第17話「雪の女神と、未完の進軍」
林泉寺、墓所。
純白の光が、渦を巻いていた。
その中から——
人の形が、現れた。
長身。
抜群の肢体。
そして——銀髪の絶世の美女。
「……!」
勝頼は、目を見開いた。
これが——上杉謙信?
「ふん……」
銀髪の美女は、勝頼を見て顔をしかめた。
「なんだ、お前は。信玄の小僧か?」
その声は、冷たく響いた。
「親父に似て、いやらしい目をしているな」
「……!」
勝頼は、何も言えなかった。
上杉謙信——
軍神と呼ばれた男は——
男ではなかった。
女だった。
影・上杉謙信。
銀髪の女武者が、勝頼の前に立っていた。
「で、私をこんな姿にして、何がしたい?」
謙信は、勝頼を見下ろした。
「親父のように、汚い策で天下でも盗るか?」
謙信の声には、軽蔑が滲んでいた。
「……いや」
勝頼は、真っ直ぐに謙信を見返した。
「俺は、策など弄さない」
勝頼の瞳が、紫紺に輝いた。
「死者の力で、正面から全てを蹂躙する」
「……ほう」
謙信は、興味深そうに勝頼を見た。
「俺は清廉潔白な英雄ではない。地獄の王だ」
勝頼は、続けた。
「父・信玄は立派な武将だったが、俺は違う。俺は、勝つためなら悪魔にでもなる」
その言葉に——
謙信は、艶やかに笑った。
「……くくっ。なるほど」
謙信は、勝頼に近づいた。
「聖人ぶっていた親父殿より、よほど正直でいい」
謙信は、勝頼の顎を持ち上げた。
「気に入ったぞ、小僧。いや——冥府の王よ」
謙信の瞳が、妖しく輝いた。
「その『混じりっけなしの闇』、私の白き剣で支えてやろう」
【魂魄抽出完了:影の軍神・上杉謙信】
【階級:軍神 / 特性『越後の龍』を保持】
【権能『毘沙門天の加護』が解放される】
その瞬間——
周囲の空気が、変わった。
圧倒的な冷気。
そして——神聖な力。
「……!」
勝頼は、その力に圧倒された。
謙信は、寺の外を見た。
そこには——
土下座している直江兼続と上杉景勝の姿があった。
「で、私を殺したのがお前たちか」
謙信の声が、冷たく響いた。
「厠で倒れたことにしたが、あの酒の味は忘れておらぬぞ」
「……!」
兼続の顔が、青ざめた。
「申し訳ございません!!」
兼続が、地面に額を擦り付けた。
「北条から養子を迎えれば、上杉は乗っ取られる!」
兼続の声が、震えていた。
「上杉の純血を守るため、毒を盛りました!!」
「……」
謙信は、ため息をついた。
「くだらぬ。お前たちも結局、信玄と同じか」
謙信は、寂しそうに言った。
「保身のために肉親を謀る……人の世の『欲』には、もう飽き飽きだ」
謙信は、空を見上げた。
「私が死を受け入れたのは、自陣営にも信玄のような薄汚い謀略が蔓延したからだ」
謙信の声には、深い失望が滲んでいた。
「……もう、この世に未練はなかった」
だが——
謙信は、勝頼に向き直った。
「だが、お前は面白い」
謙信は、ニヤリと笑った。
「私の未完の進軍——対 信長戦を、お前の軍で再開する」
謙信は、勝頼の肩に手を置いた。
「飽きるまで付き合ってやるぞ、小僧」
「……ああ」
勝頼は、頷いた。
「頼む、謙信」
謙信は、満足そうに笑った。
林泉寺を出る勝頼たち。
その背後には——
影の軍団が、静かに従っていた。
影の山県昌景。
影の馬場信春。
影の内藤昌豊。
影の穴山梅雪。
影・仁科盛信。
そして——
影・上杉謙信。
最強の将たちが、勝頼の配下にいる。
「……武田殿」
その時——
無口な上杉景勝が、初めて口を開いた。
「何だ?」
勝頼が、振り向いた。
「感謝する」
景勝は、深く頭を下げた。
「軍神という重荷を、貴殿が引き受けてくれた」
景勝の声には、安堵が滲んでいた。
「これで某は、人間として国を治められる」
「……礼には及ばん」
勝頼は、そう言って景勝に背を向けた。
「行くぞ」
勝頼が、号令を発した。
影の軍団が、動き出す。
目指すは——京。
だが——
その道中、美濃国には織田信忠率いる織田の主力軍が待ち構えている。
「親父の前に、息子を片付ける」
勝頼の瞳が、紫紫に輝いた。
「行くぞ」
影の軍団が、南へと進軍していく。
謙信は、勝頼の隣を歩きながら言った。
「小僧、気に入ったぞ」
謙信は、ニヤリと笑った。
「お前の戦、面白くなりそうだ」
「ああ」
勝頼は頷いた。
「お前の力を、存分に見せてもらう」
二人が、並んで歩いていく。
その背後には——
最強の影の軍団。
そして——
天下分け目の戦いが、近づいていた。
月明かりの下、影の軍団が南へと進んでいく。
織田信忠。
そして——織田信長。
二人の魔王が、待っている。
だが——
勝頼は、恐れなかった。
「待っていろ、信長」
勝頼の声が、夜空に響いた。
「俺が、必ず討ち取る」




