第20話「本能寺の変異と、鬼武蔵の咆哮」
京、本能寺。
夜。
炎が、建物を包んでいた。
「敵は本能寺にあり!!」
明智光秀の号令が、響き渡る。
一万三千の軍勢が、本能寺を包囲していた。
「信長様!!」
家臣たちの悲鳴が、響く。
炎の中——
織田信長は、一人で立っていた。
「……是非もなし」
信長の声が、静かに響いた。
だが——
その声には、何の動揺もなかった。
むしろ——愉快そうだった。
「ははは……ははははは!!」
信長が、笑い出した。
そして——
信長は、炎を吸い込み始めた。
ゴゴゴゴゴゴ……
「な……!?」
光秀が、目を見開いた。
信長の全身から、黒い靄が立ち上った。
それは——死の気配。
いや——それ以上の何か。
炎の中から——
無傷の信長が、歩み出てきた。
そして、その背後には——
焼死した兵たちが、骸炭となって蘇っていた。
「ひ……ひぃぃ!!」
明智軍の兵たちが、悲鳴を上げた。
骸炭の兵たちが、明智軍に襲いかかる。
「くっ……!!」
光秀は、咄嗟に懐から札を取り出した。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!!」
九字を切る。
そして——
両手を合わせ、真言を唱えた。
「ノウマク・サンマンダ・バザラダン・センダ・マカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン!!」
不動明王の真言。
その瞬間——
光秀の周りに、金色の障壁が張られた。
仏の加護。
骸炭の兵たちが、障壁に阻まれて弾かれる。
だが——
信長が、手を掲げた。
その瞬間——
炎が、光秀を襲った。
「ぐあああああ!!」
金色の障壁が、炎を防ぐ。
だが——
完全には防ぎきれなかった。
光秀の顔半分が、焼かれた。
「ぐっ……!」
光秀は、障壁を張りながら必死で逃げた。
「武士・明智光秀は……ここで死んだ」
光秀は、呟いた。
「これよりは……魔を封じる『僧』として生きる」
光秀は、焼け爛れた顔を隠して——
闇に消えた。
信長は、追わなかった。
ただ——
天に向かって嗤った。
「人の世は、終わった」
信長の声が、京の夜空に響き渡った。
「これよりは、余の世よ」
近江国、安土城付近。
勝頼軍が、進軍していた。
「殿」
真田昌幸が、勝頼に進み出た。
「もうすぐ、安土です」
「……ああ」
勝頼は、前方を見据えた。
そこには——
安土城が、そびえ立っていた。
だが——
その城の周りには、赤い霧が立ち込めていた。
「……何だ、あれは」
勝頼が、呟いた。
その時——
前方に、一人の武将が立ちはだかった。
「ヒャハハ!!」
狂気の笑い声。
全身から高熱の蒸気を噴き出す、巨漢の武将。
その手には、十文字の穂先を持つ巨大な槍。
人間無骨。
森長可。
通称「鬼武蔵」。
「来たか、死人ども!!」
森長可が、叫んだ。
「殿、下がってください!」
影の山県昌景が、前に出た。
「某が相手をします!」
影の馬場信春も、続いた。
「我らが、止めます!」
二人が、森長可に斬りかかった。
だが——
「遅ェ!!」
森長可の槍・人間無骨が、一閃した。
ズバァッ!!
影の山県が、槍に貫かれた。
そして——
槍の熱が、影の山県を焼き尽くした。
「ぐっ……!?」
影の山県が、苦しんだ。
再生が、止まっていた。
森長可の槍は——
影を物理的に砕き、さらに信長から供給される「熱」で焼き尽くす。
「ヒャハハ! 力が! 信長様から力が溢れてくるぜぇ!」
森長可が、狂ったように笑った。
理性を失い——
純粋な破壊兵器となった男。
「くっ……!」
影の馬場が、森長可に突撃した。
だが——
森長可の槍が、影の馬場をも貫いた。
「ぐあっ……!」
影の馬場も、焼かれた。
再生が、止まった。
「山県! 馬場!」
勝頼が、叫んだ。
「私が相手をする」
影・上杉謙信が、前に出た。
謙信の白銀の剣が、氷の刃を纏った。
そして——
森長可に斬りかかる。
だが——
謙信の氷の刃が、森長可の体に触れる前に——
蒸発してしまった。
「……!」
謙信が、舌打ちした。
「相性が悪い。私の冷気では、奴の『無尽蔵の熱』を冷ませぬか」
謙信と森長可の激闘が、始まった。
ガキィン! ガキィン!
剣と槍がぶつかり合う音が、響き渡る。
謙信の剣が、森長可を斬った。
だが——
森長可の傷が、瞬時に再生した。
「ヒャハハ! 無駄だ無駄だ!」
森長可が、笑った。
「信長様から力をもらってる限り、俺は死なねぇ!」
「……厄介だな」
謙信が、呟いた。
勝頼は、戦場を見渡した。
森長可一人で——
影の軍団が、苦戦している。
「殿!」
真田昌幸が、勝頼に進み出た。
「これはいけません。感情論ではなく『理屈』で勝てない」
昌幸の声には、焦りが滲んでいた。
「安土からの魔力供給がある限り、鬼武蔵は不死身」
昌幸は、続けた。
「そして我々の影は『熱』に弱い。近づけば溶かされます」
「……!」
勝頼は、歯噛みした。
「勝つには、あの熱量を相殺し、飲み込むほどの『紅蓮の魂』が必要です」
昌幸の言葉に——
勝頼は、何かを思い浮かべた。
紅蓮の魂。
炎を操る者。
「……親父か」
勝頼は、呟いた。
武田信玄。
風林火山——
特に**「侵略すること火の如し」**の力。
「……退くぞ!」
勝頼が、号令を発した。
「甲斐へ戻る!」
「殿!?」
影の四天王たちが、驚愕した。
「今の俺たちでは、あの魔王を殺せない」
勝頼の瞳が、紫紺に輝いた。
「全軍、撤退せよ!!」
勝頼の号令が、響き渡った。
影の軍団が、撤退を始めた。
「謙信!」
勝頼が、叫んだ。
「ちっ……」
謙信は、舌打ちして森長可から離れた。
「待てぇ!!」
森長可が、追おうとする。
だが——
森長可は、深追いしなかった。
ただ——
安土城の方へ、遠吠えを上げた。
「ウオオオオオオ!!」
その咆哮が、夜空に響き渡った。
勝頼軍は、撤退していた。
安土城を背に——
甲斐へと向かう。
だが——
京と安土を中心とした近畿一円が——
赤い霧に包まれ始めていた。
魔境。
人の世ではない、化け物の世界。
勝頼は、背後の空を見た。
京が、赤く燃え上がっている。
それに対抗するため——
勝頼は、父・信玄の力を思い描いた。
風林火山。
そして——
「侵略すること火の如し」。
「親父……」
勝頼は、呟いた。
「お前の『火』が必要だ」
勝頼の瞳が、激しく輝いた。
「今度こそ、俺に従ってもらうぞ」
影の軍団が、甲斐へと向かっていく。
そして——
勝頼は、父・信玄の墓所へと向かう決意をした。
最強の魂。
武田信玄。
それを手に入れるために。
月明かりの下、影の軍団が進んでいく。
そして——
物語は、新たな局面を迎えようとしていた。




