第25話「東の聖域と、三河の古狸」
小田原城。
勝頼は、北条氏直と共に城の中庭に立っていた。
そして——
関東全域に巨大な結界を張る儀式を行おうとしていた。
「準備はいいか」
勝頼が、尋ねた。
「はい」
影の四天王が、頷いた。
「山県は南の朱雀——攻めを司る」
勝頼が、配置を告げた。
「馬場は西の白虎——守りを司る」
「内藤は東の青龍——風を司る」
「高坂は北の玄武——知を司る」
影の四天王が——
四方に配置された。
四神相応。
風林火山を、四神になぞらえた配置。
「行くぞ」
勝頼は、全身から紫紺の光を放った。
そして——
信玄の炎を解放した。
ゴォォォォォ!!
金赤の炎が、地を這う。
地を清める、浄化の炎。
「謙信!」
勝頼が、叫んだ。
「ふん」
影・上杉謙信が、白銀の剣を抜いた。
そして——
氷の冷気を解放した。
シュゥゥゥゥ……
冷気が、天を覆う。
天を清める、浄化の氷。
炎と氷。
地と天。
二つの力が——
融合していく。
そして——
空に、薄紫色の幕が広がった。
まるで——
オーロラのように。
【関東聖域化儀式 完了】
【織田信長の瘴気が届かない清浄な地となる】
「……!」
勝頼は、目を見開いた。
結界内では——
死者(影)が、生前の姿に近く見えた。
眼窩の炎が薄まり——
人間らしい表情が戻っていた。
空気も——
澄み渡っていた。
まるで——
穢れが消えたように。
「殿」
真田昌幸が、進み出た。
「人が増えれば、国力も増します」
昌幸の目が、鋭く光った。
「西の地獄から逃げてきた民こそが、我らの財産です」
「ああ」
勝頼は、頷いた。
影・穴山梅雪も、書類を手に進み出た。
「某が行政を取り仕切ります」
穴山の声には、不満が滲んでいたが——
職務は完璧だった。
「頼む」
勝頼は、頷いた。
場面転換。
西国、山陽道。
羽柴秀吉が、猛スピードで京へ戻っていた。
中国大返し。
だが——
その軍勢は、異様だった。
人間と魔物が、混在していた。
魔物たちが——
荷物を運び、秀吉の輿を担いでいた。
「ヒャハハ!」
鬼たちが、狂ったように笑っていた。
だが——
秀吉の命令には、従っていた。
まるで——
百鬼夜行のように。
「ええ眺めじゃ」
秀吉は、ニヤリと笑った。
「魔王の軍勢を、わしが『再利用』してやるわ」
秀吉の目が、鋭く光った。
信長以上の商魂。
強欲さ。
「官兵衛」
秀吉が、呼んだ。
「はい」
黒田官兵衛が、進み出た。
その手には——
呪符の首輪が握られていた。
「魔物どもを、制御し続けろ」
秀吉が、命じた。
「承知しました」
官兵衛は、魔物の首に呪符の首輪をつけていった。
まるで——
家畜を管理するように。
官兵衛の目には——
狂気的な光が宿っていた。
魔物を道具として扱う——
恐るべき術者。
「へへっ」
秀吉は、ニヤリと笑った。
「御屋形様も勝頼も、派手にやりおる」
秀吉の目が、鋭く光った。
「……だが、最後に笑うのはこの猿よ」
三河国、浜松城。
地下の密室。
徳川家康が、重臣たちを集めていた。
「東は死人の国、西は魔物の国」
本多正信が、静かに言った。
「……まともなのは、我ら徳川のみですな」
「ふむ」
家康は、頷いた。
その隣には——
顔半分を火傷で覆い、頭巾を被った僧侶がいた。
南光坊天海。
かつての、明智光秀。
「信長公は『第六天魔王』そのものと化しました」
天海の声が、静かに響いた。
「今のままぶつかれば、徳川とて消し飛びます」
「……」
家康は、黙っていた。
「ですが」
天海は、続けた。
「東の死、西の魔」
天海の声が、静かに響いた。
「この穢れた土を払い、浄土を作るのは——人である徳川様のみ」
天海は、家康の旗印を指した。
「厭離穢土・欣求浄土」
穢土を厭い、浄土を求める。
「……なるほど」
家康は、頷いた。
「某が、霊的防衛策を編み出しました」
天海は、巻物を広げた。
そこには——
複雑な呪術の図が描かれていた。
「これは……?」
家康が、尋ねた。
「信長公を封印するための、結界術です」
天海の声が、静かに響いた。
「今はまだ未完成ですが……いずれ、完成させます」
「……なるほど」
家康は、頷いた。
「頼む、天海」
「御意」
天海は、深く頭を下げた。
「では」
家康は、立ち上がった。
「今は動かぬ」
家康の目が、鋭く光った。
「奴らが潰し合うのを、待つ」
その言葉に——
控えていた徳川四天王が、呼応した。
酒井忠次。
榊原康政。
井伊直政(赤鬼)。
そして——
本多忠勝。
彼らは、生身の人間だった。
だが——
その闘気は、影や魔物に引けを取らなかった。
「東から死人が来れば叩き斬り、西から魔物が来れば串刺しにする」
本多忠勝が、静かに言った。
「殿は安心して昼寝でもしていてくだされ」
「ははは」
家康は、不敵に笑った。
「頼もしい限りよ」
家康の目が、鋭く光った。
「……勝頼、秀吉、信長」
家康の声が、静かに響いた。
「最後に立っているのが『人間』であることを、教えてやろう」
小田原城、天守。
勝頼は、西の空を見据えていた。
そこには——
赤い霧が立ち込めていた。
安土。
信長の本拠地。
「……静かだ」
勝頼が、呟いた。
嵐の前の静けさ。
次なる激動が——
始まる直前の緊張感。
「来るぞ」
勝頼の瞳が、紫紺に輝いた。
「魔王軍が、動き出す」
日本が——
四つに分割されていた。
東の勝頼(死)。
西の秀吉(魔)。
中央の信長(王)。
そして——
南の家康(人)。
四つの異なる「理」を持つ勢力が——
拮抗していた。
天下分け目の戦いが——
近づいていた。




