表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/15

第5話「赤き猛将の帰還」

恵林寺は、静まり返っていた。

かつては武田家の菩提寺として栄えた寺も、今は荒れ果てている。

門は壊され、本堂の壁には焼け跡が残っていた。

織田の兵が、ここを荒らしたのだろう。

勝頼は、影の軍団を率いて境内に入った。

八百の影の兵士たちが、無言で整列する。

桂と千代女は、勝頼の両脇に控えていた。

「ここが……」

桂が、悲しそうに呟いた。

「信玄公のお墓が、あるのですね」

「ああ」

勝頼は頷き、奥へと進んだ。

本堂の裏手。

そこに、武田家の墓所があった。

月明かりに照らされた墓石が、整然と並んでいる。

そして——

一際大きな墓石。

武田大膳大夫源信玄公之墓

父の墓だ。

勝頼は、その前に立った。

しばらく、沈黙が続いた。

風が吹き、木々が揺れる音だけが響く。

「……親父」

勝頼は、静かに呟いた。

墓石に手を伸ばす。

冷たい石の感触が、掌に伝わってくる。

「お前の力を、貸してもらう」

勝頼が手をかざした瞬間——

ゴゴゴゴゴ……

墓石が、激しく振動し始めた。

黒い靄が、墓石から滲み出してくる。

だが——

その靄は、勝頼に向かってこなかった。

むしろ——押し返してくる。

【死者を確認】

【魂魄抽出を開始】

《警告:対象の自我が強大すぎます》

《現在の位階では制御不可能》

《抽出を中断します》

ドン!!

突然、墓石から強烈な圧力が放たれた。

勝頼が、一歩後退する。

「くっ……!」

墓石は、まるで勝頼を拒絶しているかのように、黒いオーラを放ち続けていた。

圧倒的な威圧感。

まるで、生前の信玄が睨みつけているかのような。

「殿!」

桂が、心配そうに駆け寄ってくる。

「大丈夫ですか!?」

「……ああ」

勝頼は、墓石を睨みつけた。

「まだ俺を認めないか、父上」

悔しさが、胸の奥で燻った。

冥府の王となってもなお、父には届かない。

俺の力は、まだ足りないのか。

「チッ……」

勝頼は舌打ちし、踵を返した。

「殿……?」

「信玄は、まだ早い」

勝頼は、墓所を見渡した。

信玄以外にも、武田家の重臣たちの墓がいくつも並んでいる。

そして——

勝頼の視線が、一つの墓石に止まった。

武田四天王 山県三郎兵衛尉昌景之墓

山県昌景。

武田四天王の一人にして、赤備えの猛将。

長篠の戦いで討ち死にした、武田家最強の攻撃力を誇る男。

そして——信玄の側近として、武田家の命運を左右してきた宿老。

「……あの頑固者なら」

勝頼は、その墓の前に立った。

「今の俺の力となるはずだ」

手をかざす。

今度は、迷いなく。

【死者を確認】

【魂魄抽出を実行するか?】

【承諾 / 拒絶】

「承諾」

ズズズズズ……

墓石から、真っ赤なオーラが噴き出した。

いや——赤だけではない。

黒と赤が混じり合った、禍々しい炎のような靄。

【抽出完了】

【影武者・山県昌景 召喚成功】

【階級:上級将軍 / 特性『赤備え』を保持】

ドン!!

墓石が割れ、そこから巨大な影が飛び出した。

黒い鎧。

だが、その全身からは燃えるような赤いオーラが立ち昇っている。

小柄——いや、影の兵士の中では小柄だが、筋肉質で引き締まった体躯。

背には、真っ赤な旗指物。

腰には、長大な槍。

影・山県昌景が、地面に降り立った。

その瞬間——

周囲の影の兵士たちが、一斉に身構えた。

まるで、本能的に「強者」を感じ取ったかのように。

影の山県は、ゆっくりと顔を上げた。

眼窩から、赤黒い炎が揺らめいている。

そして——

周囲を、ぐるりと一瞥した。

八百の影の兵士たち。

黒い鎧を纏った、異形の軍団。

影の騎士団長・滝川一益。

歩き巫女の千代女。

そして、北条夫人・桂。

「……ほう」

影の山県が、低く呟いた。

「死兵を用い、敵将を配下とし、女を侍らせる、か」

その声には——軽蔑が滲んでいた。

「勝頼様。また性懲りもなく、『力』だけに頼るおつもりか」

「……何?」

勝頼の眉が、ピクリと動いた。

「御館様は、力だけで天下を獲ったのではない」

影の山県は、静かに語った。

「策略を練り、民を治め、家臣を統べた。それが——武田の強さであった」

その赤黒い炎の瞳が、勝頼を見据えた。

「だが貴方様は、長篠で兵を無為に捨て、家臣に見限られ、ついには——この有様だ」

「黙れ」

勝頼の声が、低く響いた。

「そして今、冥府の力に縋る、と」

影の山県は、動じなかった。

「力に頼った者は、力に滅ぼされる。それが——」

「黙れと言った」

勝頼は、一喝した。

その瞬間——

勝頼の瞳が、紫紺に激しく輝いた。

【絶対命令権を発動】

ズン!!

影の山県の体が、強制的に動かされた。

片膝をつき、頭を垂れる。

「ぐ……!?」

影の山県の体が、軋む音を立てた。

「貴様の説教など、聞いていない」

勝頼は、冷たく告げた。

「俺が主で、お前は従者だ。俺の赤備えとなれ」

影の山県は、頭を垂れたまま——

「……フン」

低く笑った。

「体は動かぬが、口は利ける」

その声には、まだ抵抗の意志があった。

「勝頼様。貴方様は何も変わっておらぬ」

「何?」

「力で押さえつけ、意見を封じ、盲目に突き進む」

影の山県の声が、静かに響く。

「御館様は、決してそのようなことはなさらなかった」

勝頼は、拳を握りしめた。

また——父と比べられる。

生前も、死してなお。

「貴様に——」

「だが」

影の山県が、言葉を遮った。

「それもまた、一興か」

「……何?」

「死人の身なれば、貴方様の破滅に付き合うも悪くない」

影の山県は、顔を上げた。

その赤黒い炎の瞳が、勝頼を見つめている。

「よかろう。お手並み拝見といこうか」

そして——

ゆっくりと立ち上がった。

勝頼の絶対命令権が、解除される。

だが、山県はもう抵抗しなかった。

いや——正確には、抵抗する気がないのではない。

様子見をしているのだ。

「山県昌景、ここに参る」

影の山県は、槍を構えた。

「冥府の王という異能が、武田再興の切り札となるか、それとも破滅の毒となるか——その目で確かめさせていただく」

【忠誠を確認】

【上級将軍・山県昌景が麾下に加わる】

【権能『赤備えの猛攻』が解放される】

その瞬間——

影の山県の体から、赤いオーラが爆発的に広がった。

それは、周囲の影の兵士たちに伝播していく。

ズン、ズン、ズンッ!!

影の兵士たちの鎧が、赤黒く発光し始めた。

ただの黒い鎧が、赤い光を宿し、禍々しく輝いている。

その動きが、明らかに鋭くなった。

槍の構えが、完璧になった。

雑兵が——精鋭へと変貌していく。

「フン」

影の山県は、冷ややかに呟いた。

「死兵を強化して、何になる」

だが——

その効果は、絶大だった。

「これが……!」

千代女が、目を見開いた。

「赤備えの力……!」

「武田最強の攻撃部隊」

桂も、感嘆の声を上げた。

「それが、蘇った」

勝頼は、影の山県を見据えた。

「山県。次は河尻秀隆を討つ」

「河尻を、ですか」

影の山県は、即座に答えた。

「結構だが、奴は慎重居士。正面から攻めれば、籠城されましょう」

「ならば?」

「夜襲です」

影の山県は、淡々と続けた。

「死兵は疲れを知らぬ。夜間の強襲で、敵が陣を整える前に本陣を突く。これが最善」

その分析は——的確だった。

宿老としての経験と知識が、即座に戦術を導き出している。

「……なるほど」

勝頼は、小さく頷いた。

「では、その策に従おう」

「御意」

影の山県は、槍を掲げた。

「では、参りましょう。織田の首、いくつ取れるか——腕が鳴りますな」

勝頼は頷き、軍団に号令をかけた。

「全軍、進め! 甲斐を取り戻す!」

「「「はっ!!」」」

影の軍団が、一斉に動き出した。

その先頭を、影の山県が駆ける。

赤いオーラを纏った背中が、まるで炎のように見えた。

そして、彼に続く八百の兵士たちも、赤黒い光を宿している。

桂は勝頼の隣に寄り添い、千代女はその後ろに控えた。

「殿」

桂が、静かに呟いた。

「山県様は……少し、冷たい方ですね」

「ああ」

勝頼は答えた。

「だが、それでいい」

勝頼は、振り返って信玄の墓を見た。

「俺を崇めるだけの従者など、要らん。俺を試し、俺に苦言を呈する者こそ——真の家臣だ」

そう呟きながら、勝頼は歩き出した。

月明かりの下、影の軍団が進軍していく。

その数は八百。

だが、その全てが——赤備えの力を宿している。

武田の赤備えが、再び牙を剥く。

そして——

天下への道が、開かれようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ