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森の中の道をしばらく進むと、俺達は開けた場所に出た。
郊外の畑の中を走り抜け、建物が増えて行き街になる。
ラクティは俺を運転して、一つの建物の前に停まる。
道すがら俺は彼女に軽トラの運転方法を教えていた。
ハンドルとアクセル、ブレーキの操作だけだが出来るようになっている。
難しいクラッチとシフト操作は俺が代わりにやって、オートマ状態にして運転してもらっている。
ラクティとしても勝手に自分で動く乗り物とか気持ち悪いらしく、彼女から運転したいと言い出したのだ。
俺が教えて運転してもらうと、意外な事が分かった。
彼女が運転する方が燃料計だか魔力計だか分からないが、その減りが確実に少ないのだ。
俺が自分で操作する分のエネルギーが節約されているのだろうか?
と言っても、ハンドルやペダルを動かすエネルギーなんて、車体を動かす力に比べれば微々たるものだ。
考えてみたが、自ら移動しようという意思が魔力となって、俺に流れ込んでいるのかもしれない。
彼女に運転してもらうと、俺自身も疲れない気がする。
いずれは、クラッチとシフトの操作もやって貰いたい気分だ。
ともかく、ラクティは軽トラを降り、目の前の建物に入って行った。
入って行ってすぐ、数人の人間と一緒に出て来て、俺の荷台に載せているラバの解体した足を降ろして持って行った。
面倒な事になるといけないので、俺は街中では話さない事に決めていた。
ラバのもも肉はこのままだと腐るので、この建物の人に引き取ってもらって、代わりに燻製にした別の肉と交換するという話だった。
この建物は、運び屋ギルドと言うそうだ。
ラクティはこのギルドに所属していて、荷運びの仕事を貰っているらしい。
仕事の斡旋の他に、構成員には運送に必要な機材の貸し出しや食料とかの販売もしていると言っていた。
壊れた荷車から回収した木箱は、まだ俺の荷台に乗っている。
この街はまだ中継点で、彼女の荷物の運び先はまだ先だそうだ。
今ラクティは食料の交換と、その他の手続きをしているところだ。
軽トラである俺は建物に入れないので、その間、停車したまま街の様子を眺めることにした。
そこそこ大きい街らしく、人が大勢歩いている。
事前にラクティから聞いていたように、ノーマルと言われる俺の見知った様な普通の人間が多い。
それでも、耳が尖っていて長身のエルフの様な人や、子供くらいの背丈なのに長い髭を貯えて横にズングリと大きいドワーフらしき人も見える。
ラクティの同類らしき、犬や猫の顔をした獣人も居た。
皆仕事なのか、忙しそうに行き交っている。
馬やロバなどが引く馬車も走っている。
ここは運び屋ギルドだけあって、俺の他にも何台か荷馬車が繋がれている。
話に聞いた『魔動車』と言うのは、ここには居ない様だった。
来る途中にも見てはいない。
やはり、『魔動車』は希少な乗り物らしかった。
俺自身がその『魔動車』らしいのだが、行き交う人達も俺の事を少し珍しそうに見ることが有る。
それでも、必要以上に注目を集めて人だかりができる事もない。
俺を見た人もすぐに視線を逸らして、通り過ぎて行く。
変に目立たないのは助かる。
そう思っていると、道の向こうから土煙を上げて、何かが走って来た。
歩いている人達が道の脇に逃げる。
ソレは真っ直ぐこっちに走って来て、俺の隣に急停車する。
これが『魔動車』と言う奴か?
よく見て見ると、大昔のクラシックカーの様な形をしている。
70年代とか80年代とかですらなく、昭和初期くらいの博物館でしか見ないような古い車の様に見える。
最近の乗用車の様なモノコック・ボディではなく、車台とボディが別々に作られている今ではほとんど見ないタイプの車だ。
と言っても、現代でもトラックや一部のオフロード車ではラダーフレームの車台が採用されている。
かく言う俺(軽トラ)もラダーフレームである。
隣に停まった車も車台の上にボディを載せている為に車高は結構高い。
屋根が有るクローズド・ボディで、車体には豪華な装飾が全体に施されている。
少し華美だが、クラシックな車体には似合っている。
俺が見ていると、その豪華なドアが開き、男が一人降りてきた。
金髪の『ノーマル』の男だった。
身なりは乗っている車と同じような大分装飾過多の高そうな服だった。
「なんだ、このみすぼらしい魔動車は?」
そいつは俺(=軽トラ)を見てそう言いやがった。
俺はごく普通の白い軽トラだ。
世の中には軽トラをデコトラ風にカスタマイズしてゴテゴテのピカピカにする人もいるが、俺はそうではない。
軽トラをいじる趣味も分からないではないが、俺自身は働く車は変に飾らないノーマルが一番だという考えだ。
『この洗練された機能美が分からないとは、成金趣味め!』
と思ったが、声には出さない。
「だがしかし、この荷物は・・・」
男は俺の荷台に乗っている木箱を見て、そう言った。
ラクティが運んでいたその箱には、控えめだがとある紋章が刻まれている。
それを見た男は、俺の荷台にある荷物に手を伸ばそうとする。
流石に他人の荷物を触ろうとする奴には警告した方が良いだろうかと俺が考えていると、ギルドのドアが開いた。
「ちょっと、人の荷物に何してんの?」
やって来たラクティが男に向かってそう言う。
彼は驚いて、慌てて手を引っ込める。
「や、やはり君だったか。確かラクティとか言ったか?」
男は取り繕う様に、ラクティに向かって、そう言う。
「そうだけど」
彼女はぶっきら棒に答える。
交換して来た燻製肉を俺の荷台に載せた。
加工賃を引かれているのか、持って行った量の半分くらいになっている。
「ところで、どうやってここまで来たんだい?メインの街道では見かけなかったんだが」
男はキザったらしく髪をかき上げて言う。
「裏道を通ったんだよ」
またもぶっきら棒にラクティは言った。
「そりゃまた!あそこは猿人が縄張りにしていただろう?良く無事で来れたね?」
「無事じゃないよ。買ったばかりのラバと馬車を失った」
「それはそうだろう。命が有るだけ幸運だ。一月後には討伐隊が出るって話しだから、それまで待てば良かったのに」
「それじゃあ、配達の期限に間に合わない。メインの街道が使えればあんな道を使う必要も無いんだけど」
「使えばいいじゃないか?」
二人の話を聞いていて、俺は段々と胸糞が悪くなってきた。
この成金趣味の男、常にニヤニヤと人を小馬鹿にした表情を浮かべている。
ラクティも同じ気分なのだろう、話を切り上げて、俺に乗り込む。
「ところで、その魔動車どうしたんだい?荷物運び用の不細工な車だが、君程度が買える代物じゃない様に思えるんだが?」
男はそれでも話しかけてくる。
ラクティは無視して、アクセルを踏んで出発しようとする。
俺もこの無礼な男からは離れたかったので、彼女の意を汲んでギアを一速に入れてクラッチをつないだ。
「ふん!その魔動車も失う事にならないと良いけどな!」
そんな台詞が後ろから聞こえてきた。