第46話「魔王の胎動と、桔梗の封印」
深夜の聚楽第。
警備は——
厳重だった。
だが——
千利休が裏門を開けて待っていた。
廊下に——
警備兵たちが倒れていた。
彼らは——
利休が振る舞った「痺れ薬入りの茶」で無力化されていた。
「……茶に毒を混ぜるなど、茶人にあるまじき外道」
利休の声が、静かに響いた。
「ですが、相手が魔王ならば致し方なし」
利休は——
自身の命すらも盤上の駒として投げ打つ覚悟を見せた。
死に場所を探している。
彼は——
手にした蝋燭で、結界の隙間を照らした。
勝頼たちを——
導く。
影・織田信忠が——
利休を見た。
「……父上の茶頭が、父上の復活を阻むか」
「あのお方は、茶室には大きすぎました」
利休が、静かに答えた。
「……二度目のお目覚めは、無粋にございます」
最奥部。
茶々の寝所。
彼女は——
腹を愛おしそうに撫でていた。
「……いいえ、猿の子ではありません」
茶々の声が、静かに響いた。
「これは『紅蓮の御子』」
茶々の瞳には——
信長と同じ赤黒い光が宿っていた。
「あの方が帰ってくる器」
彼女の背後には——
信長の魔影が揺らめいていた。
部屋は——
異様な熱気に包まれていた。
勝頼と信忠が——
踏み込んだ。
「……茶々叔母上」
信忠の声が、静かに響いた。
「その腹の子を斬る」
「おや、信忠様」
茶々が、狂ったように笑った。
「弟に嫉妬ですか?」
武田勝頼が——
刀を抜いた。
だが——
腹から放たれた「胎児の咆哮」に吹き飛ばされた。
「オギャアアア!」
赤子の声と——
「黙れ小僧!」
信長の怒号が重なったような——
不協和音の衝撃波。
空間そのものが——
拒絶していた。
絶対的な力。
「くっ……!」
信忠が、歯噛みした。
「生まれる前から『天下布武』を使っているのか!?」
絶体絶命の瞬間——
錫杖の音が響いた。
シャン……
結界を切り裂いて現れたのは——
深編笠を被った黒衣の僧。
南光坊天海。
「……因果なものですな」
天海の声が、静かに響いた。
「また、この手で『魔王』を封じねばならぬとは」
天海は——
真言を唱えた。
そして——
茶々の腹に「五芒星の呪符」を打ち込んだ。
「滅せよとは言わぬ」
天海の声が、静かに響いた。
「……だが、今はまだ眠れ!」
利休が——
影からそれを見つめた。
小さく頷いた。
かつて——
本能寺で共謀したかもしれない二人の、無言の連携。
天海の術により——
魔力が抑制された。
茶々は——
その場に気絶した。
天海は——
信忠の方を向いた。
一瞬だけ——
笠を上げた。
その瞳を見て——
信忠が息を呑んだ。
「明智……!」
信忠の刀が——
憎悪で震えた。
「貴様だけは……!」
天海は——
抵抗せず、静かに首を差し出した。
「討ちますか? それもまた因果」
天海の声が、静かに響いた。
「……ですが、今私を斬れば、あの腹の魔王は誰が止めるのです?」
「……!」
信忠は——
葛藤した。
そして——
刀を収めた。
「……行け」
信忠の声が、静かに響いた。
「父上の『間違い』の後始末、貴様に任せる」
二人の間に——
許しではないが、奇妙な「共犯者」としての空気が流れた。
天海は——
去り際、勝頼に警告した。
「封印は施しましたが、これは『時間稼ぎ』に過ぎません」
天海の声が、静かに響いた。
「……そして、魔王が眠っている間、飼い主の『猿』は正気を保てるでしょうか?」
聚楽第に残る利休。
彼は——
振り返らずに言った。
「私はここで、秀吉様の狂気を見届けましょう」
利休の声が、静かに響いた。
「……私の首が飛ぶのが先か、豊臣が腐るのが先か」
東国へ戻る道中。
勝頼が——
空を見上げた。
黄金の雲に——
黒い亀裂が入り始めていた。
秀吉の栄華に——
陰りが。
「魔王は眠った」
勝頼の瞳が、紫紺に輝いた。
「だが……これからは『腐敗』との戦いだ」
勝頼は、続けた。
「備えるぞ」




