第8話 対決
わたしは磐船神社を再び訪れようと準備をしていた。大型のスーツケースに着替えの衣類を納め、発掘調査用のキットなど研究用機材を入れられるだけ詰め込まなくてはならない。
今やわたしの手には碑文の情報がすべてある。他に必要なものは、実地での検証のみだった。
「仮説が検証できれば、考古学に革命を起こせる。私は歴史の証人として、研究史に名を残せる!」
失ったはずの希望がわたしの心中で燃えていた。
ポーン。
インターホンの画面に映ったのは、わたしとたもとを分かったかつての上司、武井教授だった。
「今更何の御用ですか?」
「話がある。通してくれたまえ」
教授はただでは引き下がらない気配を見せていた。
押し問答をする時間が惜しい。早く磐船神社に向かいたいと気がせいていた私は、教授を迎え入れてできるだけ早く話を済ませることにした。
「君が学内ネットワークに不正侵入したことが発覚した」
部屋に入るなり武井教授はわたしにそう告げた。
例の働き方改革の影響で、「無届の休日出勤」を監視しようとした管理部門がわたしの入退場とシステムへのアクセスの記録を発見したのだ。IDをチェックした結果、退職したはずの私のものであることが判明し、武井教授に状況確認の連絡があったのだという。
「これ以上騒ぎを起こしたくない。管理課には『忘れ物を取りに来た』と報告してある。データのダウンロードはわたしがついでに頼んだと説明した。ダウンロードしたデータを返してくれ」
ログを調べた管理課は、わたしがマヤ文字DBをダウンロードしたことまで確認していた。
「ご迷惑をかけてすみませんでした。これがダウンロードしたデータです」
わたしはUSBメモリを教授に差し出した。
マヤ文字データそのものは機密情報ではない。研究誌などに発表された公知の情報である。
時間をかければそうした発表データを入手することができるのだが、入手を急いだわたしは大学のDBにアクセスしたのだった。
「コピーは取っていないな? それと、このデータを利用したすべての研究データを抹消してくれ」
武井教授はわたしの目から視線をそらさずに、そう命じた。
「いいですよ」
わたしはあっさりと教授の要求にしたがった。
研究者にとって命に次に大切な研究成果であったが、わたしに最早執着はなかった。




