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俺達はラクティの荷馬車が有ると言う所まで移動する間、色々と話し合った。
と言っても、俺の事は自分でも分からないことだらけなので、話すのは主に彼女の事と、この世界の説明になる。
彼女は荷馬車で街から街への荷物運びの仕事をしているそうだ。
ここは中央大陸と呼ばれる大陸の更に中央やや南に位置する国の辺境部だそうだ。
深い森の合間に幾つかの街が点在していて、比較的大きな二つの街をつなぐ街道・・・から外れた裏道的な道がここだ。
以前はそれなりの交通量が有ったそうだが、最近さっき見た猿人間の縄張りになった様で、通る人が減っているそうだ。
あいつらは他の人間に比べ知能が低く、この大陸の共通語が話せないので意思疎通が出来ず、ある種モンスターとして扱われているらしい。
更に勝手に普通の人間の生活圏に入り込んで、その上自分達が縄張りと認識した場所に入り込んだ者を攻撃して来るので厄介がられているそうだ。
そんなのが居座る道を通るのだから、ラクティも何か訳ありの様だ。
だが、その訳はまだ言ってはくれない。
なので、それは置いておいて、俺は人種の事を聞く。
彼女は獣人だが、他に普通のと言うか、元の世界の俺達の様な人間が居るか聞いてみる。
彼女以外に見たのがさっきの猿人間だけなので、もしかしたらこの世界は獣人しか居ないのかと気になる。
「人間の種類はいっぱい有るぞ。一番多いのは『ノーマル』かな?見た目はさっきの猿人間の毛無しバージョンみたいな奴だ。特に特徴が無いから『ノーマル』って言われてる。他は私等みたいな獣人とか、エルフやドワーフとか頭に角が有る鬼人族とかも居るな・・・他の大陸に行くと竜人とか巨人族とかも居るって話だな」
「おお、やっぱりここはファンタジーの世界なんだな」
俺は感動する。
「ファンタジー?おとぎ話の話じゃないぞ。実際に居る連中だ。ファンタジーなら妖精とか人魚とかだろう?」
彼女がそう言う。
うーむ、ファンタジー世界ではエルフやドワーフは当たり前の存在なんだな。
そんな世界でも存在が不確かな生き物も居るのか。
ファンタジーの境界が良く分からない。
「あと、私達獣人に色んな種類が居るみたいに、ノーマルやエルフやドワーフも肌の色とかで細かく分かれてるらしい」
ラクティが自分の手の甲の毛皮を見せてそう言う。
そう言えば彼女、何の獣人なのだろう?
一見、犬の様にも見えるが、何か違う気がする。
丸めの耳と顔の模様から犬か猫の類だとは思う。
猿とか兎とかではないのは確実だろう。
昔大学の講義で聞いた事を思い出す。
実は犬と猫は生物学的には食肉目と言う同じ仲間に分類されるそうだ。
食肉目の下にイヌ科とネコ科、その他幾つかの分類が有る。
彼女の顔の特徴はどちらかというとイヌ科の様に見える。
イヌ科の生き物をつらつらと思いだす。
イヌ、オオカミ、キツネ、ジャッカル・・・
そこで、俺はつい最近見たイヌ科の生き物を思い出した。
タヌキだ!
あの道路の真ん中に立ち止まっていた姿と、ラクティの顔が重なった気がした。
「もしかして、君はタヌキ型獣人なのかな?」
俺は恐る恐る聞く。
「あ、良く分かったね。狸人は珍しいから、獣人に詳しくない連中からはいつも犬人族と思われるんだよね」
彼女はあっけらかんと答えた。
俺がこの世界に来た原因がタヌキだったのは偶然だったのだろうか?
思わず考え込む。
「ところで、『魔動車』ってどういう物なんだ?」
人種の話が一旦終わったので、俺は話題を変えた。
「え?ケイジは魔動車なのに自分の事分からないのか?」
ラクティが不思議そうに聞き返す。
「あ~、さっき言った様に、俺は元人間で、今のこの姿は俺の世界の軽トラックって奴で、・・・つまり俺はこの世界の車は見た事ないんだよ」
俺はそう言う。
何でこんな事が気になるかというと、それは、もしこの世界の『魔動車』って奴が俺の知る自動車と大きく違っていたりすると、この軽トラの姿が変に目立ってしまわないかと危惧しているのだ。
「うーん、私も今まで魔動車に乗ったことは無いから、良く分かんないよ。魔法で動くから魔動車って言うって事くらいしか知らないな」
彼女はそう答える。
「ケイジと比べると形はなんか違う感じもするけど、車輪は四つだし、人が乗る所も有るから、同じだろ?」
まあ、元の世界でも、車に興味のない女の子とかは自動車なんか動く箱って認識しかなかっただろうから、似たようなものか。
ともかく、その『魔動車』って奴は俺の世界の自動車ほどは普及していないだろうって事は推測できた。
彼女が荷馬車で運び屋と言うか、運送業をしていたことを考えると、この世界は俺達の世界で百年位前、自動車黎明期と同じ程度かも知れない。
それでも技術レベルは既に俺の世界の中世とか近世とかよりは進んでいる様だ。
機械文明を魔法が代替している感じだろうか。
そこそこ文明が進んでいるのは良いかもしれない。
偏見とか迷信とかは少ないはずだ。
さっきの猿人間はともかく、街に行けばそれなりに文明的な生活ができるかもしれない。
そう思ったが、俺、今軽トラだったわ。
元の世界に戻れなかったとしても、せめて人間に戻れる方法とかあるんだろうか?
しばらく進んで、俺達は壊れた荷馬車の所に着いた。
ラクティはここで猿人間達に襲われ、森の中に逃げ込んで、追っ手を振り切る為に移動していたらしい。
「良かった、荷物は無事みたいだ」
軽トラックから下りて、荷馬車の残骸を見た彼女がそう言う。
車輪は壊れているが、荷台自体は無傷だ。
どうやら、猿人間は縄張りに入って来た余所者を攻撃するのが目的だったらしく、荷物自体は眼中になかったようだ。
「ここに載せて大丈夫か?」
彼女は荷車から引っ張り出した一抱え程ある木箱を軽トラックの荷台に載せようとする。
「ああ、大丈夫だ。『アオリ』を降ろせば乗せやすいぞ」
俺はそう言う。
軽トラの荷台には荷物が落ちない様にする板が有る。
荷物の載せ降ろしが楽にできる様に、その板は外側に倒したりも出来る。
「両脇のロックを外せばいい」
俺が説明すると、彼女はおぼつかない手付きだったが、何とか理解してロックを外すことが出来た。
木箱を俺の荷台に載せる。
他には御者台に有った、食料が入っているというズタ袋も載せる。
「さてと・・・」
最後に彼女は、ソレに向き合った。
荷馬車の前で倒れているソレはこれまでに荷車を引いていたであろう家畜だった。
ロバかと思ったが、ロバよりは少し大きく見えるから、馬とロバの交雑種のラバだろうか?
首のあたりに血が流れた傷が有り、既にこと切れている。
ラクティは少しの間、静かにソレを見下ろしていた。
今まで一緒に仕事をしてきた相棒の死を悲しんでいるのだろうか。
俺がなんと声を掛けて良いか悩んでいると、彼女は腰の短剣を抜いた。
それをラバの死体に突き立てる。
「え?ちょ、ちょっと・・・」
俺が声を掛ける。
「?」
彼女が不思議そうにこちらを見る。
「ええと、それ、どうするのかな?」
俺が聞く。
「どうするって、解体するんだけど・・・」
そう答える。
「え?」
「こいつ高かったんだよ。せめて食べないと勿体ないだろ。猿人どもが戻ってくるかもしれないから、急いで足だけでも持ってかないと」
そう言って、ラクティは慣れた手付きで胴体から足を切り離して、俺の荷台に載せてくる。
切り口から血が流れだしているから、何て言うか気持ち悪いんだけど・・・
さっき、この世界は割りと文明が進んでいるかもと思ったけど、まだまだワイルドなところが残っている様だった。