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黄金のチクワ ―ネリモノ王国記―

作者: 北峰
掲載日:2026/06/26

「ねえ、ユリウス……ユリウスったら!」


 少女の呼び声に、彼はやや遅れて応じた。


「何でございましょう、チクワリア様」

「さっきから呼んでるのにちっとも聞いてないじゃない。寝不足? 夜更かしでもしたの?」

「……申し訳ございません」


 ユリウスは絞り出すような声で謝罪を述べたが、主の質問には意図的に答えなかった。そんないつもと違う彼の態度に、チクワリアはいっそう不満げな顔をする。


「ここ最近、具材の仕入れもお休みだし、出汁も減っちゃったし、誰もいなくてすっごい暇なんだけど。何かあったの?」

「それは――……」


 ユリウスはここで正直に話すべきか迷った。

 チクワリアが不審に思うのも無理はない。実際、物価の高騰と深刻なすり身の供給不足により、市場の練り物がほとんどが姿を消してしまっているのだ。


 彼らがいるのは、西ネリモノ王宮の外れに位置する離宮の一角。人手もなく、わずかな具材しかないおでんを護衛騎士であるユリウスが給仕代わりに運んできていたのである。


 本来は調理も給仕も最低限の使用人が離宮で行うのだが、それすらも今は消えてしまっている。いくら世情に疎いチクワリアでも異変に気づかないはずがない。


 それでも自分の口から真実を告げてよいものか、彼はまだためらっていた。


 主従の間に重い空気が流れかけたその時、不意に中庭を照らすように明るい声が上がった。


「やあ、チクワリア姉様。元気にしてる?」

「あらネリオス、どうしたの? あなたも暇なの?」


 唐突な来訪者は、チクワリアの義理の従弟(いとこ)であるネリオスだった。まだ十二歳になったばかりの彼は、幼さの残る顔にすり身の風味を浮かべた。


「周りのおじさんたちが口うるさいからね。ちょっと姉様のところに避難してきたんだ」


 そう言って口を尖らせると、ネリオスは東屋の脇の花壇にひょいと腰を下ろした。


「口うるさい? どうして?」

「うーん、戦争前だからピリピリしてるんじゃないかなあ。王都も包囲されつつあるらしいしね」


 ネリオスは何気ない口ぶりで、とんでもない一語をその場に放った。黙して控えていたユリウスは思わず声を上げそうになり、チクワリアは飲んでいただし汁を取り落としかけた。


「…………戦争?」

「あれ? 姉様知らないの? 今、東の玉子がうちに攻め込んできてるんだってよ?」


 声を震わす従姉(いとこ)に、ネリオスは意外そうな視線を向ける。まだ幼い彼は事の重大さを理解していないのか、花壇に腰掛けた両足を宙でぷらぷらと揺らしており、まるで緊張感の欠片もなかった。


「玉子ってどういうこと……? 王子じゃないの?」


 チクワリアが驚くのも無理はなかった。東西ネリモノ王国において、王族は練り物であるはずなのだ。それが玉子などと、とうてい信じられなかった。


「姉様は何も知らないんだね。東の王国では第一王子が灰色のツミレだと思われてたのに、本当は玉子なのが最近ばれたんだって。それで国内でもめてるらしいんだよ」


 そう説明するネリオスに、チクワリアはますます混乱する。


「そんな……だからってどうして戦争なんか……」


 戸惑う彼女に、それまで頭を下げたまま黙っていたユリウスが重い口を開いた。


「チクワリア様。詳しくご説明している時間もなく申し訳ございませんが、すぐ出立のご準備を」


 もはや一刻の猶予もない。何も知らない主を守るには、ここで足踏みをしている場合ではなかった。


「出立って、どこへ……?」


 不安げに見上げる主に、ユリウスは静かに告げた。


「王都の外へ――ここはもうじき、オデン軍の手に落ちます」





 一方、東のオデン軍勢はついに西ネリモノ王国の国境を破ろうとしていた。


「殿下、我が軍勢すべて準備完了しております」

「そうか」


 国境にそびえる砦を見つめながら、王子は短く返答した。

 彼ら東ネリモノ王国軍、通称オデン軍は少数の精鋭兵のみを従え、隣国を侵攻するところであった。


 東ネリモノ王国第一王子――本来ならば順当に王位を継ぐべき彼は、王族らしい灰色のツミレとして生まれた。そのはずが、実際には王子ではなく玉子であることが露見してしまったのである。


 練り物でなければ正当な王位継承権を失う。

 それを覆すため、彼は西ネリモノ王国を滅ぼし、その軍功によって正当性を主張するのが狙いであった。


 ツミレにもなれない、灰色の玉子――その呼称を苦々しく受け止めながら、彼は力強く右手を掲げた。


狼煙(のろし)を上げろ。――これより進軍を開始する」


 目指すのは、王位の正当性のために欠かせぬ素材。

 神の焼き目を持つ黄金のチクワ――聖女チクワリアただ一つであった。

お読みいただき、ありがとうございます。

こちらは当方の代表作「黄金のアウレリア ―セルディア王国記―」冒頭をほぼ踏襲した、ちくわパロディとなります。

もし気になる方がいらしたら、是非とも第一話・二話で原作との違いをお楽しみください。


黄金のアウレリア ―セルディア王国記―

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― 新着の感想 ―
めっちゃ面白かったですw アウレリア読んでる読者にもご褒美回ですねww ネリオスと玉子、オデン軍に笑いましたww
チクワリア様に吹きましたwww
将棋だったら王将と玉将は違いがわからないですが、王子と玉子だったらだいぶ違いそうですね!玉子はネリモノには入らないけど、通称のオデン軍には入りますね!それとなくネーミングから正当性を確保しようとすると…
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