第37話「黄金の茶室と、三匹の王」
安土崩壊から、数日後。
世界を覆っていた赤い霧が——
晴れていた。
久々に——
青空が戻っていた。
しかし——
西の空だけは、脂ぎったような黄金色の雲に覆われていた。
「……」
甲斐、躑躅ヶ崎館。
武田勝頼は、影・信玄や影・織田信忠と共に、新たな勢力図を確認していた。
「父上が消え、織田の領土は空白地帯」
信忠が、静かに言った。
「……西から秀吉が、虫食いのように蚕食しております」
「……」
勝頼は、黙っていた。
その時——
羽柴秀吉から、招待状が届いた。
勝頼と家康のもとに。
場所は——
織田家の象徴、清洲城。
『これからの日本の分け前を決めよう』
そう書かれていた。
「……罠かもしれませんぞ」
真田昌幸が、警告した。
「わかっている」
勝頼は、頷いた。
「だが、行かねば、勝手に線を引かれる」
勝頼の瞳が、紫紺に輝いた。
「……それに、あの猿の『ツラ』を拝んでおきたい」
勝頼は——
行くことを決めた。
護衛は——
最小限の精鋭のみ。
昌幸、本多忠勝など。
清洲城。
通されたのは——
秀吉が持ち運んでいる組立式の「黄金の茶室」だった。
狭く——
眩しく——
空気がなかった。
秀吉の放つ「欲望の熱気」で——
蒸し風呂のようになっていた。
「どうじゃ?」
羽柴秀吉が、ニヤリと笑った。
「わしの『城』は」
秀吉の目が、鋭く光った。
「信長様の安土より、輝いておろう?」
「……」
勝頼は、黙っていた。
秀吉の傍らには——
虚ろな目をした織田信雄が座っていた。
信長の次男。
秀吉は——
信雄の頭を犬猫のように撫で回した。
「これからは、この信雄様が織田の当主じゃ」
秀吉が、笑った。
「……まあ、わしの言う通りに判を押すだけの簡単なお仕事よ」
「……!」
影・織田信忠が、刀に手をかけそうになった。
だが——
勝頼が、目で制した。
「耐えろ。今斬れば、信雄も死ぬ」
信忠は——
拳を握りしめた。
秀吉が——
茶を注いだ。
その茶は——
ドロリとした黄金色だった。
甘ったるい腐臭がした。
魔力の茶。
「腐った泥は飲めん」
勝頼が、拒絶した。
だが——
徳川家康は、一息に飲み干した。
「……ふむ」
家康が、静かに言った。
「少々アクが強いが、腹の足しにはなりますな」
「……!」
秀吉が、目を丸くした。
「可愛げのない狸じゃ」
秀吉が、舌打ちした。
会談開始。
秀吉が——
日本地図の上に、脂ぎった指で線を引いた。
「わしが京と西国をもらう」
秀吉は、続けた。
「家康殿は東海道。勝頼ちゃんは関東と甲信越」
秀吉の目が、鋭く光った。
「……真ん中の濃尾は、早い者勝ちでええか?」
天下分割。
秀吉(西)——「富と権威」。
家康(東海道)——「物流と律法」。
勝頼(関東・甲信)——「民と敗者」。
三者がそれぞれ欲するものが——
明確に分かれた。
「俺は土地はいらん」
勝頼が、静かに言った。
「……だが、貴様が捨てた『人』は全て拾う」
「ええよええよ」
秀吉が、笑った。
「弱き者、敗れし者は塵芥じゃ」
秀吉の目が、鋭く光った。
「塵拾いは、勝頼ちゃんに任せるわ」
会談が終わった。
勝頼と家康が——
帰ろうとした時。
「勝頼ちゃん」
秀吉が、勝頼の背中に声をかけた。
「……死人は腐るのが理じゃ」
秀吉の声が、静かに響いた。
「早めに土に還った方がええぞ?」
「……」
勝頼は、振り返らずに答えた。
「猿」
勝頼の声が、静かに響いた。
「……木から落ちる時が楽しみだな」
清洲城を出た。
勝頼と家康は——
共通の認識を持った。
「あれは、話の通じる相手ではない」
家康が、呟いた。
「……いずれ、殺さねばならん」
「ああ」
勝頼は、頷いた。
三国鼎立。
三匹の王が——
それぞれの道を歩み始めた。
そして——
新たな時代が、始まろうとしていた。




