第24話「相模の獅子の涙と、救済の開門」
小田原への道中。
武田軍は、北条の支城を通過していた。
だが——
その城から、北条の軍勢が出撃してきた。
その先頭には——
北条氏照と北条氏邦。
北条氏政の弟たち。
「武田勝頼!」
氏照が、叫んだ。
「兄上は乱心されたかもしれん!」
氏照の声には、苦悩が滲んでいた。
「だが、我らが北条の民を見捨てるわけにはいかぬ!」
氏邦も、刀を抜いた。
「北条の誇りにかけて、ここは通さぬ!」
彼らは——
まだ人間だった。
魔物化していない。
ただ——
北条を守るために、決死の覚悟で立ちはだかっていた。
「……」
勝頼は、刀に手をかけた。
だが——
抜かなかった。
「全軍、攻撃を禁ずる!」
勝頼が、号令を発した。
「殿!?」
影の四天王たちが、驚いた。
「彼らは魔物ではない」
勝頼は、静かに言った。
「義士だ。殺すな」
「……!」
影の四天王たちは、頷いた。
「昌幸」
勝頼が、真田昌幸を呼んだ。
「はい」
昌幸が、進み出た。
「お前と桂で、説得してくれ」
「……承知しました」
昌幸は、頷いた。
そして——
桂と共に、前に出た。
「叔父上たち」
桂が、声をかけた。
「桂……!」
氏照が、目を見開いた。
「道を開けてください」
桂の声が、静かに響いた。
「父上の『魔』を祓えるのは、夫・勝頼しかおりません」
桂は、続けた。
「北条の名を、魔物の眷属として終わらせるのですか?」
「……!」
氏照と氏邦は、何も言えなかった。
その時——
勝頼が、前に出た。
そして——
全身から、金赤の炎を放った。
【権能:『侵略する火・信玄』】
浄化の炎。
温かく、優しい光。
それは——
破壊ではなく、救済の炎だった。
「……これは」
氏照が、呟いた。
「俺は、氏政殿を殺しに来たのではない」
勝頼の声が、響いた。
「氏政殿を『人として』還しに来たのだ」
「……!」
氏照と氏邦は、目を見開いた。
そして——
二人は、苦渋の決断をした。
「……兄上を、頼む」
氏照が、刀を収めた。
「北条の名を、守ってくれ」
氏邦も、刀を収めた。
二人は——
道を開けた。
「……ありがとう」
勝頼は、深く頭を下げた。
そして——
小田原城へと向かった。
小田原城、城内。
望月千代女が、城内を動いていた。
彼女の手には——
小さな布切れがあった。
護符。
勝頼の浄化の炎が込められた護符。
「これを、身につけなさい」
千代女が、魔に侵された兵に布を渡す。
兵が、それに触れた瞬間——
目から赤い光が消えた。
「……ぁ……」
兵が、正気を取り戻した。
「何を……俺は何を……」
「大丈夫よ」
千代女が、優しく言った。
「外の火は、敵ではない。救いだ」
「……!」
兵は、目を見開いた。
千代女は、次々と護符を配り歩いた。
そして——
正気を取り戻した兵や民が、声を上げ始めた。
「外の武田軍は、救いに来てくれたのか!」
「勝頼様が、俺たちを助けに!」
その声が——
城内で爆発的に広がっていった。
小田原城、天守。
北条氏直は、城壁の上に立っていた。
その目には——
苦悩が宿っていた。
城内では——
父・氏政が、完全に魔に取り憑かれていた。
「民を……民を集めよ……」
氏政の声が、響いていた。
「魔力の源にする……国を守るために……」
氏政は——
民を、食料として扱い始めていた。
「父上!!」
氏直が、叫んだ。
「おやめください!!」
だが——
氏政は、聞き入れなかった。
「これも国を守るためだ……」
氏政の目は、赤く充血していた。
「信長が来るぞ……信長が……」
氏政は、怯えていた。
恐怖に支配されていた。
「父上……」
氏直は、涙を流した。
その時——
城内から、民の声が聞こえてきた。
「勝頼様が、救いに来てくれた!」
「門を開けろ! 外の火は救いだ!」
民が——
勝頼を求めて、暴動寸前になっていた。
「……!」
氏直は、愕然とした。
「負けたか……」
氏直は、呟いた。
「民の心は、すでにあちらにある……」
氏直は、城壁の上に立った。
そして——
勝頼と視線が交錯した。
「今です!」
真田昌幸が、勝頼に叫んだ。
「城内の恐怖が希望に変わる『発火点』——ここで最大の浄化を見せつけるのです!」
「……わかった!」
勝頼は、全身から最大の炎を放った。
ゴォォォォォ!!
金赤の炎が、小田原城全体を照らした。
温かく、優しい光。
それは——
城内の民たちに、希望を与えた。
「あの火だ……!」
「救いの火だ……!」
民たちの声が、さらに大きくなった。
「……」
氏直は、決断した。
「……全軍、武器を収めよ」
氏直の声が、城内に響いた。
「これより勝頼殿を迎え入れ、父上の『介錯』をお願いする」
「殿!!」
家臣たちが、驚愕した。
「これは敗北だ」
氏直は、静かに言った。
「だが——せめて北条の矜持として、父を安らかに送る」
氏直の目には——
決意が宿っていた。
城門が——
開かれた。
小田原城、本丸。
勝頼と氏直が、並んで立っていた。
その前には——
魔物と化した氏政がいた。
「裏切るか、氏直ぉぉ!!」
氏政が、叫んだ。
その姿は——
もはや人ではなかった。
全身が黒い靄に包まれ——
目は赤く光っていた。
「父上……」
氏直は、刀を抜いた。
「すまない」
氏直の目から、涙が溢れた。
「だが——これが、北条の誇りを守る道だ」
勝頼も、前に出た。
そして——
全身から、金赤の炎を放った。
【権能:『侵略する火・信玄』】
ゴォォォォォ!!
炎が、氏政を包み込んだ。
だが——
それは、破壊の炎ではなかった。
浄化の炎。
黒い靄が——
焼き払われていく。
「……ぁ……」
氏政の目から、赤い光が消えていった。
正気を取り戻す。
「氏直……桂……」
氏政の声が、震えていた。
「父上!!」
氏直が、氏政の体を支えた。
桂も、駆け寄った。
「父上……!」
「……すまなんだ」
氏政は、二人を見つめた。
「北条を……頼む」
その時——
氏政の口から、黒い霧が抜け出した。
そして——
織田信長の声が、響いた。
幻聴か——それとも、遠隔地からの呪いか。
『……役立たずめ。まあよい、関東の「養分」は吸い尽くした』
その声は——
冷酷だった。
「……!」
勝頼は、拳を握りしめた。
氏政もまた——
信長の被害者だった。
氏政の声が、途切れた。
そして——
静かに、息絶えた。
「父上……!」
氏直と桂が、泣き崩れた。
翌日。
小田原城、広間。
氏直は、勝頼に頭を下げた。
「貴殿は、父の魂を救ってくれた」
氏直の声には、感謝が滲んでいた。
「北条は武田の『傘下』ではなく『盟友』として、共に魔王と戦おう」
「……ああ」
勝頼は、頷いた。
「よろしく頼む、氏直殿」
二人は、握手を交わした。
これにより——
関東の兵力と資源が、対信長戦の強力な力となった。
「行くぞ」
勝頼が、号令を発した。
「次は、安土だ」
影の軍団が、動き出した。
そして——
織田信長との決戦が、近づいていた。




