2-1
とある街角。
舗装もされていない土を踏み固めただけの道の脇に人だかりが出来ていた。
露店が開かれていて、買い物客が群がっている。
「ガジャイモ、ザル一つおくれ!」
「メニカブ、二つ分!」
「はい、こちら、銅貨二枚です」
「今、量るから、ちょっと待って」
お客の主婦らしきおばちゃん達に、女性二人がてんてこ舞いで対応している。
ガジャイモと言うのはほぼジャガイモの様なイモ。
メニカブもほぼカブだが色が赤でも白でもなく紫だ。
量を計るのにはザルを用いて、それ一杯を単位にして売っている。
大雑把だが、文句を言う人はあまり居ない。
居ても一個サービスしてやると、納得してくれる。
現代日本に比べると、かなりおおらかな商売だ。
売り子の一人は二十代後半くらいのノーマルの人間の女性。
もう一人は顔や手なども毛に覆われた獣人の少女。
少女と言っても、本人は二十歳だと言っていた。
が、少し前まで獣人なんて実際に見た事の無い俺には、その年齢とかは良く分からない。
新鮮な野菜が産地直送、そこそこ手頃な値段で売られているので、飛ぶ様に売れている。
二人ではなかなかさばき切れない数のお客が詰め掛けている。
俺も手伝ってやりたい処だが、残念ながらそれは出来ない。
何故なら、荷台いっぱいの野菜を乗せた軽トラック、それが俺だからだ。
俺の名前は虎峰啓治。
交通事故で死んだと思ったら、どう言う訳か魔法が有ったり獣人なんかが居たりする異世界に軽トラとして転生して来た、それが俺だ。
一応魔法で動く自動車の様なものが在る世界だから、軽トラが居てもそれほど不審に思われたりはしない。
「売り子の手伝いまでして貰って悪かったね。でもお陰で、あっという間に売り切れたわ」
軽トラの助手席に乗った女の人が、運転席のラクティにそう礼を言う。
彼女は確か、レニアとか名乗っていた。
荷台いっぱいの野菜を半日も掛からず売り切って、俺達は彼女の住む村に帰って行く途中だ。
「それにしても、あんた若いのに魔動車を持ってるなんて、ずいぶん稼いでるんだね」
レニアがそう言う。
「そんなに稼いではいない。少しだけ運が良かっただけだよ。その前に悪いことが有ったから、差し引きで同じくらいかな?」
ラクティは、細かい経緯は省いて答える。
森の中を猿人から逃げていたら何の脈絡もなく軽トラに転生した俺と出会ったとか、普通信じないだろう。
俺も何か言い訳したい気分になるが、ラクティ以外の人が乗っている時は俺は話さないと決めている。
この世界でも自分の意志で動いて喋る自動車は存在していないそうだ。
「そうなのかい?確かにこの仕事も破格の値段で引き受けてくれたね。うちとしちゃ、有難いけどね」
レニアがそう言う。
今回、俺達はこのレニア一家の依頼で、村で採れた野菜を街で売る為に運ぶ仕事を受けている。
彼女は街から少し離れた村で旦那と三人の子供と一緒に農業を営んでいる。
軽トラには運転手以外には一人しか乗れないので、旦那と子供は村で留守番だ。
野菜と一緒に荷台に乗ることも出来たが、俺はこっそりラクティに言って止めさせた。
道交法なんて無いこの世界だが、危険な事はしない方が良い。
「別に相場通りだと思うけど・・・」
依頼料に関して、ラクティがそう言う。
「それは馬車の場合の相場だろう。魔動車であの値段は中々無いよ」
それでもレニアはそう言った。
「私は流しの運び屋だからね。行った先のギルドに丁度良く魔動車向けの仕事が有るとも限らないし、依頼料が安くても有る仕事は選ばないで受けるよ」
「そうなのかい?お陰でこっちは助かったよ。馬車より速く街まで来れたし、この魔動車、小さい割に荷物も沢山載るし、何より乗り心地が良いね」
レニアが軽トラの事を褒める。
元人間の俺であるが、今現在は軽トラである。
変な話だが、褒められて悪い気はしない。
三児の母とは言え、若い女性に言われると尚更だ。
二十代後半くらいだろうが、転生する前の俺よりは若いし、元の世界の農村ではそれこそ若い女性なんてほとんどいなかったし・・・
ともかく、軽トラの積載量は結構ある。
普通車の2トントラックに比べれば少ないが、それでも一日で売り切る分の野菜を運ぶのには十分だ。
乗り心地に関してはシートはペラペラだし、貨物車なので足回りも固く、そんなに良い訳ではないが、この世界の馬車や魔動車なんかに比べればマシなのではと思う。
「フフフ、良いでしょう。この車、暑い日も寒い日も快適なんだよ」
ラクティは自慢気にエアコンのスイッチを入れた。
ダッシュボードの送風口から冷風が噴き出てくる。
「まあ、冷却の魔法が付いているの?凄いわね」
レニアが驚く。
仕事用の車なのでエアコンレスでも良かったのだが、近年の夏の暑さに負けてエアコンを装着している。
燃費が落ちるし、パワーも食われてしまうので、普段はあまり使っていなかった。
今軽トラに成っている俺も、エアコンをオンにされると、腹の減りが早い気がするし、走りに回す力が減っている気がする。
その事はラクティには伝えているので、彼女は直ぐにエアコンのスイッチをオフにする。
今日はそんなに暑くは無いので、敢えて冷房を使う必要も無い。
俺の燃料と言うかエネルギー源は主に乗っている人間の魔力だが、それでは足りない事も有るので、別の魔力源も装備する事にした。
運転席と助手席の間、ダッシュボードの真ん中に台座の様なものを後付けしてもらって、そこに光る宝石の様な石を置いている。
魔石と呼ばれるもので、魔力を貯える性質の石だそうだ。
必要な時はこれからも魔力を補給する事にしている。
「暗くなってきたな」
ラクティはそう言って、ライトのスイッチを入れる。
ヘッドライトが夕暮れの田舎道を照らしだす。
「まあ、最近の魔動車はこんなに明るいの?凄いわね」
レニアがまた驚く。
この世界では油を燃やすランプ以外にも、魔法で光を放つ魔法具とか言うのが有るそうだが、効率はそんなに良くはないそうだ。
道が狭くなってきたので、ラクティはシフトレバーを操作し、ギアを変えて速度を落とす。
彼女は既にマニュアルミッションを完全に自力で操作できる様になっている。
俺が特殊な軽トラだと悟られる懸念が減るのでそうして貰う方が良い。
「気を付けてね、最近この辺でモンスターが出るって言う噂が有るから」
レニアがそう忠告する。
「モンスター?」
ラクティが聞き返す。
「そう、でっかい猪だそうだけど、明るいうちは出ないけど、夜になると出るって話だわ」
レニアがそう答える。
「大丈夫でしょ、大きいて言っても魔動車よりは小さいだろうし、こっちは鉄で出来てるんだから」
ラクティが楽観的な意見を言う。
「そうね」
彼女の言葉にレニアは納得して頷いた。
だが、俺は安心しなかった。
鉄で出来ていると言うが、軽トラの外板なんてペラペラだし、今時外装にはプラスチックも多用されている。
元の世界でも田舎では野生動物と自動車が衝突する事故はたまに起こる。
大きめの猪や鹿、熊なんかとぶつかると、軽トラなんか自走不能なくらいに壊れるのだ。
燃料問題は解決しているが、この世界には整備工場も修理用のパーツも無い。
もし事故ったり故障した場合、俺の修理は絶望的だ。
俺はしがない軽トラで、ゲームの勇者とかではない。
なるべくならモンスターなんかには出会いたくはなかった。
心配は杞憂だったようで、何の問題も無く、俺達はレニアの村に到着した。
日はほぼ暮れている。
「助かったわ。馬車だと街で一泊しなきゃいけなかったしね」
自分の家の前で降りたレニアがそう言う。
「いえ、仕事ですから」
ラクティはそう答える。
「そうだ、ちょっと待ってて」
そう言って、レニアは家の中に入って行く。
「これ、売り物にならなかったガジャイモだけど、良かったら食べて」
一抱え程のイモを持ってくる。
形が悪かったり、小さくて売れなかったモノらしい。
いわゆる規格外品と言う奴だろう。
「味は変わらないから。あ、あと、芽が出た部分は食べないでね。お腹壊すから」
どうやら見た目だけでなく、芽に毒が有るのもジャガイモと同じ様だった。
「有難うございます」
そう言って、ラクティが受け取る。
仕事の代金は前渡しされているから、これはサービスだろう。
日が暮れているので、俺達は村の外れで野宿をする。
レニアは家に泊まって行っても良いと言っていたが、ラクティは断った。
そこら辺はあくまで仕事の客として接している様だった。
軽トラの車内は狭いから、荷台の上で寝袋で寝るつもりだ。
今までも何度かそうやって野宿している。
ただし、食事は車外でする。
地面に焚火を熾して、貰ったガジャイモを焼く。
そこら辺に生えていたフキの様な植物の葉に包んで熾火の中に放り込む。
「アチチ・・・」
少ししてから火から取り出し、手で皮を剥く。
ほくほくに焼き上がったそれを、美味しそうに食べる。
「なあ、そのガジャイモだけど、薄く切って油で揚げると美味いんじゃないかな?」
俺はふと、そう言った。
ジャガイモと同じなら、ポテトチップスにしても美味いんじゃないかと思ったのだ。
「油?食用の油か?あれは高いからなあ、私一人でやるのは無駄が多いかな?高温にするのに薪も沢山要るだろうし」
ラクティはそう言う。
「ああ、そうか・・・」
俺はそう言った。
確かに元の世界では気にしていなかったが、油を大量に使う揚げ物は本来贅沢な料理なのかもしれない。