念願の異世界転移を果たしたというのに即死とか何の冗談ですか、ねぇ神様⁉ -その異世界転移、寿命約一秒-
念のため言っておくが、八王子は東京都だ。
都内なのに、普通の住宅街なのに、オレは突然クマに襲われた。
クマが増えている、なんてニュースくらいは耳にしたことがあった。
だが、それが自分の住んでいる町に現実に迫っている危機だなんて、夢にも思っちゃいなかったんだ。
マイチャリで駅に向かう途中、左の路地から突然黒い塊が飛び出してきて、ぶつかった。
慌ててブレーキをかけたが、間に合わなかった。
オレは宙に浮いて、前方に投げ出された。
この時のスローモーション感は、今でも鮮明に覚えている。
ゆっくりと天地がひっくり返って行く、見た事もない景色。
オレは、アスファルトに叩きつけられて頭を打った。
それで朦朧となってしまい、すぐには動けなかったんだ。
そこへクマが襲ってきた。
たぶん、そんなところだったんだろう。
詳しくは覚えていないんだ。
頭がぼーっとしていて、全身あちこち痛かった。
他に覚えていることと言えば、意識を失う直前に耳元で聞いた、あの唸り声。
生温かい息と、生臭い臭い。
そこから先の記憶はない。
クマに殺されたのか、そもそも打ち所が悪かったのか。
まぁ後者であってもクマのせいには違いないのだが。
なんであろうと、死んだ今となってはもう関係ない――。
+ + +
「この度は、とんだ災難じゃったのぉ」
「は?」
白い部屋。
部屋というか、何もないガランとした空間。
天井も地面もどうなっているのかわからない、完全な真っ白。
その真ん中に、白い布を羽織っただけのジジイが立っていた。
「じゃが安心せい。お主の死は完全に予期せぬアクシデントじゃった故、生まれ変わることができるのじゃ」
「は?」
「まったく。お主はそれしか言えぬのか」
ここにきてようやく、頭が状況を理解した。
オレは死んで、おそらく神様と今交渉しているところなんだと。
「生まれ変わるって、転生ですか? 転移ですか?」
アニメやラノベでお馴染みのシーンが、まさか……。
そんなコトが実際にあるなんて……。
この展開――願ったり叶ったりじゃないか!
「お主が望む方で送ってやろう」
「それじゃ転移でお願いします!」
赤ん坊からやり直すとか。かったるいのは御免だった。
「ふむ、承知した。では、行くがよい」
「え? ちょっと待っ……」
ピカッと光がフラッシュして、なにも見えなくなった。
+ + +
オレは異世界に転移させられたらしい、と自覚する前に問題発生。
「ぐっ、ぐおおっ……」
目が焼け爛れ、皮膚は溶け、口から血と泡を噴いて、喉を掻き毟りながらオレは死んだ。
+ + +
気がつくと、さっきの白い場所に戻っていた。
「ぬっ、どうしたのじゃ。お主はさっき送ったはず……」
「ふざけんな! いきなり死んだぞ! なんだよあれは!!」
まだあの痛みが、恐怖が現実のものとしてオレの中に残っていた。
「待て待て、そう興奮するでない。今ちょっと調べて……」
「興奮するに決まってんだろ! てめージジイこの野郎、ぶっとばすぞ!」
オレは拳を握りしめてジジイに詰め寄った。
「待て待て待ってくれ! わかったぞ。あそこの大気組成は、ちとお主には過酷なものだったようじゃ。これはすまんかった。ワシの調査不足じゃった」
「いやいや。ごめんで済んだら警察いらないから」
「ここには警察はおらんぞ」
「そういう問題じゃない。オレがどれだけ苦しんだと思ってるんだ」
「ふむ。一秒未満じゃな」
「は?」
「およそ0.9825秒じゃったから、まぁ一秒未満じゃ」
ウソだろ? 体感そんなもんじゃなかった……。
「見てたのか?」
「あっ……」
「おいジジイ、答えろ」
「そう言えばお主にスキルを与えるのを忘れておったのじゃ。何か希望はあるかの」
突然早口で捲し立てるジジイ。
「てめー、覚えてろよ。そんじゃ、とりあえず自分の周りを地球の大気組成と同じにするスキル寄越せ」
「ふむ。そのまんまではないが、だいたい同じ効果のがあるからそれをやろう」
「あともう一つ」
「なに? 二つもいるのか?」
「今のは最初にもらうはずだったヤツだろうが。今回のはまだもらってない」
「おお、そうじゃった。ワシとしたことが」
「てめーそればっかじゃねぇか。逆に一回でもまともに仕事できたことあんのか」
「あるわい! さっきのはたまたまじゃ、たまたま」
「ふん、どうだかな。とりあえず異世界つったら言葉の問題だろ。翻訳スキル寄越せ」
「それならお安い御用じゃ」
「これ、もらったスキルはどうやって確認するんだ?」
「それはお主もよく知って……」
「ステータス!」
青いウインドウが立体映像のように目の前に出た。
おお、なるほどこれがステータスウインドウってヤツか。
スキル「大気改善」「自動翻訳」。
よし、ちゃんとあるな。
「では、行くがよい」
「え? おい待てふざけ……」
ピカッと光がフラッシュして、なにも見えなくなった。
+ + +
周囲の景色を見る暇もなく、全身の骨が砕けゴミのように圧縮されてオレは死んだ。
+ + +
気がつくと、また白い場所に戻っていた。
「…………」
さすがに言葉もなく、憤怒の眼差しでジジイを睨みつける。
「ど、どうしたのじゃ。お主まさか……」
「…………」
とめどなく溢れる殺意を押し殺すオレ。
「す、すまぬ。あの世界はお主のいた世界の100倍の重力じゃった」
「ひゃく……バカなのか?」
「なに?」
「ジジイ、てめーさっきのはたまたまとか抜かしてたくせに、またやらかしたじゃねえか。失敗率100パーセントだ。これでわざとじゃなければ、ただのバカだろこの無能が」
「ぐぬぬ、無能じゃと。仮にもワシは神じゃぞ」
「じゃあ無能神だな。とっとと辞めちまえ老いぼれ」
「辞められるものならとっくに辞めておるわ!」
「逆切れ? 人を二回も秒殺しておいて逆切れっすか? ねぇ、カ・ミ・サ・マ」
「す、すまぬ。それについては心から謝罪する。そ、そうじゃ。重力を自在に操るスキルがあるから、それをお主にやろう。それで次は大丈夫じゃろう」
「なんでまた同じとこへ飛ばす前提でしゃべってんだよ。もっとマシなとこに送れや」
「そうか。うむ、そうじゃな。では……わかった。行くがよい」
「え? だからなんで勝手……」
ピカッと光がフラッシュして、なにも見えなくなった。
+ + +
今度の異世界は氷点下地獄だった。
オレは一瞬で脳まで凍り付き、即死した。
「大気改善」も「重力操作」も全く何の役にも立たなかった。
+ + +
白い場所に戻ったオレは、とりあえずいの一番にジジイをぶん殴った。
バゴッ!
「イタッ! ななな、何をするんじゃいきなり!」
「いきなり殺したのはてめーだろ、このクソジジイ。むしろ殺されなかっただけ感謝しろよ」
「何を言ってるんじゃ、お主は……あ、ああ、そうか。うむ、すまぬ」
大丈夫か、このジジイ。
「失敗率100パーセント更新おめでとう」
「……申し訳ない。じゃが、次こそは大丈夫。三度目の正直と言うじゃろう」
「さっきのがその三度目だったろうが」
「あ……」
「仏の顔も三度までだぞ」
「う、うむ。心得た。では次は――」
「その前にスキル寄越せよ。お前いちいち段取りがめちゃくちゃなんだよ」
「すまぬ。では何か欲しいスキルはあるかの?」
「凍らなくなるヤツ寄越せ。あ、あと焼け死なないヤツも先に寄越せ」
「耐熱耐寒じゃな。よし、これで大丈夫じゃ」
「待て待てまだ送るな! どういう所なのか事前に確認してオレにちゃんと伝えろよ。それくらいの義務は果たせ、な?」
「それでは面白くないではないか!」
「おい! 今面白いっつったなテメーこの野郎。やっぱわざとじゃねぇか」
「違う! 断じて違うぞ。さぁ行くがよい」
「この野郎ふざけ……」
オレはジジイに殴りかかろうとしたが、ピカッとフラッシュが先だった。
+ + +
太陽の中にいた。
くそ熱い。
くそ熱くて死にそうだが、「耐熱耐寒」のおかげで生きていた。
「大気改善」が無駄に仕事をしているせいで、死なない。
おそらく「重力操作」も勝手に仕事をしているのだろう。
しかしそれは生きているだけの地獄だった。
耐熱は断熱ではなかったのだ。
太陽なのか別の恒星なのか知らないが、これを異世界とは言わないだろう。
明らかにオレを殺すために送ってるよな、これ。
今までで一番生き延びているので、考える時間があった。
しかし、やがて太陽フレアでぶっ飛ばされて、宇宙の藻屑と消えた。
+ + +
白い場所に戻ったオレは、ジジイを押し倒して馬乗りになって上からパウンド攻撃。
ボコボコボコボコ。
「痛い痛い痛い。待て! 待ってくれ! やめてくれ、話せばわかる。話せばわかる」
知るかボケ!
ボコボコボコボコ。
――ひとしきり殴り疲れたので、立ちあがった。
自動回復スキルでも持っているのか、ジジイの見た目は特に変化がなかった。
くそ! 腹立つわ。
「何をどう間違えたらあんなことになるのか、とりあえず説明してみろよ」
「転送先の座標計算を間違えたんじゃ。本当じゃ。ほんの少し間違えただけなんじゃ」
うっぜー!
ボコボコボコボコ。
殴った感触はリアルなのに、ジジイの顔面は一瞬赤くなっただけですぐ元に戻っていた。
やっぱ腹立つわ。
「す……すまぬ。本当にすまなかった……」
「白々しい嘘をつくな。わざとだろ。もうバレてんだよジジイ」
四回やって四回失敗だからな。
しかも四回目の絶妙な匙加減、ドSだろ絶対。
もう騙されねぇぞ。
「誤解じゃ、誤解なのじゃ」
見た限りはどちらかと言えばドMっぽい。
そういうプレイに思えてくる。
「なに? 五回目もまたオレを殺すつもりってか」
「その五回ではないのじゃ」
「どう落とし前つけてくれるんだよ、これ。もしかして最初の熊もお前がわざわざ呼び出したんじゃねぇだろうな」
「それは違う! それだけは断じて違う!」
「それだけはっつったな! じゃあ他のはわざとって認めるんだな?」
「いや、今のはその……言葉のアヤじゃ」
「……とりあえずスキル選ばせろ」
「なんと?」
「全部見せろ。オレが自分で選ぶから」
「そ、それは……」
「は? まさか出来ないとか言わないよな? 善良な人間を五回も殺しておいて」
「いや、じゃから最初のは違うと……」
「いいから見せろ!」
ジジイが渋々了承して、付与可能なスキル一覧を見せてくれた。
ステータスと同じ青いウインドウだった。
これ、オレが触っても決定になるのかな?
「うーん、どれがいいかなぁ」
「これなんかはどうじゃ? 最近人気じゃぞ」
「は? 剣聖? いらねー。わざわざ剣で戦うとか、リスキーにもほどがある」
「ほいだらこれじゃ。これは鉄板スキルじゃぞ」
「鑑定か。確かに便利だが、そもそもまともな世界に行かせてもらえなきゃ意味ねぇからなぁ」
「そ、それはだな……今度こそはちゃんとした――」
「あ! これだ! これがいい!」
「そっ、それはいかん! それだけは――」
ピコン。
はい、決定。
そしてすぐ使用――。
「交換!」
「や、やめるのじゃぁぁぁぁぁぁ」
+ + +
「へぇ、こんな風に見えてたのか」
目の前のジジイ――立花兵右衛門八十七歳は、怯えた子羊のようにぷるぷる震えていた。
「なにをする気じゃ。まさかワシをどこかへ……」
「うるさいな。今確認中だろ」
「す、すまぬ」
ウインドウを挟むように対象を見ると、対象の情報がウインドウに表示される仕組みだった。
そしてウインドウの左側に、転移候補先がズラリと並んでいた。
しかし、字が小さいな。
「ジジイ。これ字のサイズを変更できないの?」
「無理じゃ」
そこでオレはすべて理解してしまった。
「ジジイ。てめーもしかして老眼だろ」
「……そうじゃ」
そもそも見えてなかったんじゃねーか。
それでロクに確認もしないで適当に送ってやがったんだなこの野郎。
二十歳のオレでも目を細めるくらいのごちゃごちゃした細かい画面だ。
八十七のじじいが裸眼ですいすいと読めるはずがない。
「ま、言い訳にはならないけどな。オレを何度も殺した事実は変わらないわけだし」
「そ、それについては心から謝罪する。本当に悪気はなかったんじゃ、信じてくれ」
「悪意の有無は結果とは無関係だからな。オレは結果のみで判断する」
「ぐっ……」
「さぁ、行くがよい!」
一度言ってみたかったこの快感。
ジジイが白い光に包まれて消えた。
+ + +
予想通りのタイミングで、ジジイがまた現れた。
「くはぁっ! ……いやじゃ、助けてくれ、お願いじゃ」
オレが最初に送られた世界へ飛ばしてやったんだが、もう音を上げている。
「まだまだ序の口だ。行くがよい!」
ジジイは白い光に包まれて消えた。
+ + +
精魂尽き果てた様子のジジイが現れた。
二回目のアレは、一瞬だけど相当恐ろしかったからなぁ。
「あ、あの……謝罪する、します。謝罪しますからどうかもう……」
「行くがよい!」
ジジイは白い光に包まれて消えた。
+ + +
ジジイが四つん這いになって戻ってきた。
わずかに灰色が残っていた髪と髭が完全に真っ白になっていた。
もしかして、自動回復スキルはもう無効になったのかもしれない。
「あ、ああ……ううう……」
まともに言葉が出てこないようだ。
正直まだ怒りは収まっていないが、これ以上は老人虐待になりそうだから、この辺で諦めるしかなさそうだった。
年寄りってずるいな。
同じだけやり返すこともままならないなんて。
「ジジイ、なんか欲しいスキルはあるか?」
冥途の土産にひとつくれてやろう。
「あ、ああ……」
ダメか。
話す気力も残っていないらしい。
付与可能なスキル一覧をざっと眺める。
ああ、これがいいんじゃないかな。
「罪悪感」:犯した罪を決して忘れない。思い出すとデバフがかかる。
ピコン、決定。
「じゃあな、ジジイ。まともな世界で生まれ直せ。行くがよい!」
転移ではなく、転生で送ってやった。
記憶がいつ甦るかは知らないが、その時には「罪悪感」が仕事をしてくれるはずだ。
ジジイは白い光に包まれ、消えて行った――。
+ + +
こうしてオレはジジイから神の座を奪った。
奪ったはいいが、めちゃくちゃヒマだった。
死んだ人間がみなここへ来るのではなく、定められた寿命を全う出来なかった魂だけが、ここへ来るらしい。
そして、そんな魂は滅多にないのだった。
誰もいない、誰もこない場所でたった一人。
真っ白い空間でひたすら待ち続ける。
ああ、なるほど。
オレは自分の理解をアップデートした。
極たまにしか来ない客を、すぐに送り出してしまっては、また長い長い待ち時間に戻るだけなのだ。
だからジジイは、ほんの少しでも長く、オレをここへ留めておきたかったのだろう。
かといって、ジジイがオレにしたことを許す気などサラサラないのだが。
ああ、早く次のお客さんが来ないかなぁ。




