第30話「鬼の慟哭と、冥府の援軍」
近江北部、賤ヶ岳。
柴田勝家は、魔物化したかつての部下たちを斬り続けていた。
心身ともに——
限界を迎えていた。
斧は、刃こぼれしていた。
全身——
傷だらけ。
それでも——
勝家は、倒れなかった。
「来い!」
勝家が、叫んだ。
「わしを喰らって、その穢れた血肉となせ!」
勝家の咆哮が、響き渡った。
だが——
その時。
「しぶといのう」
羽柴秀吉が、冷笑した。
「おい官兵衛」
秀吉は、黒田官兵衛を呼んだ。
「はい」
官兵衛が、進み出た。
「あの鬼を、生け捕りにせよ」
秀吉の目が、鋭く光った。
「最高の『種馬』になる」
「……!」
勝家は、歯噛みした。
尊厳を奪われ——
獣にされようとしている。
絶体絶命。
だが——
その時。
ゴォォォォォ……
突如、戦場に猛吹雪が吹き荒れた。
「な……!?」
秀吉が、目を見開いた。
「むさ苦しい男たちだ」
声が、響いた。
「……少し、頭を冷やせ」
影・上杉謙信が、白銀の剣を振るった。
その瞬間——
襲いかかる魔獣たちが、氷像のように美しく凍りついた。
そして——
砕け散った。
キラキラと輝く氷の破片が、宙を舞う。
「う、上杉……謙信!?」
勝家が、驚愕した。
「なぜ死人がここに……!」
「死人ではない」
謙信は、静かに言った。
「冥府の先兵だ」
謙信の白銀の剣が、魔獣を斬り裂く。
その圧倒的な「美」と「暴力」に——
戦場が一瞬で静まり返った。
「……下がれ『鬼』よ」
謙信の声が、静かに響いた。
「ここは『軍神』の戦場だ」
その時——
秀吉軍の側面を、武田勝頼率いる影の四天王が強襲した。
「全軍、突撃!!」
影・山県昌景が、叫んだ。
影の軍団が、秀吉軍に襲いかかる。
「くっ……!」
秀吉軍が、混乱した。
勝頼が——
勝家の前に立った。
「柴田勝家」
勝頼の声が、響いた。
「ここで犬死にするか?」
勝頼の瞳が、紫紺に輝いた。
「それとも、俺と共に『魔王』と『獣』を殺すか?」
「……!」
勝家は、葛藤した。
「貴様は敵だ!」
勝家が、叫んだ。
「織田の敵だ!」
「織田はもういない!」
勝頼が、叫び返した。
「安土にいるのは化け物、目の前にいるのは外道だ!」
勝頼は、続けた。
「……お市の方を救いたくはないのか!」
「……!」
「お市」という名が出た瞬間——
勝家の目に、正気が戻った。
「お市様……」
勝家は、呟いた。
そして——
咆哮した。
「……外道どもめ!」
勝家が、叫んだ。
「わしの命、くれてやる!」
勝家は、立ち上がった。
「その代わり、お市様だけは救い出すぞ!」
勝家が——
勝頼の手を取った。
物理的な握手。
「冷たいな……」
勝家が、呟いた。
「これが、地獄の温度か」
「ああ」
勝頼は、頷いた。
「だが、アンタの命は火傷しそうなほど熱い」
勝頼の瞳が、紫紺に輝いた。
「……その熱さ、俺の軍には必要だ」
生者の熱。
死者の冷気。
それが——
混ざり合った。
新たな力が、生まれる瞬間。
「……よし」
勝家は、頷いた。
「行くぞ、勝家!」
「おう!!」
勝家が、叫んだ。
影・山県昌景と柴田勝家。
かつての宿敵同士が——
背中を合わせた。
「おい赤鬼!」
山県が、叫んだ。
「遅れるなよ!」
「誰に口を利いている!」
勝家が、叫び返した。
「わしの方が年季が入っとるわ!」
二人は——
言い合いながらも、動いた。
山県の槍と勝家の斧が——
同時に閃いた。
巨大な魔獣が——
X字に切り裂かれた。
「……!」
それを見た兵たちが、戦慄した。
「二人の鬼神だ……!」
その圧倒的な武力の前に——
秀吉軍の包囲網が、崩壊していった。
「……くそ」
秀吉が、舌打ちした。
「殿」
黒田官兵衛が、進み出た。
「勝頼が出てきては、厄介です」
官兵衛の目が、鋭く光った。
「ここは引きましょう」
「……ふむ」
秀吉は、考え込んだ。
そして——
ニヤリと笑った。
「勝頼と勝家、そして謙信」
秀吉の目が、鋭く光った。
「……これだけの役者が揃えば、あるいは『魔王』と相打ちになるかもしれん」
「……!」
官兵衛は、秀吉の真意を悟った。
漁夫の利。
自分が手を汚さずに——
信長を弱らせるつもりだ。
「よし、退け」
秀吉が、号令を発した。
秀吉軍は——
撤退していった。
賤ヶ岳。
戦場は——
静まり返っていた。
勝家は——
勝頼に保護されていた。
「行くぞ、勝家」
勝頼が、静かに言った。
「甲斐へ来い」
勝頼の瞳が、紫紺に輝いた。
「……そこで牙を研げ」
「……ああ」
勝家は、頷いた。
勝家は——
複雑な表情をしていた。
敵だった勝頼に——
命を救われた。
だが——
お市の方を救うために。
そして——
織田信長という魔王を討つために。
「よろしく頼む、勝頼」
勝家の声には——
複雑な信頼が滲んでいた。
「ああ」
勝頼は、頷いた。
かくして——
東国に、新たな戦力が加わった。
武田勝頼。
北条氏直。
上杉謙信(影)。
そして——
柴田勝家。
対魔王連合が——
結成されようとしていた。
遠くから——
羽柴秀吉が、戦場を見つめていた。
「……面白くなってきたのう」
秀吉は、ニヤリと笑った。
「だが、最後に笑うのは、わしじゃ」
秀吉の目には——
冷たい野心があった。




