第36話「夢幻の如くなり、簒奪の猿」
天守。
時が——
止まったように感じられた。
本多忠勝が、魔神を抑えている。
蜻蛉切が——
炎の骸骨の腕と激突し、火花を散らしていた。
影・上杉謙信が、信長の足を封じている。
氷雪が——
織田信長の足元を凍てつかせていた。
そして——
武田勝頼が、信長の懐に飛び込んだ。
信玄の炎を纏って。
ゴォォォォォ!!
その背後には——
無数の亡者の手が浮かんでいた。
影・信玄。
影・謙信。
影・信忠。
森蘭丸。
そして——
無数の名もなき兵たち。
亡者の手が——
信長の神威を物理的に抑え込んでいた。
「……ほう」
信長が、静かに言った。
「貴様は、これほどの『死』を背負って歩くか」
信長の目が、鋭く光った。
「……重かろう」
「重いさ」
勝頼が、叫んだ。
「だが、温かい!」
勝頼の刀が——
信長の胸に迫った。
互いの魂が——
触れ合った。
その瞬間——
ズバァッ!!
勝頼の刀が——
信長の胸を貫いた。
核を。
【権能:侵略する火・信玄】
金赤の炎が——
信長のドス黒い魔力を焼き尽くしていく。
浄化。
「……見事」
信長が、静かに言った。
血が——
口から溢れた。
「死人が……神を殺したか」
崩れゆく天守。
炎が——
天守を包み込んでいた。
信長は——
人の姿に戻っていた。
血を流しながら——
玉座から立ち上がった。
そして——
折れた剣を手に取った。
「……」
信長は、静かに舞い始めた。
最後の舞。
「人間五十年……」
敦盛を謡いながら——
信長は舞った。
血を流しながら。
炎の中で。
その姿は——
魔王でありながら、あまりにも美しい「人」の姿だった。
「……」
勝頼は、トドメを刺さなかった。
その舞を——
最後まで見届けた。
介錯代わりの敬意。
舞い終わると——
信長は、満足げに笑った。
「勝頼よ」
信長の声が、静かに響いた。
「余という『蓋』がなくなれば、次はドブネズミ共が世界を喰らい尽くすぞ」
信長は、続けた。
「……備えよ」
そして——
信長は、光となって砕け散った。
魂すら残さない——
完全なる消滅。
「……さらばだ、信長」
勝頼は、静かに呟いた。
主を失った安土城が——
断末魔を上げた。
ゴゴゴゴゴゴ……
崩壊を始めた。
壁が——
悲鳴を上げた。
「ぎゃああああ!!」
消化液が——
溢れ出した。
道が——
肉壁で塞がれた。
「脱出です!」
真田昌幸が、叫んだ。
「飲み込まれますぞ!」
一行は——
崩落する城壁を駆け抜けた。
「ええい、往生際が悪い!」
本多忠勝が、肉壁をこじ開けた。
蜻蛉切が——
肉を裂いていく。
「走れ! 振り返るな!」
謙信が、叫んだ。
氷の足場を作りながら——
前へ進む。
ギリギリの脱出劇。
全員——
無事に地上へ着地した。
背後で——
巨城・安土が轟音と共に崩れ去った。
ドガァァァァン!!
戦いが終わった。
朝日が——
昇るはずだった。
だが——
崩壊した安土城跡から、膨大な魔力が立ち上った。
信長の残滓。
それが——
霧散せず、一方向に吸い込まれていく。
「……何だ?」
勝頼が、目を細めた。
その先には——
羽柴秀吉と黒田官兵衛がいた。
官兵衛が——
巨大な瓢箪のような呪具を掲げていた。
魔王の力を——
回収している。
瓢箪から——
魔力が溢れ出した。
黄金の泥。
それが——
秀吉の全身にまとわりついた。
秀吉は——
それを美味そうに啜った。
「信長様の味じゃ」
秀吉が、ニヤリと笑った。
「……辛いのう。苦いのう」
秀吉の体から——
金色の禍々しい気が立ち上った。
「——力が漲るのう!」
秀吉の目が——
鋭く光った。
神々しさではない。
底なしの欲望。
それが——
秀吉から溢れ出していた。
「ごっつぁんです、信長様」
秀吉が、勝頼たちを見た。
「……そして御苦労はん、勝頼ちゃん」
秀吉は——
魔王の力を継承し、さらに魔獣を使役する新たな天下人として覚醒した。
「次はわしの番じゃ」
秀吉が、勝頼たちに手を振った。
「……面白くしてやるぞ、日本をな」
「……!」
勝頼は、拳を握りしめた。
勝頼、家康、秀吉。
三すくみの状態。
戦いは——
まだ終わらない。
新たな脅威が——
生まれた。




