第45話「黄金の魔都と、黒き茶聖」
京都。
勝頼一行が——
到着した。
街は——
狂乱していた。
空からは——
秀吉の魔力が混じった「金粉」が雪のように降り注いでいた。
民は——
それを吸い込んでハイになっていた。
「……胸焼けがする街だ」
本多忠勝が、顔をしかめた。
「品性のかけらもない」
「この空気そのものが『毒』です」
真田昌幸が、警戒した。
「長居すれば精神が金に食われますぞ」
北野天満宮。
巨大な野点会場。
その中心に——
目が潰れそうなほど輝く「黄金の茶室」が鎮座していた。
息が詰まるような——
閉塞感。
金の畳。
金の障子。
金の茶碗。
すべてが——
光を乱反射していた。
視界が——
揺らめく。
羽柴秀吉が——
真っ赤な装束で茶を点てていた。
茶筅を振る音が——
ガチャガチャと下品に響いた。
「どうじゃ、高い音じゃろう!」
秀吉が、叫んだ。
だが——
それは「茶の悲鳴」に聞こえた。
「器も釜も畳も、すべて純金!」
秀吉の目が、鋭く光った。
「これぞ天下人の茶よ!」
それは——
「美」ではなく「富の暴力」。
客たちは——
圧倒され、平伏するしかなかった。
秀吉が——
挑発した。
「おい、東の田舎者」
秀吉が、ニヤリと笑った。
「何か芸を見せろ」
「……では、一服差し上げよう」
影・上杉謙信が、静かに進み出た。
謙信は——
道具を使わなかった。
だが——
その所作は「真剣を扱う」ように鋭く、美しかった。
指先から——
冷気が糸のように伸びた。
空気中の水分を凝縮させて——
茶碗を成形していく。
パキ、パキ……
氷の音が響いた。
「氷の茶碗」。
そして——
茶を点てる音。
シュッ、シュッ……
衣擦れのように静かで鋭い音。
その静寂が——
周囲の喧騒を物理的に凍らせていった。
点てられる茶は——
冷たく、限りなく透明に近い緑。
一口飲んだ秀吉が——
震えた。
「……冷たい」
秀吉の声が、震えていた。
「だが、頭が冴える」
秀吉の目が、鋭く光った。
「……気に入らん」
謙信の清冽な気が——
会場の熱気を一瞬で浄化した。
騒動の後——
一人の老人が、勝頼に接触してきた。
黒い僧衣を纏った男——
千利休。
彼は——
秀吉の筆頭茶頭でありながら、その目は死んだように暗かった。
「……貴方様からは、『死の匂い』がしますな」
利休の声が、静かに響いた。
「枯れた花のような、静寂の匂いが」
「アンタからは『怒り』の匂いがするぞ」
武田勝頼が、静かに言った。
「……その黄金の鎖に、うんざりしている顔だ」
「……」
利休は、ニヤリと笑った。
「よくぞ見抜かれた」
利休の目が、鋭く光った。
「私の茶は、あの黄金を否定するための刃です」
利休は——
懐から一つの茶碗を取り出した。
それは——
一切の装飾を削ぎ落とした、歪で、ザラザラとした「真っ黒な茶碗」。
黒楽茶碗。
一見すると——
ただの土塊。
しかし——
見れば見るほど吸い込まれるような「天淵の黒」。
手触りは——
ザラザラとしていた。
冷たいが——
どこか人の手の温もりが残っていた。
作り手の魂。
「金は光を跳ね返しますが、黒は全てを吸い込みます」
利休の声が、静かに響いた。
「こやつは、何も映しません」
利休は、続けた。
「秀吉様の黄金も、貴方様の武功も、すべて『無』に帰す器です」
「……」
勝頼は、黙っていた。
「貴方様は死んでいる」
利休の目が、鋭く光った。
「だからこそ、この『侘び』が完成されている」
利休は——
その茶碗を勝頼に託した。
「これを東へお持ち帰りください」
利休の目が、鋭く光った。
「……いずれ、この『黒』が天下を覆す旗印となりましょう」
勝頼は——
茶碗を受け取った。
その瞬間——
ずしりとした「重さ」を感じた。
利休の覚悟。
死への道連れ。
その底知れぬ「黒」に——
自身の死生観を重ねた。
影としての生。
「……預かろう」
勝頼の瞳が、紫紺に輝いた。
「茶聖の魂、しかと受け取った」




