第40話「贄の甥と、長久手の影法師」
尾張、小牧山。
戦線が——
膠着していた。
その時——
秀吉軍の別動隊が動いた。
家康の本拠地——
三河を突くために。
率いるのは——
秀吉の甥、羽柴秀次。
しかし——
彼の姿は異様だった。
全身が——
風船のように膨張していた。
皮膚が——
半透明になっていた。
体内で——
赤黒い汚泥と黄金の火薬が脈打っているのが、透けて見えた。
彼は——
馬に乗れなかった。
四つん這いで——
進んでいた。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
秀次の口から——
謝罪の言葉が漏れ続けていた。
彼は——
戦うためではなかった。
敵陣で「自爆」をするために——
送り込まれた捨て駒。
この動きを——
徳川家康と真田昌幸は読んでいた。
「やはり動いたか」
家康が、呟いた。
「……だが、あの『気配』は尋常ではない」
「ええ」
昌幸が、頷いた。
「迎撃に向かわせましょう」
迎撃に向かうのは——
影・内藤昌豊と影・高坂昌信の組。
「殿は正面で忙しい」
内藤が、静かに言った。
「裏の掃除は我らの役目ぞ」
「承知」
高坂が、頷いた。
長久手。
秀次隊と影の軍団が——
接触した。
秀次は——
敵を見ると、条件反射で暴走した。
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
秀次の皮膚が——
裂けた。
汚染された血液が——
撒き散らされた。
自傷の業。
それは——
無差別に周囲を破壊していった。
戦闘ではなく——
痛みに暴れる子供の癇癪。
「……哀れな」
高坂が、呟いた。
「あれは兵ではない」
高坂の目が、鋭く光った。
「歩く『毒壺』だ」
秀次の自爆が——
迫っていた。
まともに爆発すれば——
三河一帯が汚染される。
「高坂!」
内藤が、叫んだ。
「承知!」
高坂が、動いた。
【権能:静かなる林】
「静まれ」
高坂の声が、静かに響いた。
秀次の周囲の空間が——
隔離され、停滞した。
結界。
爆発の勢いが——
封じ込められた。
「今だ!」
内藤が、全軍に精密な指示を出した。
「高坂が抑えている『三息』が勝負だ」
内藤の目が、鋭く光った。
「……全兵、奴の胸へ一点集中。某が風穴を開ける」
影の軍団が——
一斉に動いた。
矢や弾丸が——
針の穴を通すような精密さで、秀次の核へ吸い込まれた。
連携の業。
ズバァッ!!
秀次の核が——
貫かれた。
秀次は——
爆発することなく、風船が萎むように崩れ落ちた。
内藤と高坂が——
駆け寄った。
最期を——
看取る。
「……悪夢は終わりだ」
高坂が、静かに言った。
「眠れ」
秀次は——
二人の影を見て、安堵した。
「あぁ……死神様だ……」
秀次の目から——
涙が溢れた。
「やっと、痛くなくなる……」
そして——
光の粒子となって消滅した。
「……」
内藤と高坂は——
黙って見送った。
遠くで——
羽柴秀吉が見ていた。
「ありゃりゃ」
秀吉が、呟いた。
だが——
その目は笑っていなかった。
秀吉は——
算盤を弾く仕草をした。
「費えに見合わんのう」
秀吉の声が、静かに響いた。
「……次はもっと安い材でやるか」
「……甥御様を、材と?」
傍らの黒田官兵衛が、呟いた。
「使えん身内より、使える他人じゃ」
秀吉が、ニヤリと笑った。
「……のう、官兵衛?」
官兵衛の背筋が——
凍った。
底知れぬ冷たさ。
長久手。
影の軍団が——
秀次隊を撃退した。
だが——
勝頼は、複雑な表情をしていた。
「……秀吉」
勝頼の瞳が、紫紺に輝いた。
「貴様は、どこまで人を捨てるつもりだ」




