第44話「黄昏の団欒と、旅立ちの朝」
甲斐の農村。
秋の収穫時期。
黄金色の稲穂が——
揺れていた。
黙々と作業を手伝うのは——
影の兵士たち。
骸骨たち。
カチカチという——
骨の音が響いていた。
子供たちの笑い声と——
重なり合う。
骸骨は——
汗をかかない。
疲れない。
その「無機質な献身」が——
逆に神聖に見えた。
難民の老人が——
骸骨に手を合わせた。
「ありがてぇ……」
老人の声が、震えていた。
「死んでなお、人を助けてくださるとは」
真田昌幸と影・織田信忠が——
畦道を歩いていた。
坂道で——
昌幸が息を切らした。
腰を叩く。
それを——
涼しい顔で待つ信忠。
「……貴殿には『老眼』もなくて羨ましいですな」
昌幸が、呟いた。
「だが、飯の美味さは分からんよ」
信忠が、静かに言った。
「……昌幸、今のうちに美味いものを食っておけ」
城下町の道場。
影・山県昌景が——
近所の子供たちに剣術を教えていた。
「赤備えの極意は『進むこと』じゃ!」
山県が、叫んだ。
「逃げる背中は斬るぞ!」
過激なことを教えつつ——
転んだ子を一番に抱き起こす優しさがあった。
影・馬場信春は——
広場で子供たちの遊び相手になっていた。
「……くく」
馬場が、笑った。
「戦場より重いな、童というのは」
柴田勝家が——
酒を飲んでいた。
「甲斐の酒も悪くない」
勝家が、呟いた。
「だが、いつか越前の酒を飲ませてやる」
未来を語る。
躑躅ヶ崎館、勝頼の私室。
妻・桂が——
勝頼の旅装束を整えていた。
京へ行くための服。
彼女もまた——
数年の時を経て、目尻に笑い皺ができていた。
大人の女性の落ち着きを増していた。
対する武田勝頼は——
青年の姿のまま。
その時——
勝頼は、桂の髪に**「一本の白髪」**を見つけた。
「……」
勝頼は——
それを抜かず、愛おしそうに撫でた。
「……時が、お前を連れて行ってしまうな」
勝頼の声が、震えていた。
桂は——
勝頼の冷たい手を頬に当てた。
その「温度差」で——
互いの存在を確認し合う。
「私が老婆になっても、貴方様は私を愛してくださいますか?」
桂の声が、静かに響いた。
「ああ」
勝頼が、頷いた。
「魂が消えるまで」
涙が出るほど——
穏やかで、残酷な愛の誓い。
出発の朝。
影・上杉謙信が——
純白の着流しに、最高級の織物を纏って現れた。
その瞬間——
周囲の空気が「凛」と張り詰めた。
季節が冬になったかのような——
錯覚を起こさせる美しさ。
「野暮な格好で歩くなよ、勝頼」
謙信が、静かに言った。
「京の公家どもが腰を抜かすほど、粋に振る舞え」
本多忠勝も——
合流した。
徳川からの護衛。
慣れない礼服に——
不機嫌そうだった。
だが——
その姿は「鎖に繋がれた猛獣」のような迫力があった。
「殿の名代として、粗相のないよう努める」
忠勝が、静かに言った。
勝頼は——
美しく復興した甲斐の街並みと、手を振る民、そして最愛の妻・桂を振り返った。
記憶に——
焼き付けるように。
もう二度と——
見られないかもしれない。
「行ってくる」
勝頼の声が、静かに響いた。
「……この『楽園』を、猿の欲望で汚させはしない」
勝頼、謙信、忠勝、昌幸、望月千代女。
少数精鋭の「東国文化使節団」が——
黄金の魔都・京都へ向けて出立した。




