第26話「西からの濁流と、無視された岐阜」
美濃国、岐阜城。
織田信忠は、天守から西の街道を見下ろしていた。
そこには——
異様な軍勢が、通過していた。
羽柴秀吉の軍勢。
人間と魔物が、混在していた。
角を生やした巨人。
翼を持った鳥人。
異形たちが——
我が物顔で、美濃の街道を通過していく。
「殿!」
家臣が、進み出た。
「秀吉め、岐阜城への挨拶もなく、勝手に街道を使用しております!」
家臣の声には、怒りが滲んでいた。
「これは謀反に等しい狼藉!」
「……」
信忠は、黙っていた。
そして——
静かに言った。
「捨て置け」
「殿!?」
家臣が、驚愕した。
「奴の連れている『異形』と今戦えば、美濃は崩壊する」
信忠の声には、悔しさが滲んでいた。
父・信長は魔王化した。
東には勝頼。
西からは秀吉。
信忠は——
挟み撃ちの状態だった。
面目を殺して、静観するしかない。
絶望的な状況。
「……くっ」
信忠は、拳を握りしめた。
だが——
動けなかった。
信濃国境。
勝頼の聖域。
逃げてきた難民たちが、国境に殺到していた。
「助けてくれ!!」
「西から化け物が!!」
難民たちの悲鳴が、響き渡る。
その背後から——
巨大な異形が現れた。
牛頭の巨人。
角を生やし、全身が黒い鱗に覆われた巨人。
その手には——
身の丈ほどある巨大な鉄の金棒。
福島正則。
秀吉配下の武将。
信長の瘴気と黒田官兵衛の呪術で合成され——
異形と化していた。
「ガハハハ!」
福島正則が、蛮声を上げた。
「信忠様が怯えて動けぬゆえ、俺たちが代わりに狩りをしてやるわ!」
福島正則が、金棒を振り回した。
ドガァン!!
地面が、抉れた。
「ひぃぃ!!」
難民たちが、悲鳴を上げた。
だが——
その時。
ゴォォォォォ!!
紅蓮の炎が、福島正則を襲った。
「なんだ!?」
福島正則が、驚いた。
聖域の内側から——
影・仁科盛信が飛び出してきた。
「美濃を抜けてきたか……!」
盛信の全身から、紅蓮の炎が立ち上った。
「兄上の庭で、好き勝手はさせん!」
盛信の炎が、福島正則を包み込んだ。
ゴォォォォォ!!
炎が、福島正則を焼く。
だが——
福島正則は、豪快に笑い飛ばした。
「ぬるいぬるい! 秀吉様の抱擁に比べれば、涼しい風よ!」
福島正則は、金棒を振り回した。
炎を、叩き消していく。
「くっ……!」
盛信が、後ずさった。
その時——
影の軍団が、戦場に到着した。
「盛信殿、下がれ!」
影・内藤昌豊が、号令を発した。
「……単騎で城門を破るごとき膂力」
内藤の目が、鋭く光った。
「まともにぶつかっては、影が持ちませぬ」
内藤は、軍配を掲げた。
「全軍、包囲せよ! 足止めに徹しろ!」
影の軍団が、一斉に動き出した。
福島正則を、囲むように展開する。
だが——
正面からは挑まない。
絡め手で、足止めする。
「ちっ……!」
福島正則が、歯噛みした。
「ほう……」
真田昌幸が、扇子を叩いた。
「美濃の信忠殿は、この怪物を止められなかったか」
昌幸の目が、鋭く光った。
「あるいは、わざと通したか」
「いずれにせよ」
影・内藤昌豊が、静かに言った。
「織田の統制は、崩壊しております」
遠く離れた場所。
羽柴秀吉と黒田官兵衛が、戦場の様子を監視していた。
官兵衛の手元には——
戦場を模した盤上と、泥人形があった。
官兵衛が、泥人形を弄る。
すると——
現地の魔獣の動きが変わった。
「感応速度は良好」
官兵衛が、呟いた。
「ですが『個』としての強度が足りませんね」
官兵衛の目が、冷たく光った。
「次は、素材を変えましょう」
命を——
部品としか見ていない。
不気味な男。
「ありゃりゃ、正則の奴、止められおった」
秀吉は、笑った。
「武田の影、なかなかやるのう」
「……見極めはつきました」
官兵衛が、静かに言った。
「信忠様はもう『死に体』」
官兵衛の目が、鋭く光った。
「まずは東を牽制しつつ、我らは安土の力を頂きましょう」
「ふむ」
秀吉は、頷いた。
「ならば、矢文を送ろう」
秀吉は、書状を書いた。
そして——
矢に括りつけて、放った。
矢が——
勝頼の陣営へと飛んでいった。
信濃国境。
勝頼は、矢文を受け取った。
そして——
読んだ。
『美濃はあげるから、仲良くしようや』
「……」
勝頼は、静かに矢文を燃やした。
金赤の炎が、矢文を包む。
「他人の領土を勝手に切り売りするとは……」
勝頼の声には、憐れみが滲んでいた。
「秀吉、貴様には『領主としての品格』が欠けている」
勝頼の瞳が、紫紺に輝いた。
「王には、なれん男だ」
美濃国、岐阜城。
信忠は、城の奥深くにいた。
そこには——
封印された蔵があった。
信忠は、その扉を開けた。
中には——
妖刀や、禁書が納められていた。
かつて信長が封印した——
危険な品々。
「……力が、欲しい」
信忠は、自分の手を握りしめた。
爪が、手のひらに食い込む。
血が、滲んだ。
「父に……認められたい……」
信忠の声が、震えていた。
東の勝頼。
西の秀吉。
すべてが——
信忠を無視していた。
「……くそ」
信忠は、妖刀を見つめた。
その刀は——
禍々しい気を放っていた。
「……力が、欲しい」
信忠の目が——
狂気に染まり始めていた。
日本が——
混乱していた。
東の勝頼(死)。
西の秀吉(魔)。
中央の信長(王)。
そして——
南の家康(人)。
四つの勢力が——
それぞれの思惑で動き始めていた。
そして——
織田信忠は——
孤立し、狂気に堕ちようとしていた。




