第49話「魔王の揺り籠と、黒衣の参謀」
大坂城、深部。
淀殿の居室。
豊臣秀頼は——
まだ幼子だった。
数えで六つか七つ。
だが——
その体格は異様に大きかった。
眼光は——
織田信長そのもの。
秀頼の言葉遣いは——
老成していた。
時折——
「信長のしわがれ声」が混じった。
腹の封印——
五芒星が、ヒビ割れていた。
ミシミシ……
そこから——
漏れ出る瘴気が畳を焦がしていた。
淀殿は——
三成が失脚して嘆いていた。
だが——
秀頼は笑った。
「母上。嘆くことはない」
秀頼の声が、静かに響いた。
「……『戦』という餌が足りぬだけだ」
秀頼は——
密書を書き始めた。
だが——
墨ではなかった。
秀頼は——
自らの指を噛み切った。
流れる血で——
文字を綴った。
「母上」
秀頼が、微笑んだ。
「……余の血は、人を狂わせる甘い蜜じゃ」
秀頼は、続けた。
「これで三成を釣ろうぞ」
「三成へ。余のために戦え。血を持ってこい」
血文字の密書。
伏見城。
家康と武田勝頼の元へ——
南光坊天海が現れた。
「封印が持ちませぬ」
天海の声が、静かに響いた。
「……あの子は、世の乱れを吸って成長しておる」
「ならば、殺すか?」
家康が、呟いた。
「今すぐに」
「否」
天海が、静かに言った。
「今殺せば、魔王の魂は霧散し、別の誰かに憑依するだけ」
天海は——
提案した。
「戦を起こさせ、何万という死者の魂を餌にして、魔王を完全に『孵化』させる」
天海の目が、鋭く光った。
「その上で、物理的に叩き潰すしかありませぬ」
「……わしに、日本を焼く火付け役になれと?」
家康の声が、震えていた。
苦渋の決断。
「毒を以て毒を制す」
天海が、静かに言った。
「……汚れ役は、僧侶と狸で背負いましょう」
ここで——
「正義のための悪」を為す覚悟を決めた。
家康・勝頼・天海による——
「対魔王・秘密同盟」が結成された。
佐和山城。
失脚し、隠居中の石田三成。
彼は——
「豊臣の腐敗」と「自身の無力さ」に絶望していた。
精神的に——
限界を迎えていた。
そこへ——
届いた。
血文字の密書。
封を開けた瞬間——
部屋中にドス黒い魔力が充満した。
呪いは——
一瞬で効くのではなかった。
三成の「義侠心」や「忠誠心」の隙間に——
入り込んでいった。
「……私を、必要としてくださるのか」
三成の声が、震えていた。
「……私だけが、あの方を理解できるのか」
三成は——
涙を流しながら、恍惚とした表情で笑い出した。
狂気。
三成の瞳から——
光が消えた。
「……ああ、秀頼様」
三成の声が、震えていた。
「貴方様こそが正義」
三成の声が、続いた。
「貴方様のために、私は修羅になろう」
三成の純粋な正義感が——
魔王によって「戦争の道具」へと書き換えられた。
悲劇。
家康が——
出陣した。
「上杉討伐」を口実に、大坂を留守にした。
会津征伐。
わざと——
隙だらけの背中を見せた。
側近が——
警告した。
「殿、今大坂を空ければ三成が動きます!」
「動かすのじゃよ」
家康の声が、静かに響いた。
「……わしの背中で、古傷を疼かせてやる」
老獪な古狸としての——
凄み。
その隙を突き——
三成がついに挙兵した。
「家康を討ち、豊臣の世を正す!」
三成の声が、響き渡った。
だが——
その背後には淀殿と秀頼の影があった。
東国で——
勝頼は報告を聞いた。
「……始まったか」
勝頼が、呟いた。
「三成は操られている」
「憐れな」
影・織田信忠が、静かに言った。
「彼は自分が『魔王の肉壁』にされていることにも気づいていない」
日本中の大名が——
「東軍」と「西軍」に分かれた。
だが——
真の構図は違った。
「魔王封印派」と「魔王復活派」。
「行くぞ」
勝頼の瞳が、紫紺に輝いた。
「場所は美濃、関ヶ原」
巨大な雨雲が——
関ヶ原の上空に渦巻いていた。
その形は——
龍や魔物のようだった。
勝頼が——
その空を見上げた。
肌で——
「時代の変わり目」を感じた。
「……来るぞ」
勝頼の声が、静かに響いた。
「生者と死者、神と魔王が入り乱れる、最後の宴だ」




