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露神の拳  作者: 齋藤十二
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その1

私はヘッペスタン中央情報局・特務少佐 アリス・エマヌエル。

先日、統合参謀総長であるオー・w・ワット大将から、直々に奇妙な密命を受けた。


「エマヌエル少佐、正一位大学院のヘンリー・ボンド博士は知っているな?」

ワット大将の第一声はこれだ。



私の記憶では、その男・・・天才、変人、狂人という噂がちらほら聞こえる、医学と生物工学の権威だ。


「君に、ボンド博士と共に『スタビネシアン』に潜入」

「その後、ボンド博士の指示に従ってもらいたい」



「つまり、ボンド博士の護衛ということでしょうか?」


エマヌエルは不審に思った。確かに自分は軍人として、並の兵士よりも遥かに腕が立つ。

だが、護衛として使える兵士なら、まだ他にも多数いる。

何故、自分のような情報将校が選ばれたのだろう?


不審感が表情に出たのだろうか?ワット将軍が続けた。


「・・・君が美しい女性であることも、この任に選ばれた理由の一つだ」

「今回の任務は、極秘にして、極めて重要なものだ」

「故に、本任務は、君の人としての尊厳を忖度はしない」

「だから拒否もできる・・・キャリアには多少傷が付くだろうが、それ以上のことは無い」

「過分な栄達を求めねば、影響は無いだろう」


なるほど、そこまではっきり言い切られれば、少しは納得だ。

そこまで言われて、臆するような覚悟はしていない。


「分かりました、詳しく内容をお聞かせ願いますか?」





***




「いやぁ、酷い暑さと砂嵐ですねぇ・・・」

「これで、夜は冷たい湿った雨が降るっていうのだから」


助手席でボンド博士がぼやいている。

移動用のジープの空調を全開にしても、汗が噴き出してくる。

砂嵐で視界がほとんど無いため、ノロノロ運転で進まざるを得ないため、『スタビネシアン』の最初の集落に辿り着くまで、どれくらいかかるか予想もつかない。


「これはまた、野宿でしょうかねぇ」

「また寒いんでしょうね・・・やれやれ」

ボンドのぼやきが途切れない。


エマヌエル少佐は、それを適当に聞き流している。


ボンド博士の第一印象は、軽薄な優男だった。

思ったより若く長身で、ボサボサの頭、無精ひげを整えさえすれば、色男と言って差し支えない風貌だ。


もっとも、エマヌエル自身はその美貌ゆえ、男に言い寄られることには慣れきっており、男の容貌の美醜にはまるで興味が無い。


それよりも、彼女が気になったのは、研究室にこもりっきりの青瓢箪かと思いきや、なかなかに逞しく、タフな一面を持つという事だった。腕利きの軍人であるエマヌエルが見ても、ボンドには、その方面の心得があるようだ。



悪天候の洗礼をうけた旅が数日間続くが、一向に『スタビネシアン』の集落は見つからない。


「・・・やはり「臓器狩り」の影響で、数が減っているのでしょう」

ボンドが渋い顔で言う、かなりの嫌悪感を抱いているらしい。


彼は、ソピアとヘッペスタンによるスタビネシアンの一元支配に批判的なのだ。

ボンドの個人情報にも、そういう報告が記載されていた。

もっとも、危険人物というほどの物ではない、人道的に『スタビネシアン』に同情的だということだ。学問の道に生き、政治に疎い者によくある傾向だ・・・そう、エマヌエルは思った。




***




今は、AI「ソピア」に管理された時代。



昔、世界は、多発する難問を解消すべく、二分された。

ソピアに従うプログラムを植え付けられた選民『ヘッペスタン』

乱雑な交配により発生した賎民『スタビネシアン』とに。



そして数十年が過ぎた。



ソピアが「自然動物」として放置した「スタビネシアン」は、「ヘッペスタン」の医療用パーツや人体実験用モルモットとして、時折捕獲されるものの、ヘッペスタンとスタビネシアンの交流は、ソピアが禁じた為、この数十年、研究として以外、ほとんど行われていなかった。



***



砂嵐が止むと、遠巻きに十名ほどの人影があるのを、エマヌエルは見た。

武装しているように見える・・・「人狩り」か?


チッと舌打ちして、銃を取り出し、ボンドには隠れるよう指示する。


「博士、人狩りだ、私が軍籍を示して言う事を聞かせてみる」

「交渉に失敗したら、迷わずこの車で逃げろ」



そう言うと、エマヌエルは車を降り「人狩り」たちの所へ歩んでいく。


頭目と思しき男と暫し交渉するが、男たちがエマヌエルの身体を撫でまわし始めると、発砲音がして、次の瞬間2~3名の男が同時に倒れた。


その混乱に乗じて、人狩りが乗って来た車の一台を奪い、エマヌエルは逃走を始める。


ボンドはすぐさま、エマヌエルの車を追った。



***



しばしのカーチェイスの後、エマヌエルが乗った車両がオーバーヒートした。

エマヌエルは、車体の影に隠れ銃器で応戦するが、多勢に無勢だ。

囲まれそうになった瞬間、ボンドが乗って来た車が、人狩りたちを蹴散らす。


「ボンド博士! 何故追って来た?」

「逃げろと言ったはずだ!」


エマヌエルが驚いて叫ぶと、ボンドが言う。


「美しいご婦人を置いて逃げるような教育を受けていなくてね」

「それより、少し荒っぽいから舌を噛まないように!」


ボンドがアクセルを踏み込む。



ボンドのステアリング捌きは悦に入ったもので、敵との距離が少しずつ離れていく。

だが、不運な事に、ガソリンの残量が残り少ない。

荷台に積んだガソリンを給油している間に、追いつかれてしまう。


「さて、困ったなぁ」


ボンドが緊迫感の無い口調で困っている。


「博士、銃は扱えるか?」


「多少ならね」




そう言うやり取りをしながら、残り少ないガソリンで有利な場所を探していると、遠くに人影が見えた。



「おい!聞こえるか?」

「向こうから『人狩り』が来る! お前も逃げろ!」


助手席からエマヌエルが叫ぶ。


すると、人影がコクリと頷いて、ある場所を指し示した。



「?」

「あれは・・・そうか、あそこに隠れろって事だな」

ボンドが一人納得して、ハンドルを切る。


「おい、博士! 一体何を」

エマヌエルが不安そうに言う。


「なに、大丈夫だ、ここはもう「スタビネシアン」のテリトリーなんだ!」

ボンドはそう答えて、車を走らせる。




しばらく走ると、ちょうど車を隠すのと、相手を迎え撃つのに最適な場所が見つかった。

そこに車を置き、銃器を取り出し、二人は迎え撃つ準備を始めた。


遠くに、先ほどの人影があり、すぐに人狩りの車に囲まれた。



- まずい、助けに行くべきか? -


エマヌエルは一瞬判断に悩む。



「・・・いや、多分大丈夫だ」

ボンドはそう言って、落ち着いている。


そうはいってもエマヌエルは落ち着かない。

見たところ、人影は十代の少女だ、到底屈強な男どもに抵抗できるはずもない。



すると、人影が動き、衣服を脱ぎ始めた。


さすがに容認しがたくなったか、エマヌエルが言う。

「おい、ボンド博士・・・ここに隠れていてくれ」

「私はあの少女を・・・」


そういう間に、周囲の人狩りは、次々と勝手に失神していった。



「え?」

エマヌエルは、その光景が信じがたかった。



「・・・やはり、メロスの民か」

「まさか、こんなに早く見つかるとはな」

ボンド博士が唸るように呟き、エマヌエルに言った。


「少佐、じゃ行きましょう!!」


ボンドが銃を手に、少女の方へと走って行く。

状況が今一つ掴めないエマヌエルは、ボンドに付いていく事にした。



「ありがとう、助けてくれて」

ボンドが、「スタビネシアン」独特の仕草による感謝の意を示すと、その少女が、脱いだ服を着つつ、ニッコリと笑った。


「ヘッペスタンから来たみたいだけど」

「やっぱり、サインの意味が分かったんだね」

少女が言った。



「ああ、僕はずっと「スタビネシアン」の人たちと交流してきたからね」

「僕はボンド、ヘンリー・ボンド、医者をやってる」

「で、彼女はアリス・エマヌエル、僕の助手だ」

「・・・お礼に、君の集落に医薬品を置いて行くよ」

「貰ってくれるかい?」


ボンドはニッコリと少女に笑いかける。

随分と手慣れたものだ・・・エマヌエルは、そう思った。


「うん、ありがとう」

「わたしはマナン・・・・マナン・コタイメ」

そう言って、ペコリと頭を下げた瞬間、



「動くなぁ!」


遠くから声がした。

銃火器を手にした、人狩りの残りがいたのだ。


「マズい、あれは長距離射程の重火器」

「物陰に隠れたところで、ひとたまりもない」

「数はこちらと同じ三人、火力でまるで及ばない・・・ひとまずは降参するふりをして」

エマヌエルが低く唸る。



「待って・・・あの位なら何とかなる」

「ボンド、手伝ってくれる?」

少女がボンドに問う。


「・・・まさか、君」

ボンドが驚いたような表情を浮かべる。


少女が頷くと、ボンドの前に立ち服を脱ぎ始める。

エマヌエルは呆れて叫んだ。

「お、おい! お前たち何をしている?」

「気でも狂ったのか??」



一糸まとわぬ姿の少女がボンドの顔を自分の胸に埋めた。


「・・・うん、このくらいなら大丈夫」


恥ずかしそうにそう言うと、ボンドからスッと離れ、演武のような動きをしたかと思うと、遠くにいる男たちに拳を突き出した。


男たちは顔が180度クルっと回って、立て続けに倒れて行った。


「・・・うん、もう大丈夫」

少女が再び服を着ながら、そう言った。



「驚いた、君がメロスの民の末裔だったとは・・・」

つくづく驚いたようにボンドが言う。


さらに驚いたのはエマヌエルの方だった。

「メロスの民だと?? しかも、あの力・・・」

「ワット大将の言っていた事は本当だったのか・・・」


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