第34話「煉獄の天使と、六文銭の罠」
安土城、上層部。
壁や床が——
内臓のように蠢く回廊。
真田昌幸が、先導していた。
「……嫌な造りですな」
昌幸が、呟いた。
「この城自体が、我々を『消化』しようとしている」
襲い来る触手や溶解液を——
本多忠勝が槍で弾き、影・上杉謙信が凍らせて進む。
勝頼は——
信玄の炎で道を焼き開きながら、奥から漂う「甘く危険な香り」を感じ取った。
「……何だ、この香りは」
勝頼が、呟いた。
「気をつけてください」
望月千代女が、警告した。
「何かが……待っています」
天守へと続く大広間。
そこは——
肉塊ではなく、美しい「白骨と彼岸花」で飾られた異空間だった。
まるで——
煉獄のような場所。
そして——
待ち受けるのは、背中から骨と炎の翼を生やした美少年。
森蘭丸。
彼は——
魔物化してもなお、美しかった。
「お待ちしておりました、勝頼様」
蘭丸の声が、静かに響いた。
「……信長様のお食事の時間です」
蘭丸は——
信長に心酔していた。
自ら進んで——
「魔王の一部」となることを選んだ狂信者。
「……森蘭丸か」
勝頼が、呟いた。
「ええ」
蘭丸は、微笑んだ。
そして——
彼岸花の花粉が、舞い始めた。
甘美なる地獄。
幻覚。
「くっ……!」
勝頼が、膝をついた。
謙信も——
一瞬、動きを止めた。
だが——
本多忠勝だけが、平然と槍を振るった。
「効かぬ」
忠勝の声が、静かに響いた。
「拙者の魂は、すでに主君に捧げている」
忠勝の目が、鋭く光った。
「貴様の入る隙間などない」
「……可愛くないですね、貴方」
蘭丸が、不機嫌そうに言った。
戦闘開始。
蘭丸は——
素早く、城の構造を操る能力で翻弄する。
忠勝の剛剣が——
蘭丸に迫る。
だが——
蘭丸が床を液状化させて、回避した。
「無駄ですよ」
蘭丸が、微笑んだ。
「私はこの城そのもの」
蘭丸の声が、響いた。
「愛は、物理では斬れません」
千代女が——
クナイで攻撃した。
だが——
蘭丸の翼に弾き返された。
「きゃあ!」
千代女が、倒れた。
窮地。
「貴女のその忠誠心……美しい」
蘭丸が、千代女に近づいた。
「信長様に捧げましょう」
その時——
昌幸が、ニヤリと笑った。
「愛は物理で斬れない?」
昌幸の目が、鋭く光った。
「……甘いな、お坊ちゃん」
昌幸は——
千代女に目配せした。
千代女が——
わざと隙を作った。
蘭丸が——
千代女を捕らえようと壁から飛び出した。
その瞬間——
昌幸が、指で六枚の銭を弾いた。
六文銭。
銭が——
蘭丸の周囲に張り付いた。
見えない檻。
結界。
「な……!?」
蘭丸の動きが、止まった。
「愛だの絆だの」
昌幸が、静かに言った。
「繋がりがあるから、そこが『急所』になるのです」
千代女が囮になって誘導した場所が——
まさに、六文銭の中心だった。
「今だ!」
昌幸が、叫んだ。
勝頼が——
蘭丸の背後に回った。
そこには——
城と繋がる血管があった。
魔力の供給路。
勝頼が——
信玥の炎を纏った刀で、それを焼き切った。
ゴォォォォォ!!
ズバァッ!!
「あ……ぁ……」
蘭丸の断末魔が、響いた。
そして——
蘭丸の美しい翼が、崩れ落ちた。
ただの少年に——
戻っていく。
「……眠れ、若造!」
忠勝と謙信が——
左右から挟撃した。
ズバァッ!!
二人の一撃を受け——
蘭丸は、崩れ落ちた。
消滅する蘭丸に——
勝頼は、敬意を払った。
「狂っていたが……」
勝頼の声が、静かに響いた。
「その忠義、見事だった」
勝頼は、続けた。
「……安らかに眠れ」
「……」
蘭丸は、微笑んだ。
そして——
静かに言った。
「あの方を……」
蘭丸の声が、消えかけていた。
「孤独から救ってあげてください」
蘭丸は——
光となって、消えていった。
「……」
勝頼は、黙っていた。
「行くぞ」
勝頼の瞳が、紫紺に輝いた。
「魔王が待っている」
目の前には——
天守へと続く最後の扉がそびえ立っていた。
魔界の門。
「……いよいよだな」
忠勝が、呟いた。
「ああ」
勝頼は、頷いた。
「扉を開けろ」
勝頼が、号令を発した。
昌幸が——
扉に手をかけた。
ゴゴゴゴゴゴ……
扉が——
ゆっくりと開いていく。
そして——
その先には——
魔王・織田信長が待っていた。




