山入峰録 第二部第三章「疑惑」に対する注記
物集院秋津
誰ガ言イ出セシヤ知レズ
本章最大の特徴である。
疑惑の発信源が存在しない。
少なくとも記録上は存在しない。
しかし噂だけは広がっている。
これは後世のいじめや排斥事例にも共通して見られる現象であり、 共同体研究の観点から極めて興味深い。
寄進ノ扱イ不明ナルモノ有リ
本件について裏付け資料は発見されていない。
導師継承覚書にも記載はない。
従って事実であったかは不明である。
むしろ重要なのは、 そうした噂が成立する環境が生まれていた事であろう。
失踪事件
後の導師争いを語る際、 しばしば決定的事件として扱われる。
しかし本書を読む限り、 失踪そのものよりも、
最後ニ話シタルハ蓮真ナリ
という噂の方が強い影響を持ったように思われる。
事実は一つである。
だが解釈は際限なく増殖する。
疑念ハ木ノ根ノ如シ。一度地ニ入レバ、容易ニ抜ケズ
非常に印象的な文章である。
筆跡から見て後代追記の可能性が高い。
しかし内容は的確である。
疑惑とは証拠によって生じる場合もある。
だがそれ以上に、 不安によって生じる場合がある。
一度共有された不安は、 容易には消えない。
最モ恐ロシキハ、責メラルル事ニアラズ。誰モ責メヌ事ナリ
私は本章中もっとも重要な一文と考える。
露骨な敵意には対処できる。
反論もできる。
話し合うこともできる。
しかし沈黙には対処できない。
後に道玄が疑心暗鬼へ陥っていく過程を考える時、 私はしばしばこの文章を思い出す。
人は敵によって孤立するのではない。
沈黙によって孤立するのである。
人ノ口閉ザス時 我何ヲ語ルベキヤ
本史料中、 蓮真本人の記録と推定される数少ない文章である。
真筆である保証はない。
しかし仮に真筆であるならば、 蓮真はこの段階で既に変化に気付いていたことになる。
誰かが敵対しているわけではない。
誰かが告発したわけでもない。
それでも周囲は離れていく。
本章の恐ろしさはそこにある。
天狗ノ峯ニ籠ル事多クナル
後世の伝承では、
天狗ノ峯 ↓ 大天狗 ↓ 蓮真
という形で結び付けられる。
しかし本書を読む限り、 順序は逆である。
蓮真が孤立した。
その結果として天狗ノ峯へ向かった。
場所が人を変えたのではない。
人が場所へ意味を与えたのである。
事実ヨリ噂ヲ信ズルニ至レリ
第二部第三章の結語である。
後の悲劇は導師争いによって始まったのではない。
この段階ではまだ導師争いすら始まっていない。
始まったのは噂である。
そして噂は、 事実以上の力を持った。
そのことを本章は静かに記録しているのである。
物集院秋津
第四章 道玄
其ノ頃ヨリ、
道玄ノ名頻リニ聞コユル様ニナル。
道玄才有リ。
学識有リ。
修法ニ優レタリ。
此ノ事疑フ者無シ。
然レド近頃、
彼ノ周囲ニ集ウ者増エタリ。
若キ行者。
中堅ノ行者。
堂務ニ携ワル者。
皆折々道玄ノ許ヲ訪ル。
初メハ何気無キ会話ナリ。
修法ノ事。
山ノ事。
導師職ノ事。
然レド次第ニ、
其ノ集マリ頻繁トナル。
夜更ケテ灯残ル事有リ。
人散リタル後尚語ル事有リ。
其ノ内容知ル者少ナシ。
然レド人ハ語ル。
道玄ハ仲間集メ居ル
ト。
或ル日。
若キ行者二人争エリ。
元ハ些細ナル事ナリ。
堂務ノ順序。
修行ノ作法。
其レ程ノ事ナリ。
然レド口論大キクナル。
聞ケバ。
片ヤ蓮真ニ近キ者。
片ヤ道玄ニ近キ者ナリ。
其ノ後同様ノ事度々起コル。
以前ハ意見ノ違イナリ。
今ハ人ノ違イトナル。
山内静カニ二ツニ分カレ始ム。
蓮真此ノ事ヲ憂ウ。
或ル晩。
蓮真自ラ道玄ヲ訪ネタリ。
二人長ク語リ合イシト云フ。
然レド其ノ内容伝ワラズ。
翌日見レバ、
蓮真変ワラズ。
道玄モ変ワラズ。
然レド何モ変ワラザル事其ノモノガ、
却ッテ不穏ナリ。
其ノ頃ヨリナリ。
導師老イ衰エ、
次代ノ話顕ニナリシハ。
人々皆口ニ出サネド、
皆考エ始ム。
誰ガ後継グベキヤ。
蓮真カ。
道玄カ。
或ル者曰ク。
蓮真ハ人望有リ
ト。
或ル者曰ク。
道玄ハ山ヲ守ルニ適ス
ト。
何レモ間違イニ非ズ。
故ニ始末悪シ。
皆己ガ正シサ信ズ。
誰モ悪意ヲ持タズ。
然レド分カレル。
其ノ頃ノ記録ニ、
珍シキ文有リ。
人同ジ山ニ住ム
然レド見ル山ハ同ジニアラズ
筆者不明。
然レド其ノ意味深シ。
峰雲院ノ堂ハ変ワラズ。
山モ変ワラズ。
滝モ流ル。
変ワリシハ人ノ心ナリ。
疑イ未ダ生マレズ。
憎シミ未ダ無シ。
然レド亀裂既ニ在リ。
小サキ亀裂ハ見エズ。
故ニ誰モ恐レズ。
其レガ後ニ何ヲ生ムカモ、
誰一人知ラザリキ。
十峰山入峰録 第二部第四章「道玄」に対する注記
物集院秋津
道玄ノ周囲ニ集ウ者増エタリ
本章の転換点である。
後世の伝承では道玄はしばしば孤独な人物として描かれる。
しかしこの時期の道玄は違う。
むしろ求心力を持つ人物として記録されている。
これは重要である。
孤立した人物が権力を得たのではない。
支持を集めた人物が導師継承問題の中心へ入っていったのである。
夜更ケテ灯残ル事有リ
後世の視点では、 これを陰謀の始まりとして読みたくなる。
しかし史料から断定は出来ない。
組織において将来について語ること自体は不自然ではない。
問題なのは密談の有無ではない。
密談が疑念として受け取られ始めた事である。
後世の記録においても、 疑念はしばしば事実に先行する。
片ヤ蓮真ニ近キ者 片ヤ道玄ニ近キ者
私はこの記述を高く評価したい。
なぜなら、 この段階で当人同士はまだ争っていないからである。
先に分裂したのは周囲である。
これは共同体研究において興味深い事例である。
当人が対立する以前に、 支持者が対立を始める。
そしてやがて当人達もその構図へ組み込まれていく。
何レモ間違イニ非ズ 故ニ始末悪シ
本章の核心である。
蓮真にも道玄にも長所があった。
どちらにも支持者がいた。
どちらにも理由があった。
だから対立は深刻になった。
善悪の対立は収束しやすい。
正しさ同士の対立は収束し難い。
私は本章を読みながら、 物集院文庫所蔵『石臼川流記』第三部「水争い記」の一節を思い出した。
皆正シ。故ニ争ウ。
石臼村では水であった。
十峰山では導師職であった。
対象は異なる。
然れど構造は極めて近い。
人は悪意によってのみ争うのではない。
自らの正しさを信じる時、 最も深く争う事がある。
人同ジ山ニ住ム 然レド見ル山ハ同ジニアラズ
本章中もっとも印象的な文章である。
同じ峰雲院に住み、
同じ山を歩き、
同じ修行を行う。
それでも見えている景色は違う。
蓮真は人を見ていたのかもしれない。
道玄は山の秩序を見ていたのかもしれない。
何れも誤りとは言えない。
しかしその違いは確かに存在した。
『石臼川流記』において追記者は、
川ハ濁ラズ。濁ルハ常ニ人ナリ。
と記した。
山は変わらない。
変わるのは常に人の方なのである。
変ワリシハ人ノ心ナリ
第二部第四章の結語である。
怪異はまだ現れない。
大天狗もまだ現れない。
失脚も起きていない。
しかし本書を読む者は知っている。
全てはこの頃から始まっていたことを。
大きな破局は突然訪れるように見える。
しかし実際には、 誰も気付かぬ小さな違和感の積み重ねとして始まる。
『石臼川流記』において庄吉の死が水争い以前から萌芽していたように、
十峰山の悲劇もまた、 この静かな分裂の中に既に始まっていたのである。
物集院秋津
第五章 失脚
其ノ年ノ秋、
峰雲院ノ空気一変ス。
噂ハ依然止マズ。
疑念ハ尚消エズ。
然レド新タナル証拠現レズ。
村人失踪ノ件モ、
遂ニ行方知レズノ儘終ワレリ。
然レド人々ノ心ハ既ニ定マリツツ有リ。
人ハ事実ニ依リテ動クニアラズ。
事実ト信ジタルモノニ依リテ動ク。
山内ニ於テ、
蓮真支持スル者減ル。
以前共ニ修行シタル者モ、
以前共ニ語リ合イシタル者モ、
次第ニ距離置ク。
蓮真之ヲ追ワズ。
之ヲ責メズ。
只以前ノ如ク勤行シ、
以前ノ如ク祈祷行イ、
以前ノ如ク山ニ登ル。
然レド以前ノ如クニ戻ル事ハ無シ。
或ル夜、
評定開カレタリ。
高位行者集イ、
今後ノ峰雲院ニ付イテ論ズ。
其ノ場ニ於テ、
蓮真ノ名挙ガル。
道玄ノ名モ挙ガル。
議論長キニ及ブ。
然レド記録多ク残ラズ。
後ニ伝ワル所ニ依レバ、
山ノ安定ヲ重ンズル者多カリシト云フ。
道玄規律厳格ナリ。
道玄実務ニ優ル。
道玄混乱収ムルベシ。
斯ク語ル者少ナカラズ。
結論如何ニ定マリシカ、
今ハ詳ラカナラズ。
然レド結果ハ残レリ。
蓮真山ヲ去ル。
其ノ記録、 僅カニ数行残ルノミ。
蓮真
山ヲ下ル
見送ル者少ナシ
文短シ。
然レド重シ。
何故去リシヤ。
自ラ望ミシカ。
命ジラレシカ。
誰モ記サズ。
蓮真最後ニ本堂参リ、
長ク手ヲ合ワセタリト云フ。
又或ル者曰ク。
天狗ノ峯ニ登リシト。
又曰ク。
何処ヘ向カイシカ誰モ知ラズト。
何レモ定カナラズ。
ただ確カナルハ、
蓮真二度ト峰雲院ニ戻ラザリシ事ノミ。
其ノ後間モ無ク、
道玄導師トナル。
山内粛然タリ。
異論唱ウル者無シ。
祝賀ノ席設ケラレ、
諸行者新導師ニ礼ス。
村人モ亦之ヲ祝ス。
一応ノ決着ナリ。
争イ終ワレリ。
噂終ワレリ。
混乱終ワレリ。
誰モガそう思エリ。
然レド終ワリタルハ争イノミナリ。
疑念ハ残レリ。
沈黙モ残レリ。
失ワレタルモノモ残レリ。
其ノ事ニ気付ク者、
未ダ少ナシ。
導師継承成ル。
然レド山ハ以前ノ山ニアラズ。
人モ亦以前ノ人ニアラズ。
後ニ振リ返レバ、
此ノ日こそ十峰山変ワリシ日ナリ。
十峰山入峰録 第二部第五章「失脚」に対する注記
物集院秋津
人ハ事実ニ依リテ動クニアラズ。事実ト信ジタルモノニ依リテ動ク
本章を象徴する一文である。
結局のところ、
失踪事件の真相は不明である。
寄進疑惑の裏付けも発見されていない。
にもかかわらず蓮真は失脚した。
この事実は極めて重い。
共同体は事実によって動くとは限らない。
信念によって動くのである。
蓮真 山ヲ下ル 見送ル者少ナシ
本史料中もっとも静かな文章の一つである。
しかし私はその重みに言葉を失った。
大罪人として追放されたとも書かれていない。
弁明したとも書かれていない。
ただ、
見送る者が少なかった。
それだけが記されている。
本章の悲劇はここにある。
何故去リシヤ
重要なのは、
史料がこの問いに答えない事である。
後世の伝承はしばしば空白を埋めようとする。
しかし史料研究者は空白を空白として扱わなければならない。
蓮真失踪の経緯は現在も不明である。
分かるのは、
山を去った事だけである。
異論唱ウル者無シ
私はこの記述を興味深く思う。
異論が無かったのか。
異論を唱えられなかったのか。
史料は語らない。
しかし物集院文庫所収『石臼川流記』第三部「水争い記」には、
人々コレヲ見タリ。
然レド誰一人手ヲ差シ伸ベズ。
との記述が見える。脚注イ
両者を同一視する事は出来ない。
然れど共同体が沈黙する時、
その沈黙自体が後世へ大きな影を落とす事がある。
その点において両史料は興味深い共通性を有している。
然レド終ワリタルハ争イノミナリ
第二部全体の結語である。
本章を以て蓮真記は終わる。
読者はここで一つの結末を見る。
蓮真は去り、 道玄は導師となった。
一見すれば勝敗は決した。
しかし私はここで再び『石臼川流記』終章「石臼の記」を思い出す。脚注ロ
水争いは終わった。
村は存続した。
然し追記者は、
然レド何ヲ失イシヤ
と記した。
十峰山もまた同様ではなかったか。
導師継承問題は終わった。
しかし失われた信頼は戻らない。
本章は勝者の誕生を記しているようでいて、
実際には共同体の変質を記しているのである。
物集院秋津
脚注
イ『石臼川流記』第三部「水争い記」
人々コレヲ見タリ。
然レド誰一人手ヲ差シ伸ベズ。
物集院文庫所蔵。
ロ 『石臼川流記』終章「石臼の記」
庄吉死セリ。
村ハ生キ残レリ。
然レド何ヲ失イシヤ。
物集院文庫所蔵。
附録一
導師継承覚書
峰雲院蔵
元禄十五年九月
前導師高齢ニ付、
後任導師選定ノ儀執リ行ワル。
評議ノ結果、
道玄ヲ後任導師ト定ム。
蓮真ハ導師候補ヨリ外ル。
山内一同此ノ決定ヲ承認ス。
以後、
諸行事並ビニ修法ハ
新導師道玄之ヲ統括スベシ。
右記録ス。
元禄十五年九月吉日
峰雲院
導師継承覚書に対する注記
物集院秋津
本書は峰雲院所蔵の導師継承記録である。
現存する写本は一葉のみであり、 記載内容も極めて簡潔である。
蓮真ハ導師候補ヨリ外ル
興味深い表現である。
失脚。
追放。
処罰。
そのいずれも記されていない。
ただ
候補ヨリ外ル
と記されるのみである。
公的記録とは往々にしてこのようなものだ。
結果は残す。
過程は残さない。
山内一同此ノ決定ヲ承認ス
事実であったかは不明である。
少なくとも『十峰山入峰録』第二部第五章を読む限り、
山内には一定の動揺が存在したものと思われる。
もっとも公的文書が内部対立を記録しないのは珍しい事ではない。
記載内容も極めて簡潔である
私はこの文書を初めて読んだ時、
物集院文庫所収『石臼川流記』における庄吉の存在を思い出した。
庄吉の死もまた村史本文では語られなかった。
語られたのは余白であった。
本件も同様である。
この文書に記されているのは結論だけであり、
何故その結論に至ったかは全く記されていない。
史料としての価値は高い。
然し人間を知るには不十分である。
総評
『導師継承覚書』は導師交代の事実を伝える。
しかしそれ以上の事は語らない。
蓮真が何を思ったか。
道玄が何を思ったか。
周囲の修験者達が何を見たか。
その全ては沈黙している。
私はしばしば、
記録に残された言葉よりも、
記録に残されなかった言葉の方に興味を惹かれる。
本書の価値もまた、
記された内容そのものより、
記されなかった内容にあるように思われる。
物集院秋津
第三部 道玄録
第一章 新導師
元禄十五年秋。
道玄、峰雲院導師トナル。
継承ノ儀粛々ト執リ行ワレタリ。
法螺貝鳴リ、
読経響キ、
諸行者列シテ新導師ヲ迎ウ。
村人モ亦祝意示セリ。
長ク続キシ混乱、
是ニテ終ワレリ。
誰モガ其ノ様ニ思エリ。
新導師道玄、
先ズ山内ノ規律正ス。
勤行ノ刻限厳守。
修行手順統一。
堂務分担見直シ。
従来曖昧ナリシ部分、
細カク定メラル。
異論唱ウル者少ナシ。
山内長ク不安定ナリシ故、
秩序求ムル声多カリシナリ。
若キ行者曰ク。
今ハ物事分カリ易シ
ト。
又或ル者曰ク。
山ニ規律戻レリ
ト。
道玄ノ評価高シ。
導師就任後、
諸記録モ整理サル。
古キ帳簿改メラレ、
物品管理定メラレ、
寄進記録整備サル。
村役人等モ安心セリ。
或ル村役人曰ク。
道玄殿ハ実務ニ優ル
ト。
誰モ反論セズ。
事実ナレバナリ。
其ノ年ノ冬、
山内平穏ナリ。
争論聞コエズ。
噂モ減ル。
失踪事件語ル者モ少ナクナル。
人々再ビ日常へ戻リ始ム。
或ル夜、
道玄独リ本堂ニ在リ。
灯火ノ下、
古キ記録読ミ居タリ。
其処ヘ若キ行者来リテ曰ク。
山ハ落チ着キ申シタ
ト。
道玄頷ク。
然レド笑ワズ。
行者去リシ後モ、
尚記録ヲ読み続ケタリ。
其ノ様子見タル者、
後ニ語リテ曰ク。
勝チタル人ノ顔ニ見エズ
ト。
真偽詳ラカナラズ。
然レド興味深キ証言ナリ。
当時ノ記録読む限リ、
道玄ハ望ミタル地位ヲ得タ。
権威得タ。
支持得タ。
山モ安定セリ。
然レド道玄自身ニ付イテハ、
驚ク程記録少ナシ。
功績ハ記サル。
制度モ記サル。
然レド心ハ記サレズ。
史料ハ往々ニシテ然リ。
人ノ行動ハ残ル。
人ノ感情ハ残ラズ。
故ニ後世ノ我等ハ推測スル外無シ。
少ナクトモ此ノ頃ノ道玄ハ、
未ダ大天狗ニ非ズ。
未ダ怪異ニ非ズ。
只一人ノ導師ナリ。
山ヲ守ラント欲シ、
峰雲院ヲ治メント欲シ、
己ノ為スベキ事為サントシタル人間ナリ。
然レド後ニ残ル記録見レバ、
此ノ平穏長ク続カズ。
後世ノ読者ハ知ル。
最モ危険ナル時ハ、
混乱ノ時ニ非ズ。
全テ解決シタ様ニ見エル時ナリ。
十峰山入峰録 第三部第一章「新導師」に対する注記
物集院秋津
新導師道玄、先ズ山内ノ規律正ス
本章の道玄は極めて有能な管理者として描かれている。
後世の大天狗伝承のみを知る者にとっては意外であろう。
しかし現存史料を読む限り、
導師就任直後の道玄は一定の成果を挙げている。
これは認めざるを得ない。
道玄殿ハ実務ニ優ル
本章を通じて一貫する評価である。
興味深いのは、
人望。
法力。
信仰。
ではなく、
実務能力が繰り返し語られている点である。
蓮真が人を導く者として記録されたのに対し、
道玄は組織を動かす者として記録されている。
両者の違いがよく現れている。
勝チタル人ノ顔ニ見エズ
私はこの証言を興味深く思う。
無論、
後世の創作である可能性も否定できない。
しかし仮に事実の一端を含むならば、
重要な示唆を持つ。
『石臼川流記』終章「石臼の記」には、
庄吉死セリ。
村ハ生キ残レリ。
然レド何ヲ失イシヤ。
との記述が見える。脚注イ
勝利や存続は必ずしも安堵を意味しない。
問題解決の後に残る感情もまた存在するのである。
功績ハ記サル。制度モ記サル。然レド心ハ記サレズ
史料研究の難しさである。
公的記録は結果を残す。
数字を残す。
制度を残す。
しかし人の心は残さない。
その意味で、
後に発見される『道玄手記』の価値は極めて大きい。
本章の段階では、
我々はまだ道玄の内面を知らないのである。
未ダ大天狗ニ非ズ
重要な点である。
後世の伝承はしばしば人物を単純化する。
道玄も例外ではない。
しかし本章に描かれる人物は怪物ではない。
野心だけの人間でもない。
有能であり、
責任感があり、
少なくとも山を立て直そうとしていた。
その姿が見える。
だからこそ後年の変化は悲劇なのである。
最モ危険ナル時ハ、全テ解決シタ様ニ見エル時ナリ
第三部第一章の結語である。
導師争いは終わった。
蓮真は去った。
道玄は導師となった。
峰雲院は安定を取り戻した。
表面上は。
しかし『石臼川流記』において水争いの後も沈黙が残ったように、
十峰山にもまた語られぬ何かが残ったように見える。脚注ロ
本章は再建の記録である。
同時に、
後に始まる孤立の序章でもある。
物集院秋津
脚注
イ 『石臼川流記』終章「石臼の記」
庄吉死セリ。
村ハ生キ残レリ。
然レド何ヲ失イシヤ。
ロ 『石臼川流記』第三部「水争い記」
忘レタルニアラズ。
語レザルナリ。
物集院文庫所蔵。
第二章 夜巡
導師就任ヨリ数年過グ。
峰雲院表面上平穏ナリ。
修行怠ル者減リ、
堂務乱ルル事少ナシ。
寄進帳簿整理サレ、
村トノ関係モ良好ナリ。
道玄ノ治世、
成功ト評スル者少ナカラズ。
然レド其ノ頃ヨリ、
奇妙ナル記録現レ始ム。
夜半、
導師自ラ山内巡視ス。
一夜ニ非ズ。
二夜ニ非ズ。
殆ド毎夜ナリ。
道玄灯持チ歩ク。
堂舎巡リ、
庫裏巡リ、
山門巡リ、
時ニ山道迄赴ク。
若キ行者之ヲ見テ、
導師殿御苦労ナリ
ト語リ合エリ。
然レド年月過グルニ従イ、
其ノ見方変ワル。
道玄、
巡視ノ折ニ足音忍バス事有リ。
物陰ヨリ堂内窺ウ事有リ。
夜更ケノ会話聞キ居ル事有リ。
初メ気遣イナリト思ワレタリ。
然レド次第ニ、
行キ過ギタルモノト見ル者増ユ。
或ル夜。
若キ行者二人、
庫裏裏手ニテ談笑シ居タリ。
其処へ道玄現ル。
何ヲ話シ居ル
ト問ウ。
二人答ウ。
他愛無キ話ニ御座候
ト。
然レド道玄尚問ウ。
誰ノ事語リシ
何故夜更ケ迄居タル
其ノ後モ質問続ク。
行者等困惑セリ。
其ノ様ナ事、
次第ニ増エタリ。
或ル者ハ帳簿調ベラレ、
或ル者ハ行動問ワレ、
或ル者ハ交友関係尋ネラル。
大事ニ至ル事無シ。
然レド皆落チ着カズ。
其ノ頃ノ記録ニ曰ク。
道玄殿近頃人ヲ寄セズ
夜毎見廻リヲ命ズ
同門ヲ疑フコト多シ
短キ記録ナリ。
然レド其ノ重ミ大ナリ。
以前ノ道玄ハ人集メタリ。
今ノ道玄ハ人遠ザク。
以前ノ道玄ハ語リタリ。
今ノ道玄ハ聞キ居ル。
或ル古参行者曰ク。
山静カニ過ギル
ト。
其ノ意味問ワレ、
答エテ曰ク。
人ハ居ル
然レド声聞コエヌ
ト。
其ノ頃ヨリ、
夜ノ法螺貝ノ噂再ビ現ル。
誰吹クヤ知ル者無シ。
遠ク一声聞コユト語ル者有リ。
闇ノ中ニ灯見タリト語ル者有リ。
然レド確カムル者無シ。
噂ハ未ダ噂ナリ。
天狗モ未ダ現レズ。
然レド山ノ空気変ワル。
人ハ話ス前ニ周囲見ル。
人ハ集マル前ニ躊躇ス。
人ハ笑ウ前ニ口閉ザス。
何レモ小サキ変化ナリ。
故ニ誰モ止メラレズ。
疑イハ叫ビト共ニ来ルニアラズ。
静カニ来ル。
夜ノ霧ノ如ク。
気付キシ時ニハ、
既ニ山全体ヲ覆イ始メテイル。
十峰山入峰録 第三部第二章「夜巡」に対する注記
物集院秋津
道玄殿近頃人ヲ寄セズ
本章のみならず、『十峰山入峰録』全体を通じて最も有名な一文である。
後世の大天狗伝承を論じる際もしばしば引用される。
もっとも注意すべきは、
この段階ではまだ怪異は登場していない事である。
記されているのは超自然的現象ではない。
人間関係の変化である。
夜毎見廻リヲ命ズ
導師としての責務とも解釈できる。
実際、山内監督は導師の職務の一つである。
従ってこの記述のみを以て異常と断定する事は出来ない。
しかし問題は頻度と動機である。
本章を通読すると、
維持管理よりも警戒に近い印象を受ける。
同門ヲ疑フコト多シ
この記録の価値は極めて高い。
なぜなら道玄の内面変化を示唆する最初期の史料だからである。
もっとも本史料は第三者による観察記録であり、
道玄本人の心理を直接示すものではない。
そこは慎重であるべきだろう。
以前ノ道玄ハ人集メタリ 今ノ道玄ハ人遠ザク
私はこの変化を重視したい。
第二部第四章「道玄」では、
道玄は人々を集める中心人物として描かれていた。
それが本章では逆転している。
人が変わったのか。
立場が変わったのか。
あるいは両方か。
断定はできない。
しかし変化そのものは史料上明白である。
山静カニ過ギル
印象的な表現である。
『石臼川流記』第三部「水争い記」において追記者は、
忘レタルニアラズ。
語レザルナリ。脚注イ
と記した。
本章にも同様の空気を感じる。
争いは終わった。
だが人々は自由になっていない。
平穏と沈黙は必ずしも同じではないのである。
夜ノ法螺貝ノ噂再ビ現ル
興味深い事に、
怪異の噂は人の不安と共に増加する。
第一部第二章「修行之事」において法螺貝は単なる修験道具であった。
しかし今や同じ音が怪異として語られ始めている。
『石臼川流記』第二部第一章「猿猴」において、
怪異ハ現レシ故ニ残ルニアラズ。
人ガ語ル故ニ残ルナリ。脚注ロ
とある。
私は十峰山の大天狗もまた同じ過程を辿ったのではないかと思う。
疑イハ叫ビト共ニ来ルニアラズ
第三部第二章の結語である。
後世の人々はしばしば、
「いつ道玄は変わったのか」
を問う。
私はその問いに明確な答えを持たない。
本章を見る限り、
変化は極めて緩やかである。
誰も決定的瞬間を目撃していない。
しかし結果として、
山には疑念が広がった。
怪異より先に現れたもの。
それは天狗ではない。
人と人との間に生まれた不信であったように思われる。
物集院秋津
脚注
イ
『石臼川流記』第三部「水争い記」
忘レタルニアラズ。
語レザルナリ。
物集院文庫所蔵。
ロ
『石臼川流記』第二部第一章「猿猴」
怪異ハ現レシ故ニ残ルニアラズ。
人ガ語ル故ニ残ルナリ。
物集院文庫所蔵。
第三章 大天狗
導師就任ヨリ数年過グ。
山内平穏ナリ。
規律乱レズ。
寄進絶エズ。
修行怠ラス。
然レド其ノ頃ヨリ、
奇怪ナル噂増エ始ム。
初メハ一人ノ証言ナリ。
若キ行者曰ク。
夜半、
天狗ノ峯ノ辺リニ
赤キ光見タリ
ト。
或ル者笑イ、
或ル者信ゼズ。
然レド間モ無ク、
同様ノ話重ナル。
曰ク、
夜ノ山中ニ法螺貝聞コユ。
曰ク、
大キナル影尾根ヲ歩ク。
曰ク、
赤キ眼二ツ闇ニ浮カブ。
曰ク、
天狗ノ羽音聞コユ。
何レモ証無シ。
然レド噂ハ広ガル。
其ノ頃ノ記録ニ、
次ノ如ク見エタリ。
天狗ノ峯ニ天狗現ル
夜毎法螺貝聞コユ
行者近寄ラズ
又別ノ紙片ニハ、
赤目ノ怪人見タリ
丈大人ノ二倍程
ト記サル。
後世有名ナル
「十峰山大天狗」
最初期ノ記録ト考エラレル。
然レド興味深キ事有リ。
何レノ記録モ、
近クデ見タトハ記サズ。
皆遠目ナリ。
皆夜ナリ。
皆霧ノ中ナリ。
誰モ顔見ズ。
誰モ言葉聞カズ。
只見タリト語ルノミ。
或ル夜。
巡視中ノ行者一人、
法螺貝ノ音聞ク。
其ノ音ヲ追イ、
天狗ノ峯近クニ至ル。
然レド誰モ居ラズ。
只風鳴ルノミ。
其ノ翌朝、
其ノ行者曰ク。
天狗ナリシヤモ知レズ
ト。
以後、
怪異ノ噂急速ニ広ガル。
若キ行者ハ夜道避ケ、
村人峯ヲ畏レ、
古老ハ昔話語リ始ム。
何時ノ世モ同ジナリ。
噂ハ噂呼ビ、
物語ハ物語呼ブ。
一ツノ影ハ、
十ノ天狗トナル。
百ノ天狗トナル。
其ノ頃ノ記録中、
一文殊ニ興味深シ。
夜山ヲ巡ル者アリ
何ヲ見張ルヤ知レズ
筆者不明。
然レド後ノ記録照ラセバ、
重キ意味持ツ様ニ思ワル。
山内既ニ、
怪異信ズル者増エタリ。
然レド怪異見タル者少ナシ。
人ハ恐レル。
恐レル故ニ語ル。
語ル故ニ怪異育ツ。
斯クシテ、
大天狗ノ名初メテ山内ニ定着セリ。
十峰山入峰録 第三部第三章「大天狗」に対する注記
物集院秋津
天狗ノ峯ニ天狗現ル
後世広ク知られる十峰山大天狗伝承の初出と考えられる。
然し本章を注意深く読むと、
現代人が想像するような怪異記録とは大きく異なる。
描写は驚く程曖昧である。
赤目ノ怪人見タリ
本章における赤い目の記述は複数存在する。
しかし全て夜間である。
距離も不明。
天候も不明。
史料価値そのものは認められるが、
怪異の存在証明にはならない。
夜毎法螺貝聞コユ
本章でもっとも重要な記録である。
法螺貝は修験者が日常的に用いる法具である。
従って法螺貝が聞こえた事自体は何ら不自然ではない。
問題は、
誰が吹いたかである。
夜山ヲ巡ル者アリ 何ヲ見張ルヤ知レズ
私は本章最大の手掛かりをこの一文に見ている。
第三部第二章「夜巡」において、
道玄は夜毎山内を見回っていた。
そして本章の怪異は、
例外なく夜間に発生している。
更に法螺貝は修験者の法具であり、
峰雲院で最も自由に使用できた人物は導師である。
この頃の大天狗目撃例について
私見を述べるならば、
本章に登場する大天狗目撃例の大部分は、
実際には道玄本人を目撃したものであった可能性が高い。
夜間。
山内巡視。
法螺貝。
山伏装束。
天狗ノ峯への頻繁な往来。
これらは全て道玄の行動と一致する。
勿論、
赤い目を説明する事は出来ない。
然し松明や提灯の灯火が照らす眼は、
遠目には異様に映るものである。
少なくとも、
本章の時点で超自然的存在を仮定する必要はない。
一ツノ影ハ 十ノ天狗トナル
本章の本質である。
私はここで再び『石臼川流記』第二部「猿猴」の記事を思い出す。
怪異ハ現レシ故ニ残ルニアラズ。
人ガ語ル故ニ残ルナリ。
(注イ)
本章も同様である。
最初に存在したのは怪異ではなく、
夜の山を歩く一人の人間だったのかもしれない。
その姿は噂となる。
噂は尾ひれを付ける。
尾ひれは伝承となる。
伝承は怪異となる。
こうして後世知られる
「十峰山大天狗」
が誕生したのであろう。
総評
後世の伝承において、
大天狗は怪物であった。
然し本章において、
大天狗はまだ怪物ではない。
夜の山を歩く一人の導師。
その姿を人々が恐れ、
理解できず、
物語を与えた。
私はそのように考えている。
もしこの解釈が正しいならば、
大天狗とは最初から怪異だったのではない。
怪異にされた人間だったのである。
物集院秋津
注
注イ
『石臼川流記』第二部第一章「猿猴」
怪異ハ現レシ故ニ残ルニアラズ。
人ガ語ル故ニ残ルナリ。
(高原家旧蔵・物集院文庫蔵)
第四章 天狗ノ峯
大天狗ノ噂広マリシ頃ヨリ、
道玄ノ行動ニ変化現ル。
導師ノ職務怠ラズ。
修法怠ラズ。
堂務怠ラズ。
然レド暇アレバ、
山奥ヘ赴ク事多クナル。
其ノ行キ先、
常ニ同ジ。
天狗ノ峯ナリ。
峰雲院ヨリ更ニ奥。
険シキ岩場越エ、
樹海抜ケタル先。
古クヨリ修験者修行スル地ニシテ、
人寄ラヌ場所ナリ。
或ル行者曰ク。
近頃導師殿、
又天狗ノ峯ヘ向カワレタリ
ト。
初メハ修行ト思ワレタリ。
導師自ラ山ニ入ル事、
何ラ不思議ニ非ズ。
然レド其ノ頻度尋常ニ非ズ。
三日続ケテ赴ク事有リ。
夜明ケ前ニ出テ、
日暮レテ戻ル事有リ。
時ニ泊リ込ム事スラ有リ。
同行者無シ。
供廻リ無シ。
常ニ独リナリ。
更ニ奇妙ナル事有リ。
道玄、
何処ヘ行クニモ錫杖手放サズ。
本堂ヘ赴ク時モ。
村ヘ下ル時モ。
夜巡ノ時モ。
常ニ握リ居タリ。
元来修験者ニトリ、
錫杖ハ珍シキ物ニアラズ。
然レド周囲ハ違和感覚エタリ。
或ル古参行者曰ク。
近頃ノ導師殿、
錫杖ヲ護符ノ如ク持タル
ト。
又曰ク。
誰カヲ警戒シテ居ル様ニ見ユ
ト。
何ヲ恐レタルヤ。
何ヲ防ガントシタルヤ。
史料ハ答エズ。
其ノ後、
天狗ノ峯近クニ小屋建テラル。
粗末ナル庵ナリ。
僅カニ雨風凌グノミ。
道玄其処ニ泊ル事増ユ。
峰雲院ニ居ル時間減ル。
山奥ニ居ル時間増ユ。
或ル日、
若キ行者一人、
庵近ク迄赴ケリ。
然レド追イ返サレシト云フ。
道玄怒リシニ非ズ。
只静カニ曰ク。
此処ヘハ来ルナ
ト。
何故カ。
答エズ。
若キ行者モ再ビ近寄ラズ。
其ノ頃ノ記録ニ、
短キ一文残ル。
天狗ノ峯ニ住ム者アリ
人ト語ラズ
筆者不明。
然レド此ノ頃ヨリ、
大天狗ノ噂更ニ現実味帯ビ始ム。
夜ノ法螺貝。
赤キ眼。
山頂ノ灯。
其ノ総テガ、
天狗ノ峯ト結ビ付ケラレル。
誰モ確認セズ。
誰モ近寄ラズ。
故ニ噂ハ育ツ。
道玄ハ尚山ニ通ウ。
庵ニ籠ル。
人避ケル。
斯クシテ山内ノ者達ニトリ、
道玄ハ次第ニ遠キ存在トナル。
導師ニシテ導師ニ非ズ。
人ニシテ人ニ非ズ。
其ノ境界ハ、
既ニ曖昧ニナリ始メテイタ。
十峰山入峰録 第三部第四章「天狗ノ峯」に対する注記
物集院秋津
天狗ノ峯ヘ向カワレタリ
本章以降、
道玄と天狗ノ峯は切り離せない関係となる。
後世において道玄が大天狗と同一視される最大の理由も、
恐らくはこの行動にあった。
道玄、何処ヘ行クニモ錫杖手放サズ
興味深い記述である。
錫杖は修験者の法具である。
従って所持自体は不自然ではない。
問題は「何処へ行くにも」である。
本堂。
村。
夜巡。
庵。
常に携行していたという証言は複数の史料に見える。
誰カヲ警戒シテ居ル様ニ見ユ
私はこの証言を重視したい。
後世の伝承では、
道玄は人を恐れぬ存在として描かれる。
しかし同時代史料から受ける印象は逆である。
むしろ何者かを警戒し続けていた人物のように見える。
天狗ノ峯ニ住ム者アリ 人ト語ラズ
後世の解釈では、
この「住ム者」は大天狗とされる。
しかし私はそう考えない。
本章を素直に読めば、
住ム者とは道玄その人である。
道玄と独居について
ここで一つの疑問が生じる。
なぜ道玄は峰雲院を離れたのか。
導師である以上、
本来最も多くの人と接する立場である。
それにもかかわらず、
彼は山奥の庵で暮らし始めた。
私はこれを権力者の孤立として捉えている。
第二部第四章「道玄」において、
彼は人々を集める中心人物だった。
第三部第二章「夜巡」では、
人を疑う人物になった。
そして本章では、
遂に人を避ける人物となる。
変化は一歩ずつ進んでいる。
石臼川流記との比較
私はここで再び『石臼川流記』終章「石臼の記」を思い出す。
人去リテ後、
石臼ノ音ノミ残レリ。
(注イ)
共同体から離れた者は、
しばしば怪異として語られる。
庄吉もそうであった。
海鬼もそうであった。
そして道玄もまた、
人々の理解から離れた瞬間より、
伝説へ変わり始めたように見える。
導師ニシテ導師ニ非ズ 人ニシテ人ニ非ズ
本章の結語は極めて示唆的である。
この時点で道玄はまだ生きている。
まだ導師である。
まだ怪異ではない。
しかし周囲の視線は既に変化している。
人々は道玄そのものを見るのではなく、
「大天狗になりつつある道玄」を見始めている。
総評
後世の伝承は、
道玄が天狗になったと語る。
しかし史料は別の事を語っている。
道玄が天狗になったのではない。
人々が道玄を天狗として語り始めたのである。
その始まりが、
この天狗ノ峯であったと私は考えている。
物集院秋津
注
注イ
『石臼川流記』終章「石臼の記」
人去リテ後、
石臼ノ音ノミ残レリ。
(高原家旧蔵・物集院文庫蔵)
第五章 失踪
道玄導師トナリテヨリ、
既ニ二十余年過グ。
峰雲院尚存ス。
堂宇保タレ、
修行絶エズ。
村モ平穏ナリ。
然レド道玄ハ老イタリ。
其ノ姿見タル者曰ク。
以前ヨリ痩セタリ
ト。
又曰ク。
夜モ眠ラズ
ト。
或ハ曰ク。
独リ言多シ
ト。
真偽詳ラカナラズ。
然レド共通スル証言有リ。
道玄、
晩年ニ至リ疑ヒ深クナル。
人近付ケズ。
庵ヨリ出デズ。
誰彼構ワズ問イ質ス。
古参行者スラ避クル事有リ。
何ヲ疑イタルヤ。
誰ヲ恐レタルヤ。
今トナリテハ知ル術無シ。
然レド一事確カナリ。
道玄、
常ニ錫杖ヲ携ヘ離サズ。
食事ノ時モ。
読経ノ時モ。
就寝ノ時スラ。
傍ラニ置キタリト云フ。
其ノ頃ノ記録ニ、
短キ一文見ユ。
導師殿
夜半錫杖ニ語リ居タリ
筆者不明。
後世ノ創作ト断ズル者モ有リ。
然レド否定スル根拠モ無シ。
晩秋ノ事ナリ。
山紅葉ニ染マリ、
風日毎冷タクナル頃。
道玄庵ヲ出デタリ。
錫杖携ヘ、
独リ山道歩ム。
行キ先、
天狗ノ峯ナリ。
其ノ日、
空曇リ。
山霧深シ。
或ル行者之ヲ見送リシト云フ。
然レド誰モ同行セズ。
導師ノ命ナレバナリ。
道玄振リ返ラズ。
只黙シテ山奥ヘ向カウ。
其ノ姿見タル者、
後ニ語リテ曰ク。
何処カヘ帰ル者ノ様ニ見エタリ
ト。
是レ最後ノ目撃談ナリ。
其ノ夜、
法螺貝聞コエタリト語ル者有リ。
山鳴リ聞キタリト語ル者有リ。
赤キ眼見タリト語ル者有リ。
然レド何レモ確認出来ズ。
翌朝ニ至ルモ、
道玄帰ラズ。
翌日モ帰ラズ。
七日過ギテモ帰ラズ。
山内総出ニテ捜索行ワル。
然レド発見出来ズ。
庵残ル。
草鞋残ル。
焚火跡残ル。
然レド道玄残ラズ。
其ノ後、
幾度モ捜索行ワル。
然レド遂ニ見付カラズ。
死骸無シ。
遺書無シ。
目撃者無シ。
只一ツ。
天狗ノ峯ノ岩場ニ、
錫杖一本残サレタリ。
何者ノ物カ不明。
然レド山内ノ者皆、
道玄ノ錫杖ナリト語レリ。
是ヲ以テ、
道玄失踪ス。
爾後帰ラズ。
十峰山入峰録 第三部第五章「失踪」に対する注記
物集院秋津
道玄、晩年ニ至リ疑ヒ深クナル
本書における道玄像の終着点である。
第二部では人望ある修験者であった。
第三部前半では有能な導師であった。
しかし本章においては、
既に孤独な老人として描かれている。
常ニ錫杖ヲ携ヘ離サズ
興味深いのは、
この時期の史料が繰り返し錫杖へ言及する事である。
錫杖はもはや法具ではなく、
道玄自身の一部として記録されている。
夜半錫杖ニ語リ居タリ
真偽不明。
しかし私は偽作と断定しない。
孤立した者が物へ語り掛ける事は、
決して珍しい事ではないからである。
錫杖一本残サレタリ
後世、
多くの伝承はここから始まる。
道玄ハ天狗トナリタリ。
天狗ノ峯ヘ消エタリ。
翼ヲ得テ飛ビ去リタリ。
斯様ナ物語ハ枚挙ニ暇ガ無イ。
然シ史料研究者トシテハ、
言ワネバナラヌ。
分カラナイ。
本章ヨリ導カレル結論ハ、
極メテ単純デアル。
道玄ハ失踪シタ。
其レ以上デモ以下デモ無イ。
爾後帰ラズ
『十峰山入峰録』本文最後の一文である。
私は初めてこれを読んだ時、
長く言葉を失った。
何故ナラバ、
この文章は事実しか語らないからである。
死セリ。
ではない。
天狗トナレリ。
でもない。
神隠シニ遭エリ。
でもない。
只、
爾後帰ラズ
と記スノミ。
石臼川流記との比較
私はここで『石臼川流記』終章を思い出す。
村人皆問ウ。
庄吉ハ何処ヘ行キタルヤ。
然レド答フル者無シ。
(注イ)
庄吉もまた、
完全な結末を与えられなかった人物であった。
道玄も同様である。
歴史は常に説明される訳ではない。
記録されない者が居る。
結末を失う者が居る。
人々はその空白を埋めるため、
物語を作る。
大天狗もまた、
その様にして生まれたのかもしれない。
総評
後世の人々は、
この失踪を怪異として語った。
私は違うと考える。
ここに居たのは天狗ではない。
一人の人間である。
正しさを求め、
秩序を守ろうとし、
やがて誰も信じられなくなった一人の導師である。
そして最後に残ったのは、
天狗ではなく、
一本の錫杖と、
理解されなかった人生であった。
物集院秋津
注
注イ
『石臼川流記』終章「石臼の記」
村人皆問ウ。
庄吉ハ何処ヘ行キタルヤ。
然レド答フル者無シ。
(高原家旧蔵・物集院文庫蔵)
附録一
導師継承覚書
(峰雲院旧蔵・物集院文庫蔵)
解題
本書ハ峰雲院ニ於ケル導師継承ヲ記録シタル覚書ナリ。
現存スルモノハ数葉ノミ。
内容極メテ簡潔ニシテ、
修飾少ナク、
事実ノ列記ヲ主トス。
然レド『十峰山入峰録』研究ニ於イテハ、
最重要史料ノ一ツト位置付ケラレル。
何故ナラバ、
蓮真失脚及ビ道玄就任ヲ直接記録シタル唯一ノ公的文書ナレバナリ。
以下ニ全文ヲ掲グ。
導師継承覚書
元禄十五年九月
峰雲院評議執リ行ワル。
後任導師ノ儀、
衆議ヲ以テ定ム。
道玄
後任導師トナル。
蓮真
導師候補ヨリ外ル。
山内一同、
異議無ク承認ス。
以後、
山内諸事道玄之ヲ統括ス。
右記録ス。
元禄十五年九月吉日
峰雲院
導師継承覚書に対する注記
物集院秋津
内容が極めて簡潔である
本史料の最大の特徴は、その簡潔さにある。
『十峰山入峰録』第二部「失脚」を読んだ後に本史料を読む読者は、おそらく驚くだろう。
ここには対立も苦悩も記されていない。
ただ結果だけが並べられている。
「蓮真、導師候補より外る」
歴史資料とは往々にしてこのようなものである。
ひとりの人生を大きく変えた出来事が、たった一行で処理されてしまう。
なぜ外されたのか。
どのような議論があったのか。
それは書かれていない。
残されたのは、
蓮真
導師候補ヨリ外ル
という結果だけである。
「山内一同、異議無く承認す」
興味深い記述である。
『十峰山入峰録』を読む限り、当時の山内にまったく動揺がなかったとは考えにくい。
しかし公文書は内部対立を記さない。
それは現代の議事録でも同じである。
記録されるのは決定事項であり、葛藤の過程ではない。
『十峰山入峰録』との比較
この文書と『十峰山入峰録』は性格がまったく異なる。
『導師継承覚書』は事実を残すための文書である。
一方で『十峰山入峰録』は、人々が何を考え、何を見たのかを伝えようとする史料である。
どちらが正しいという話ではない。
むしろ両方が残っていたからこそ、私たちは当時の状況を立体的に理解できるのである。
総評
文章として見れば、決して面白い史料ではない。
しかし研究資料としての価値は高い。
この数行がなければ、蓮真の失脚も道玄の就任も確実な事実としては扱えなかっただろう。
私たちはしばしば劇的な物語に目を奪われる。
だが歴史を支えているのは、こうした無味乾燥な記録なのである。
物集院秋津
附録二
道玄手記
(天狗ノ峯石祠出土・物集院文庫蔵)
解題
本資料は天狗ノ峯山頂近くの石祠内部より発見された断簡である。
紙質および筆跡から、江戸中期以前の成立と推定される。
筆者名の記載は無い。
しかし内容に現れる記述は『十峰山入峰録』第三部と高い一致を示しており、現在では道玄本人による手記と考えられている。
現存部分はごく短い。
だが、その短さこそが本資料の価値である。
以下、判読可能部分を掲載する。
道玄手記
我は導師となった。
されど何も得られず。
人は我を敬う。
されど我を知らず。
人は我に従う。
されど我を信じず。
我また人を信ずること能わず。
夜毎山を巡る。
されど安らぎは得られず。
法螺貝の音を聞く。
されど誰も来ず。
我は導師なり。
されど何を導く。
山は静かなり。
されど心は静かならず。
我は蓮真に勝ちたり。
然れど心安まる日なし。
(本文終)
道玄手記に対する注記
物集院秋津
「我は導師となった。されど何も得られず」
私は初めてこの一文を読んだ時、しばらく頁をめくることができなかった。
道玄は導師になった。
その目的を果たした。
少なくとも『導師継承覚書』を見る限り、彼は勝者であった。
しかし本人はそう考えていなかったらしい。
「我また人を信ずること能わず」
『十峰山入峰録』第三部を通じて繰り返し現れる主題である。
第二章では夜巡りが始まり、
第三章では怪異の噂が生まれ、
第四章では天狗ノ峯での独居が始まる。
本史料は、その原因を非常に簡潔に語っている。
道玄は人を信じられなくなったのである。
「我は蓮真に勝ちたり」
実に率直な表現である。
公的記録には決して現れない言葉だろう。
『導師継承覚書』が残したのは結果だけだった。
しかし本資料には当事者自身の認識が記されている。
道玄は自分を勝者だと認識していた。
問題はその次の一文である。
「然れど心安まる日なし」
本手記の核心はここにある。
勝利そのものは否定されていない。
導師にはなった。
蓮真にも勝った。
地位も得た。
権威も得た。
だが安らぎだけは得なかった。
それがこの人物の悲劇だったのだろう。
総説
物集院秋津
『十峰山入峰録』は修験道の記録である。
導師争いの記録である。
そして一人の人間が大天狗と呼ばれるまでの記録でもある。
本書を通読した時、私が興味を抱いたのは怪異ではなかった。
人はなぜ大天狗を必要としたのか。
その一点である。
蓮真は人を信じた。
道玄は人を信じられなくなった。
そして二百年後もなお、人はその物語を語り続けた。
大天狗とは何ぞ。
山に非ず。
錫杖に非ず。
呪いに非ず。
人を信ずること能わざる心なり。
後世の人々は道玄を怪物として語った。
それは理解しやすいからである。
怪物であれば恐れるだけで済む。
しかし人間は違う。
人は弱る。
人は疑う。
人は孤独になる。
そして時に、自らが守ろうとしたものによって傷付く。
私には道玄が特別な人間には思えない。
むしろありふれた人間に見える。
だからこそ大天狗は恐ろしい。
山に棲む妖ではない。
誰の心にも生じ得るものだからである。
物集院秋津
跋
人同ジ山ニ住ム。
然レド見ル山ハ同ジニアラズ。
『十峰山入峰録』は、一見すると天狗の話です。
山奥で怪異が目撃され、一人の修験者が大天狗になったという伝承が語られます。
しかし私が興味を抱いたのは、その怪異そのものではありませんでした。
私が知りたかったのは、
「なぜ人はそこに天狗を見たのか」
ということです。
歴史に残る怪異の多くは、実際に妖怪がいたから生まれたのではなく、人々が語ったから残りました。
恐れ。
噂。
後悔。
罪悪感。
孤独。
そうした人間の感情が積み重なり、一つの伝承になる。
私はそう考えています。
道玄は後世、大天狗として語られました。
しかし『導師継承覚書』の中では、ただの導師です。
『道玄手記』の中では、ただの一人の人間です。
勝者でありながら安らげず、人を信じられなくなった人物です。
もし本書を読み終えた後に、
「大天狗とは結局何だったのか」
と考えていただけたなら、編者としてこれ以上の喜びはありません。
最後に、本書の結論となる一文を再び記します。
大天狗とは何ぞ。
山に非ず。
錫杖に非ず。
呪いに非ず。
人を信ずること能わざる心なり。
物集院秋津




