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その日、俺達は街で一泊した。
ラクティが知っていた運び屋や行商人用の宿屋に泊る。
もちろん宿屋に入れるのは彼女だけで、俺はそこの厩舎前に駐車する。
商品を運ぶ人達が宿泊する施設だけあって、専門の見張りの人も居るので、安心できる。
例え怪しい奴が来たとしても、俺は自分で動けるし、クラクションを鳴らして周りに警告する事もできるので、問題ない。
それでも、ラクティは荷物を心配してか俺から離れたくない様だったが、安心する様に言って宿屋に入らせる。
彼女には明日の為にも食事と睡眠を十分に取って貰わないといけない。
俺としても、回復した彼女の魔力が動力源なので、是非そうして欲しい。
軽トラである俺に睡眠が必要なのかは分からないが、俺も静かに休息をとる。
厩舎の馬やロバたちの息遣いが聞こえて来て、割りと寂しくはない感じだった。
次の日の早朝、俺達は宿を出て、目的地である王都に向かって出発した。
俺とラクティの昨日の話し合いの結果、今回もメインの街道ではなく、裏道を通る事にする。
例の猿人間達はこの先には居ない様なので、その危険はない。
ただし、昨日ラクティが運び屋ギルドで聞いてきた話によると、別の問題がある様だった。
それに裏道なので人通りが少なく、金髪成金野郎が襲ってくる危険も増える。
それでも、俺達はこちらの道が良いという結論に達していた。
街を離れて少しすると、後方に複数の乗り物が付いて来ているのに気付く。
一台はマイトハルトが乗っていた魔動車で、他は数台の馬車だった。
馬車は屋根も幌も付いていないオープンタイプの車体だ。
乗っているのは複数の男達。
ラクティが昨日言っていたマイトハルトの取り巻きって連中だろう。
人種も色々いるが、誰も彼もが一般人ではないのが一目で分かる様な顔つきだった。
分かり易く言うと、つまりはゴロツキと言われても仕方のない見た目の連中だ。
こちらのスピードに合わせて、付かず離れずの距離を追ってきている。
「予想通りだな」
俺がそう言う。
「そうだね、そろそろ来るかな?」
ポツポツと在った民家が無くなり、自分達以外の通行人も居なくなった辺りで、ラクティがそう言う。
そう言った途端、後ろの連中がスピードを上げて迫って来る。
馬車の連中は御者以外は荷台に立ち上がって、武器らしきものを振り回して、何かを叫んでいた。
「うわあ、『ヒャッハー』とか生で聞くの生まれて初めてだぜ」
俺はそう言う。
まるっきり世紀末だ。
男達が振り回している武器は、剣や槍、斧等だが、中には棍棒と言うには少し細い杖の様な物を持っている者も居た。
その杖が光ったかと思うと、その先から火の玉がこちらに向かって飛んでくる。
「おお!攻撃魔法だ!」
俺は叫んだ。
ファンタジー世界なら、やっぱりこう言うのが有るよな。
俺が比較的余裕なのは、昨日ラクティと対抗策は話し合っていたからだ。
「防御魔法!!」
ラクティがそう叫ぶと、俺(軽トラ)の車体が光る膜の様な物に包まれる。
迫って来た火の玉が、軽トラに当たるが、車体に傷を付けることはなく弾かれる。
この世界では魔法はどの人種でも使えるそうだが、獣人族は直接的な攻撃魔法よりも治癒魔法や補助魔法が得意だという話だった。
「ケイジに走って貰うのにも魔力が必要だから、そう何回も防げないよ!」
ラクティがそう言う。
「大丈夫!もう当たらないはずだ!」
俺はそう言って、軽トラのスピードを上げる。
「ちゃんとシートベルトはしてるな?」
運転席に座る彼女にそう聞く。
「うん」
今まで俺は時速20km程度で走っていた。
何故なら、この裏道はそれ程走り易い道では無かったからだ。
当然の様に舗装はされていないし、踏み固められただけの土の道は細かい凸凹やうねりが有る。
そこを時速50km以上ののスピードを出すとどうなるか?
当然上下に大きく揺すられる事になる。
荷物はロープで固定してあるから荷台から落ちることは無いが、乗っている人間は結構辛い。
それは追い掛けてくる連中も同じだ。
いや、現代の自動車に有る様なサスペンションを持たない馬車の揺れは俺たち以上だ。
人が乗る用の上等な馬車にはサスペンションを持つ物も有るが、彼等が乗っているのは安物の荷馬車の様だった。
車体に直に取り付けられている車輪は全くと言って良い程、地面からの衝撃を吸収しない。
ちょっとした凸凹で突き上げを喰らって、乗っている人間を振り落とす程に車体が跳ね上がる。
路面のうねりによって左右の車輪の高さが変わると、そのまま車体が傾いて横転しそうになっている。
そうなると乗っている人間達は馬車にしがみつくのに必死になってしまい、こちらに攻撃などできない。
無理に攻撃魔法を放っても、狙いが定まらず、明後日の方向に飛んで行く。
まだスピードが乗っていなかった時の一発以外、敵の攻撃魔法は俺には当たらなくなっていた。
これ以上走ると壊れると思ったのか、馬車はスピードを落としていく。
しかし、マイトハルトが乗っている魔動車だけは俺のスピードに付いてきている。
どうやら、あの魔動車にはちゃんとしたサスペンションが付いているらしかった。
昨日少し見た感じでは、クラシックカー然とした見た目通り、板バネ式のサスペンションの様だった。
現代的なコイルスプリングとショックアブソーバーの組み合わせによるサスペンションに比べると、古臭く感じるかもしれないが、実はこれが侮れない。
複数の金属板を重ねることで、板どうしの摩擦で揺れを減衰させる事が出来るので、これ一つでバネの役割の他にショックアブソーバーの役割も持つことが出来る。
実は俺の後輪のサスペンションも板バネ式だったりする。
重い荷物を運ぶ車には現代でもこの方式が最適なのだ。
一度遅れた馬車の連中だが、馬車から馬を外して、直に乗馬で追ってきた。
一頭に多くて二人くらいしか乗れないから何人かは置き去りになっている。
それでも、余計な車体が無いので身軽になった馬は追い付いてこれている。
「そろそろこの先のはずだよ!」
ハンドルをしっかり握り、揺れに耐えていたラクティがそう言う。
昨日彼女が運び屋ギルドで仕入れてきた情報によると、この先で数日前に降った雨で道沿いの川が氾濫して、道路が冠水したという話だ。
少し行くと、その現場に到着した。
水は既にほとんど引いているが、路面は水溜りが出来てぬかるみになっている。
徒歩ならなんとかゆっくりと進めない事も無いかもしれないが、車両には厳しい道だ。
「ラクティ!四駆に入れろ!デフロックもオンだ!」
俺は彼女に指示を出す。
あらかじめ教えられていた彼女は、シフトレバーの後ろに有るもう一つのレバーを引き上げる。
ダッシュボードの真ん中に有るスイッチもオンにする。
俺の軽トラは四輪駆動になっている。
未舗装路や畑の中を走る事も有る軽トラには必須の装備だ。
ただ、コスパ重視の軽トラには高級SUV等に搭載されている様な複雑な四駆システムは搭載されてはいない。
つまり、普段は後輪のみを駆動する二駆状態であり、滑り易い路面の時だけ手動で前輪にも駆動力を掛ける様にする簡易的なシステムだ。
手動で切り替える操作が必要なので乗り手には面倒なシステムである。
常に四輪駆動にしておけば良いと思うかもしれないが、そうするとカーブを曲がるときに前後の車輪の回転差が発生して、スムーズに曲がれなくなるのだ。
高級SUVでは前後の回転差を吸収するセンター・デファレンシャルが有るのでその心配はない。
しかし、だからと言って、軽トラのシステムが劣っているかと言うとそうではない。
単純で安く作れるが、それ故のメリットが有る。
と言うか、逆に高級SUVに装備されるセンター・デファレンシャルには欠点がある。
前後の回転差を容認する装置であるため、例えば前輪がスリップすると、後輪に駆動力が伝わらず、前輪だけ空転する事になってしまい、車体が前に進めなくなる。
それを回避する為にはLSDやデフロックと言う追加のシステムが必要になる。
そうやって、次々に追加の機構が増えていくと車両は複雑で高価になってしまう。
その反面、単純な軽トラの四駆システムは前輪後輪どちらが空転しても、逆側の駆動力が抜けることは無い。
そんな訳で、ラクティが乗る俺(=軽トラ)はぬかるんだ道を難なく進んでいく。
障害物を避ける時にハンドルを切るが、前後輪の回転差が発生しても、濡れた路面でタイヤが滑る事で回転差が吸収されるので問題はない。
こう言った路面では乗り心地よりも確実に走行出来る事が重要なのだ。
追ってきている連中は、ぬかるみを前に躊躇っている様だった。
馬は無理をすれば進めるが、スピードは歩く程度になってしまっている。
走破力は軽トラより有るかもしれないが、臆病な生き物なので怪我を恐れて、どうしても慎重に進むのだ。
そんな中、マイトハルトの魔動車は意外にも泥の中を俺にも負けないスピードで進んで来る。
まさか、向こうも四駆か?
そう思ったが、どうやら違う様だ。
昨日見たその動きを思い出すと、どうやらあの魔動車はデファレンシャルが装備されていない様だった。
四駆車の前後の回転差を吸収する為のセンター・デファレンシャルと同じように、左右の車輪の回転差を吸収する為のデファレンシャルも有る。
と言うか、こちらのデファレンシャルの方が一般的で、現代の自動車のほぼ全てに装備されている。
そして同じように、左右どちらかの車輪が空転すると車は進めなくなるのだ。
なので、一部の車には回転差を制限する為のLSDや回転差を全く無くす為のデフロックが装備されている。
俺にも後輪の左右を直結するデフロックが装備されている。
仕事の車なので、オーディオなどの快適装備のオプションはケチっても、走破性能に関わるオプションは全部付けておいたのだ。
そして、後ろの魔動車、あれはデファレンシャルが最初から装備されていない、常にデフロックと同じ状態なのだ。
かなり古いクラシック・カーの様な見た目だが、中身も同じ様だ。
魔動車のエンジンに相当するものがどんなものなのかは知らないが、見た目からそれはボンネットの下に一つだけ在ると思われる。
そこから取り出された動力は左右直結した後輪の車軸に直接伝えられているらしい。
その為、両方の後輪に同じ強さの駆動力が常に掛かるので、ぬかるみも難なく走れている。
カーブを曲がるときは大変だろうけど、この世界では摩擦係数が高い舗装された道が少ないらしいので、無理矢理滑らせて走っていたのだと思われる。
あの魔動車とか言う奴、動力源は良く分からない魔法の産物なのだろうけど、そこから先の機構は純粋な機械装置の様だ。
その機構は俺の世界のクラシック・カーと同じだが、この世界の道路事情にはそれなりにマッチしていて侮れない。
馬に乗ったゴロツキどもは大分遅れたが、魔動車だけはついて来れている。
「だったら、勝負を決めるのはこの先のステージだな・・・」
俺は不敵にそう呟く。




