第31話「富士の頂上会談と、狸の天秤」
甲斐、躑躅ヶ崎館。
柴田勝家の歓迎の宴。
広間には——
生者と死者が混在していた。
武田勝頼。
北条夫人・桂。
真田昌幸。
望月千代女。
柴田勝家。
そして——
影の四天王。
影・上杉謙信。
影・織田信忠。
異様な光景。
「はははは!」
勝家が、豪快に笑った。
「長生きはするもんじゃな」
勝家は、影の謙信に酒を注いだ。
「地獄の釜の底で宴会とは」
「ふん」
影・謙信が、鼻で笑った。
「鬼も死んでいない様子だな」
「当たり前よ」
勝家は、酒を飲み干した。
「死ぬ前に、やらねばならんことがある」
勝家の目には——
決意が宿っていた。
その時——
使者が到着した。
「殿!」
使者が、進み出た。
「徳川家康殿より、書状が届きました」
「……徳川?」
勝頼は、目を細めた。
書状を開く。
そこには——
こう書かれていた。
『富士の裾野にて、茶でも飲まぬか』
「……家康か」
勝頼は、呟いた。
富士山麓、中立地帯。
徳川家康が、少数の供回りだけで待っていた。
だが——
その背後には、徳川四天王が勢揃いしていた。
本多忠勝(黒き鹿角)。
井伊直政(若き赤鬼)。
酒井忠次。
榊原康政。
「……来たか」
家康が、呟いた。
勝頼が——
真田昌幸と影の護衛を連れて現れた。
影・山県昌景。
影・馬場信春。
影・内藤昌豊。
影・高坂昌信。
影・上杉謙信。
「……」
本多忠勝と影・上杉謙信が——
互いに見つめ合った。
黒き鹿角と、白き軍神。
武器には手をかけず——
闘気だけで空間を歪ませる。
ゴゴゴゴゴゴ……
そして——
井伊直政と影・山県昌景が——
互いに見つめ合った。
「武田の赤備え……」
直政が、呟いた。
「亡霊となっても色褪せぬか」
直政の目が、鋭く光った。
「だが、これからの『赤』は井伊の色よ」
「フン」
影・山県が、鼻で笑った。
「威勢だけの若造かと思ったが……」
山県の目が、鋭く光った。
「芯は通っておる。良い『継承者』が現れたものだ」
酒井忠次と榊原康政も——
影の馬場・内藤・高坂と、無言の腹の探り合いをしていた。
空気が、張り詰めた。
だが——
家康が、静かに言った。
「茶が不味くなる」
その一言で——
場が静まった。
家康と勝頼が——
向かい合って座った。
「勝頼殿」
家康が、口を開いた。
「貴殿の『影』は、確かに強力だ」
家康の目が、鋭く光った。
「だが、これほどの英雄たちを従える業」
家康は、続けた。
「……背負う覚悟はあるのか」
家康は——
勝頼の精神性を問うていた。
「……」
勝頼は、しばらく黙っていた。
そして——
静かに答えた。
「俺は、綺麗な王にはなれん」
勝頼の瞳が、紫紺に輝いた。
「だが、泥を啜り、業を背負ってでも、民を『魔』から守る盾にはなれる」
勝頼は、続けた。
「綺麗事は、徳川殿に任せる」
勝頼の声が、静かに響いた。
「俺は、闇の中で汚れ役を引き受ける」
「……!」
家康は、目を見開いた。
そして——
ニヤリと笑った。
「……よかろう」
家康は、茶を飲んだ。
「ならば徳川は、貴殿が守った民が暮らすための『太平の世』を準備しよう」
家康の目が、鋭く光った。
「未来の役割分担じゃ」
徳川と武田・北条連合の間で——
事実上の軍事同盟が成立した。
対魔王協定。
「……感謝する」
勝頼は、深く頭を下げた。
「これで、後顧の憂いなく西へ進める」
「ふむ」
家康は、頷いた。
「だが、勝頼殿」
家康は、続けた。
「貴殿が魔に堕ちた時は——儂が討つ」
「……ああ」
勝頼は、頷いた。
「その時は、頼む」
二人の視線が——
交錯した。
会談を終えた直後。
望月千代女が——
蒼白な顔で現れた。
「殿!」
千代女が、叫んだ。
「一大事です!」
千代女の声が、震えていた。
「安土の魔王が……動き出しました!」
「……!」
勝頼は、目を見開いた。
「安土城が——変異しました!」
千代女は、続けた。
「城の土台から、無数の巨大な『脚』が生え……」
千代女の報告は、絶望的だった。
「大地を削り取りながら、東へ進軍しています!」
その姿は——
城ではなく、国を食い荒らす巨大な妖蟲。
「京の都は既に焼かれ、西日本は焦土と化しています!」
「……くそ」
勝頼は、拳を握りしめた。
「ついに、来たか」
勝頼の瞳が、激しく輝いた。
安土。
織田信長は、変異した安土城の天守に立っていた。
その城は——
巨大な妖蟲のように、動いていた。
無数の脚が——
大地を削り取りながら進んでいく。
「くくく……」
信長が、嗤った。
「勝頼よ。待っておるぞ」
信長の目は——
赤く光っていた。
「この世を、余の地獄に染め上げてやろう」
安土城が——
東へと進んでいく。
京が——
炎に包まれていた。
西日本が——
焦土と化していた。
甲斐。
勝頼は——
全軍に号令を発した。
「全軍、出陣の準備をせよ!」
勝頼の声が、響き渡った。
「魔王との決戦だ!」
影の軍団が——
一斉に動き出した。
そして——
最終章が、始まろうとしていた。




