第38話「黄昏の都と、影の宰相」
新生・甲府。
夜。
生者が眠った後も——
影たちは働き続けていた。
松明と——
鬼火が、闇を照らす。
青白い燐光。
眠らない都市。
静寂の中で——
工事音だけが響いていた。
幻想的で——
少し恐ろしい「死者の産業」。
難民の子供が——
それを見て呟いた。
「綺麗……」
美と恐怖の共存。
政庁、躑躅ヶ崎館。
書類の山と格闘するのは——
真田昌幸と影・織田信忠。
信忠は——
単に早いだけではなかった。
未来予知に近い予測を行っていた。
「西国の米相場が三日後に上がる」
信忠が、静かに言った。
「備蓄を放出せよ」
父譲りの先見性。
その時——
影・信玄が通りかかった。
「フン」
信玄が、苦笑した。
「ワシの時代より国が富んでおる」
信玄は、続けた。
「……悔しいが、行政の手腕はオヤジ譲りだな」
「……皮肉なものです」
信忠が、静かに言った。
「人を殺すために学んだ『兵站』が、今、人を活かしている」
信忠の目には——
複雑な光があった。
その時——
西からの使者が到着した。
秀吉からの使者。
若き官僚——
石田三成。
彼の目的は——
「東国の弱点を探ること」。
三成は——
影たちが無償で働く姿を見て、計算した。
「食費ゼロ、睡眠ゼロ、反乱の危険もゼロ……」
三成の声が、震えていた。
「こんな労働力が普及すれば、西国の経済圏は価格競争で負ける」
三成は——
勝頼の国を「軍事的な脅威」以上に、「経済的な劇薬」として危険視した。
案内役の北条氏直に対し——
三成が言った。
「……貴殿らは、人の世の理を壊す気か」
三成の額に——
冷や汗が流れていた。
「恐怖でも金でもない」
氏直の声が、静かに響いた。
「『絆』だ」
氏直は、続けた。
「……貴殿の主には分からぬ理屈だろうがな」
「……」
三成は、黙っていた。
三成は——
勝頼に謁見した。
「秀吉様の傘下に入れば、この国は黄金で満たされます」
三成が、静かに言った。
「貧しい自立か、豊かな隷属か」
三成の目が、鋭く光った。
「答えは明白でしょう」
合理性。
「三成」
勝頼が、静かに言った。
「黄金で腹は満ちても、心は満たせぬ」
勝頼の瞳が、紫紺に輝いた。
「……俺たちは、誰にも飼われん『狼』だ」
誇り。
「……非合理的だ」
三成が、扇子を直した。
「だが、侮れない」
三成の目が、鋭く光った。
「報告せねば」
三成が去った後——
信忠が、懸念を示した。
「秀吉は、武力ではなく『経済と物流』で我らを干上がらせる気です」
信忠の声が、静かに響いた。
「……次は、海上封鎖か、通貨の切り崩しに来るでしょう」
「……」
勝頼は、空を見上げた。
西の空は——
黄金色。
秀吉の繁栄。
東の空は——
紫紺色。
静寂。
「望むところだ」
勝頼が、呟いた。
「……生き残るぞ、皆」
嵐の前の静けさ。
だが——
勝頼は、準備を始めていた。
次の戦いのために。




