1-7
ぬかるんだ道をしばらく走る。
川が氾濫していた区間が終わり、再び乾いた道になる。
すぐ後ろに付いて来ているのはマイトハルトの魔動車だけになっていた。
俺の車体もかなり泥だらけだが、追ってきている魔動車のきらびやかな装飾も泥に汚れてしまっている。
魔動車はマイトハルトが運転している様だが、他に三人くらいのゴロツキが乗っているのも見える。
人数的にまだ脅威ではある。
乾いて走り易くなった道は次第に山の中の峠道に変わって来た。
俺はラクティに言って、四駆とデフロックを切って貰う。
それらは悪路の走破性に関しては有効だが、それ以外の場合にはデメリットの方が大きい。
「やっぱり、あっちの方がパワーが有るか?」
俺はそう言う。
「大丈夫か?あっちの方が大きいし、力も強そうだけど」
ラクティもバックミラーを見て、そう言う。
ぬかるみを抜けてから、後ろとの差が縮まってきている。
どういう原理で動いているか分からない魔動車のエンジン?だが、それなりの出力は有るみたいだ。
マイトハルトの乗るそれは大型のセダン程の大きさはある。
足回りや駆動系の機構は古臭いが、馬力だけならこちらの倍以上は有るのは確実だと思う。
と言っても、こっちは軽自動車なので、排気量は660cc、最高出力では50馬力も無い。
ギア比は低いが、それは荷物を運ぶ為のもので、スピードを出す為のものではない。
確かに不利だが、
「この先は曲がりくねった山道だって言ってたよな?だったら、パワーより腕の勝負だ!」
俺はそう言う。
「そう言われても、私はまだ運転に慣れてないんだけど!」
ラクティは最初のカーブに慣れない手つきでハンドルを切って突入する。
そうは言うが、昨日初めて運転したとは思えない思い切りの良さだった。
「問題ない、俺がサポートする」
俺はそう言って、リアタイヤが軽く滑るのをカウンター・ステアを当てて制御する。
後ろを追うマイトハルトも、コーナーに入る。
流石に慣れているのか、難なくコーナーをクリアする。
だが、曲がる前に十分な減速をしている様だ。
基本に忠実なスローイン・ファストアウトの運転である。
コーナーは遅いが、パワーが有るので直線になるとすぐに加速して追い付いて来る。
「どうする?振り切れないぞ!」
ラクティが不安な声をあげる。
だが、俺は後ろの車を良く観察していた。
「大丈夫だ、このままのペースで走ってくれ」
俺はそう指示した。
「分かった!」
彼女は言われるままに俺を運転する。
幾つかのコーナーを越えて、後ろの魔動車が段々苛立ってきているのが分かる。
直線では追い付けるが、やはりコーナーでは俺の方が速い。
俺のアシストのお陰も有るが、やはり車の機構の差が大きい。
デファレンシャルなしの後輪ではやはり急なカーブはきつい様だ。
左右の車輪の回転差が吸収されないので、常にどちらかの車輪が滑ってギクシャクとしている。
前後とも板バネ式のサスペンションは何とか路面からのショックを吸収しているが、速度域が高いので完全に吸収は出来ていない。
馬車の速足程度の速度域にセッティングが合わされているみたいで、今の想定以上の速度では共振を起こしてフラフフラする事も有る。
こちらも後輪は板バネ式だが、多分一世紀分くらいの技術差はあるだろうから、この程度のスピードでは何とも無い。
フロントのサスペンションはコイルスプリングとショックアブソーバーを組み合わせたストラット式で十分な路面追従性を発揮している。
パワーはともかく、コーナリング性能は雲泥の差だ。
今は上り坂だが、下りになればラクティの運転でもなんとか逃げ切れるだろう。
だがそれでは、その後の禍根を断つことは出来ない。
王都まではまだ距離が有り、少し離したところで、この後、俺達がちょっと休憩しただけで追い付かれることも有り得る。
だから、俺は機会をうかがっていた。
ラクティの代わりに俺が全て運転すれば簡単に引き離せるところを、ワザとギリギリ追い付けるスピードで走らせている。
俺は先の道を読み、最適なポイントを探す。
更に幾つかコーナーを過ぎたところで、そのポイントを俺は見付けた。
「ラクティ!次のカーブ、俺に運転させてくれ!」
「わ、分かった!」
俺の声に、彼女はハンドルから手を放す。
マイトハルト・マイルゼンは苛立っていた。
前を走る見知らぬ形の魔動車にどうしても追い付けない。
こちらよりかなり小さく不格好で、スピードが出る様に見えないのにである。
「何なんだ、あの車!」
暴れるハンドルを押さえながら毒づく。
第一、ボンネットの無い車体が理解できない。
一見、魔導エンジンが何処に搭載されているかが分からない。
多分車体の下に在るのだろうが、そんなスペースに搭載される大きさのエンジンで、こちらと同等の速度が出せるとは思えないのだ。
理解不能なことだらけだ。
そしてもう一つ苛立つ原因が有る。
この魔動車に同乗している他の連中だ。
「もっとスピード出してくださいよ、マイルゼンさん!!」とか、「そこだ!ぶち抜け!!」とか、「ヒャッハー!!」とか、横と後部座席で勝手な事を叫んでいる。
金と親の権力が有っても、自分一人だけだと周りから舐められる為に時々飯や酒を与えて手懐けている連中だが、品性が低いのが気に入らなかった。
彼等も一応ある程度の常識はある。
そうでなければ、金持ちの息子の彼をさらって身代金を取る位の事はするだろう。
見た目はゴロツキだが、それはただのファッションだった。
それでもその粗野な見た目と言動には、一応育ちの良い彼は眉をしかめてしまう。
それを我慢して載せているのは、相手の車を止めた時の威嚇用の人手であるのと同時に、この魔動車を動かす為の魔力源でもあるからだ。
「それにしてもあの車、獣人女一人しか乗っていないのに、どうして魔力が持つんだ?」
マイトハルトはまた呟く。
こっちは四人乗っていて、その分の魔力で走っているのに向こうは一人である。
余程、効率の良い魔導エンジンを積んでいるのかと考える。
そんな事を考えているとまた次のカーブにさしかかる。
前方の魔動車が今までと同じように減速するのに合わせて、こちらもブレーキペダルを踏みこんだ。
あちらが少しの減速でカーブを曲がって行くのに、こちらはもっとスピードを落とさなければいけないのがもどかしい。
駆動する後輪にデファレンシャルを備えないこの車は直線は非常に良くトラクションが掛かるが、その反面、コーナリングは苦手になっている。
それでも何度か前の車に付いて、カーブを曲がっているお陰で、向こうの減速に対してこちらがどの位減速すれば良いかの割合は分かって来ていた。
そう、前車が居なければ、道の曲がり具合を見て減速するのに、いつの間にか、前車に合わせた減速をするようになってしまっていたのだ。
前を走っていた車が、いきなり土煙を上げて車体を横向きにする。
良く見ると、カーブの曲率が今までよりもかなりきつくなっている。
オーバースピードで突っ込んだ為にパニックになって操作を誤りスピンするかと、マイトハルトは思った。
しかし、前の不格好な魔動車は、四つのタイヤ全てを滑らせたまま、綺麗にカーブを曲がって行く。
「そんな馬鹿な!」
マイトハルトが叫ぶ。
叫ぶと同時に、自分の車もオーバースピードな事に気付き、慌ててブレーキを更に強く踏んだ。
そして強く踏み過ぎた為に、四つの車輪全てがロックする。
「「う、うわー!!」」
叫ぶマイトハルト他三名を乗せた魔動車は、カーブを曲がり切れず、路外に転げ落ちて行った。