第14話「魔王の覚醒と軍神への道」
駿河、徳川軍本陣。
深夜。
静寂に包まれた陣営に、突如として異変が起きた。
「敵襲ッ!!」
見張りの兵の叫び声が、夜空に響き渡った。
背後の山——
断崖絶壁で人の踏み入ることすらできないはずの山道から、黒い影の軍団が雪崩れ込んできた。
「まさか……! あの断崖を越えてきただと!?」
徳川家康は、陣幕から飛び出して目を見開いた。
四千の影の兵士たちが、まるで黒い津波のように押し寄せてくる。
その先頭には——
紫紺の瞳を輝かせた武田勝頼。
「家康ッ!!」
勝頼の声が、夜空に響いた。
「全軍、突撃せよ!!」
影の軍団が、一斉に動き出した。
徳川軍は、完全に虚を突かれていた。
背後からの奇襲。
それも、到底越えられないはずの山道を越えての攻撃。
「くっ……! 全軍、迎撃せよ!!」
家康が叫ぶが——
もう遅かった。
影の軍団が、徳川軍に襲いかかる。
「ぎゃあああああ!!」
悲鳴が響く。
徳川軍は、大混乱に陥っていた。
勝負は、決まったかに見えた。
だが——
その時。
ゴォォォォォ……
突如として、圧倒的な光が戦場を照らした。
いや——光ではない。
闘気。
圧倒的な生命力の奔流。
「な……!?」
勝頼が、目を見開いた。
その光の中心に——
一人の巨漢が立っていた。
鹿角の兜。
長大な槍。
本多平八郎忠勝。
「……」
忠勝は、何も言わなかった。
ただ——蜻蛉切を構えた。
その瞬間——
ブン!!
忠勝が槍を一振りした。
それだけで——
周囲の影の兵士たちが、消滅した。
斬られたのではない。
蒸発した。
まるで、朝日に照らされた霧のように。
「な……!?」
勝頼が、驚愕した。
影の兵士たちが、次々と消えていく。
忠勝の纏う生命力が強すぎて——
死の穢れを、焼き払ってしまう。
「山県! 馬場! 内藤!」
勝頼が、影の四天王を呼んだ。
「奴を討て!!」
「御意!!」
影の山県昌景が、赤いオーラを纏って突撃した。
神速の突き。
だが——
ガキィン!!
忠勝の槍が、それを弾いた。
「くっ……!?」
影の山県が、後退する。
「某が!!」
影の馬場信春が、灰色のオーラで盾を構えて突進した。
不死身の盾。
だが——
ズバァッ!!
忠勝の蜻蛉切が、一閃した。
影の馬場の盾が——紙のように切り裂かれた。
「ぐっ……!?」
影の馬場が、吹き飛ばされる。
「……化け物め」
影の内藤昌豊が、呻いた。
「奴の周りだけ、理がねじ曲がっておる」
忠勝は、無傷だった。
ただ——蜻蛉切を構えて立っているだけ。
だが、その存在感は圧倒的だった。
「我が殿には、指一本触れさせぬ」
忠勝の声が、重く響いた。
影の四天王が、三人がかりで挑んでも——
傷一つつけられない。
「くっ……!」
勝頼は、拳を握りしめた。
今の俺の力では——
この男を影にすることはおろか、殺すこともできない。
「殿!!」
真田昌幸の声が、響いた。
「これはいけません! 相性が悪すぎます! 撤退を!!」
「……!」
勝頼は、歯噛みした。
だが——
その時。
ゴゴゴゴゴゴ……
大地が、揺れた。
いや——揺れたのではない。
魂が、共鳴している。
西の空——京の方角が、赤く染まった。
「な……!?」
勝頼が、目を見開いた。
何かが起きている。
何か——恐ろしいことが。
京、本能寺。
炎が、建物を包んでいた。
「敵は本能寺にあり!!」
明智光秀の号令が、響き渡る。
一万三千の軍勢が、本能寺を包囲していた。
「信長様!!」
家臣たちの悲鳴が、響く。
炎の中——
織田信長は、一人で立っていた。
「……是非もなし」
信長の声が、静かに響いた。
だが——
その声には、何の動揺もなかった。
むしろ——愉快そうだった。
「ははは……ははははは!!」
信長が、笑い出した。
「光秀……貴様、よくぞ裏切ってくれた!!」
信長の全身から、黒い靄が立ち上った。
それは——死の気配。
いや——それ以上の何か。
「な……!?」
炎の外で指揮を執っていた光秀が、目を見開いた。
炎の中から——
無傷の信長が、歩み出てきた。
そして、その背後には——
焼死したはずの兵たちが、炎を纏った亡者となって蘇っていた。
「ひ……ひぃぃ!!」
明智軍の兵たちが、悲鳴を上げた。
「貴様も、余の贄となれ」
信長が、手を掲げた。
炎の亡者たちが、明智軍に襲いかかる。
「くっ……!!」
光秀は、咄嗟に懐から札を取り出した。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!!」
九字を切る。
その瞬間——
光秀の周りに、淡い結界が張られた。
炎の亡者たちが、結界に阻まれて弾かれる。
「……ほう」
信長が、興味深そうに光秀を見た。
「貴様、陰陽の心得があったか」
「こ、これは人の世の業ではない……!」
光秀は、震えながら叫んだ。
「信長様……貴方は、一体……!?」
「余は、第六天魔王だ」
信長が、嗤った。
「そして今——真の魔王へと覚醒した」
信長の影が、巨大化していく。
それは——もはや人の形ではなかった。
「逃げろ!! 全軍、撤退だ!!」
光秀が、叫んだ。
明智軍が、逃げ出す。
だが——
炎の亡者たちが、次々と追いかけていく。
光秀は、結界を張りながら必死で逃げた。
「この魔王を封じる術を……見つけねばならぬ……!」
光秀の姿が、闇に消えた。
駿河、徳川軍本陣。
勝頼は、西の空の異変を感じ取っていた。
「……信長が、覚醒した」
勝頼の顔が、青ざめた。
前門に忠勝。
後門に魔王。
今の戦力では——詰みだ。
「全軍!!」
勝頼が、叫んだ。
「撤退だ! 京へは行かぬ! 進路を変えろ!!」
「殿!?」
真田昌幸が、戸惑った顔をする。
「目指すは信濃だ!!」
勝頼が、叫んだ。
「信濃……?」
昌幸が、目を見開いた。
「魔王に対抗できるのは、神のみ」
勝頼の瞳が、紫紺に輝いた。
「軍神・上杉謙信を呼び起こす」
「……!」
昌幸の顔が、驚愕に歪んだ。
「まさか……殿、謙信様を!?」
「ああ」
勝頼は頷いた。
「奴なら——魔王と戦える」
勝頼は、影の軍団に号令を発した。
「全軍、北へ向かえ!!」
影の軍団が、方向を変えた。
本多忠勝の追撃を振り切り——
信濃の山岳地帯へと消えていく。
夜明け。
勝頼は、山の中で立ち止まった。
そして——
北の空を見上げた。
「待っていろ、越後の龍」
勝頼の瞳が、激しく輝いた。
「お前の魂、俺がもらう」
影の軍団が、静かに佇んでいた。
その数は、やや減っていた。
本多忠勝に焼き払われた分だ。
だが——
勝頼は、恐れなかった。
「信長を討つには、もっと強い力が必要だ」
勝頼は、拳を握りしめた。
「謙信……お前の力を、俺に貸せ」
月明かりの下、影の軍団が北へと進んでいく。
そして——
新たな戦いが、始まろうとしていた




