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岩船山奇譚  作者: 藍染 迅


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第2話 山行

 研究は一人ではできない。


 もちろん調査や分析は一人でもできるのだが、現代の研究室ではそれ以外の実務が多岐にわたっていた。

 すべてを自分で行うことなどできない。


 しかし、わたしに協力してくれる者は一人としていなかった。


「研究室を辞めたらどうかね?」


 ある日わたしを呼び出した武井教授がそう切り出した。


「君が学内で孤立していることは知っている。わたしが君に協力するようにと呼び掛けても、おそらく逆効果になるだろう。それなら別の職場を見つけてやり直した方がいい」


 わたしが望むなら推薦状を書いてやろうと、武井教授はいった。


「――辞めます。推薦は要りません」

「そうかね。推薦状なしで次の職場を探すのは難しいぞ」


 自分を告発した人間に対して、武井教授は公平だった。けっしてよくは思っていないだろう。

 いかに不正の疑いがあるとはいえ、自分を信じてくれなかった人間なのだから。


 それでも、わたしの研究成果には推薦の値打ちがあると教授はいってくれた。


「ありがとうございます。大学で働く道はあきらめました。自分には他人と共同して研究するという立場が向いていなかったのでしょう」

「残念だが、無理にとはいわんよ。――わたしも人間なのでね」


 そういって、武井教授はわたしの顔から目をそらした。


 わたしは大学を依願退職した。


「一身上の都合」と退職願に記入する時には、情けなくも涙がこぼれた。


「いつまでうじうじしていても仕方ない! ゼロからやり直せばいいじゃないか」

 

 将来に絶望したわたしは考古学を志すきっかけとなった思い出の地を訪れることにした。すべてを失ったなら、原点に戻ってやり直せばいい。

 大学の研究室で働く道は断たれたが、在野の研究者として研究を続け論文を発表する道もある。


 わたしは気力を奮い起こし、大阪府交野市にある磐船神社を訪れた。

 磐船神社の創立は古い。一説には1300年以上前といわれている。


 ご祭神は「饒速日命(ニギハヤヒノミコト)」。神武東征にさきがけて大和の地に降り立った天孫として知られている。高千穂と並ぶ「もうひとつの天孫降臨伝説」がこの地にあった。


 ご神体は「(あめ)磐船(いわふね)」だ。高さ、横幅ともに約12メートルもある巨大な岩石を神として崇めることからこの地の信仰は始まっている。


 日本全国に巨石をまつる神社は多い。神が宿る磐座(いわくら)と見なし、あるいは神の乗り物だと称する。

 山景の中に突如として現れる巨大な岩石は、途方もない違和感と重量感で見る者に迫る。そこに「神性」を垣間見るのは自然な情動なのかもしれない。小学生の私はこの磐船と出会い、文字通り圧倒された。それが考古学を志すきっかけとなったのだった。


 畏怖を感じずにはいられない磐船の壮大さに比較すれば、わたしの悩みなど取るに足らないものだと感じさせてくれる。


 何年ぶりかで岩船を見上げるわたしに、東京から着信があった。


「海外研究誌への寄稿論文が返却された」

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