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運び屋ギルドを出て、暫くして、俺はラクティに話しかけた。
「交換した肉の量、半分くらいになってるけど、ぼったくりじゃね?」
声のボリュームは落としているし走行中だから、少しくらい俺の声が車外に漏れても不審には思われないだろう。
「ああ、全部肉ばかりじゃ飽きるから、塩と香辛料にも替えてきた」
ラクティはそう言って、懐から袋を二つ取り出して、助手席に置いた。
「へえ、・・・でも、タヌキって香辛料とか大丈夫だったっけ?塩分の過剰摂取もマズかったような・・・」
「別に獣人だからって、犬猫みたいに食べれないものが有る訳じゃないぞ。普通にノーマルとかと同じものが食べられる。多少食べ物の好みが偏ってる奴もいるけど、そんなの他の人種でも居るだろう」
俺の素朴な疑問に、彼女は答えてくれた。
「でも、そんなこと聞くなんて、ケイジは本当に別の世界から来たんだな。獣人が獣よりも人寄りなのはみんな知ってる常識だと思ってた」
ラクティは軽トラのハンドルを握りながら、そう言う。
「いや、済まない。別に人種差別とかするつもりは無かったんだ。ただ、俺はこの世界の常識とかは本当に知らないもんで・・・」
「良いよ。でも、ケイジが居たって言うノーマルしか居ない世界ってのにもちょっと興味が湧いたかな?」
俺の謝罪にも彼女はあっけらかんと答えてくれる。
そのタヌキっぽい愛嬌のある横顔に俺は少し見惚れる。
別に恋愛感情が湧いたわけではない。
今の俺は軽トラだし、前世でケモナーだった訳でもない。
第一、おっさんだった俺からすると、彼女の年齢は俺の半分と言わないまでもそれに近い歳だろう。
俺は未婚で子供も居なかったが、どちらかと言うと、これは父性愛に近い感情なのかも知れない。
暫く、軽トラの車内には沈黙が訪れる。
「・・・あいつの名前はマイトハルトとか言ったかな?マイルゼン商会のドラ息子だ」
沈黙を打ち破って、ラクティが話し始めた。
あいつと言うのは、さっきの金髪成金野郎の事だろう。
もちろん、俺も気になっていたが、彼女が話したくないのなら聞かないつもりだった。
関係無い話をしたのは俺なりに気を使ったのだが、どうやらその後の沈黙が催促の様に思われたかもしれない。
「私がメインの街道を使わないで裏道を通ったのは、あいつが私が運んでる荷物を狙っているからだ」
彼女がそう言う。
「この荷物ってそんなに高価な物なのか?・・・って言うか、あいつ泥棒か?」
俺が聞く。
あの男、いけ好かない感じだったが、着ている服も乗ってる車も成金趣味だったし、金に困っている様には見えなかった。
「確かに、荷物は高価なものだよ。でも、あいつは泥棒じゃない。あの荷物を受け取った街には、マイルゼン商会とトレイリー商会って言う二つの商会が有るんだ。荷物の配送はトレイリー商会から請け負った」
ラクティは続けて話す。
「荷物は領主様の依頼で作ったって言う魔法の鎧。なんかこの国の王太子の誕生日に領主様からプレゼントとして送るんだって。領主様は二つの商会から入札をしてトレイリーの方が格安で請け負ったらしい。トレイリーの方は優秀な職人を抱えてて、モノは凄い良い出来で仕上がったんだけど、ちょっと時間が掛かり過ぎてね。領主様は既に王都の方に行ってて、モノは後から運ぶことになったんだ。でも、こっちの商会は自前の隊商を持ってなくってね」
それで、運び屋ギルドに依頼が行って、ラクティが配送を請け負ったそうだ。
荷物が届いて領主から王太子に渡されると、トレイリー商会の名声が上がり、相対的にマイルゼン商会の評判が下がるんで、面白く思わない奴がいるって事か。
「つまり、そのマイトハルトって奴は荷物を泥棒しなくても、とにかく配達されない様にすればいいてことか。それで君を妨害していると、ひどい話だな」
俺がそう言う。
「別にトレイリー商会の方が正義って訳でもないんだけどね。格安で請け負って商品を納めるのだって、後々の商売を見込んでの賄賂みたいなもんだしね」
ラクティがそう言う。
この娘、割と社会の裏側とかも知っているみたいだ。
あまり子供扱いするのも失礼かもしれない。
「と言うか、その妨害とかって、何処までしてくると思う?ともかく、あいつとしては荷物が届きさえしなければいいんだろうから、君の命までは取らないと見て良いのか?」
俺は聞いた。
「そうだな、あいつ自身は小心者みたいだから、そこまではしないと思うけど、さっきは居なかったけど取り巻きが何人か居るから、そいつらがどうするかだよな・・・」
ラクティが答える。
「街中とか人目が有る所じゃ襲ってこないけど、街道で人が途切れた時が危ないかな。口封じに殺されないとしても、一応私も女だから捕まったらエロイ事されるかもね・・・」
あっけらかんと彼女は言う。
俺としては何と言って良いか分からない。
「それよりも、私としては運び屋として請け負った仕事が最後まで果たせないのが嫌だ」
そう言う彼女の瞳はしっかりと前方を見ていた。
ラクティの決意を聞いて、俺も覚悟を決める。
「それじゃあ、まずは作戦を立てるべきだな。この先の道の状況を分かる限り教えて欲しい」
俺はそう言う。
「分かった。ケイジもどんな道が走れるか走れないか教えてくれ」
彼女もそう言う。
俺達はこの先の配達の為に、お互いの情報を出し合い、作戦を立て始める。