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転がっている岩は大きい物で数人掛かりでなければ動かせそうもない。
「身体強化の魔法を使っても厳しいな・・・」
道を塞ぐ岩を見て、ラクティがそう言う。
元々体の小さい彼女では強化しても限界は有るだろう。
「そう言う事なら、私達にその魔法を掛けてください」
腕まくりをしたカーン部長が、申し出て来た。
「おう、俺達もやるぜ!」
ホーラ兄弟もやって来る。
元々体格の良い彼等の体力を強化する方が効率が良いだろう。
ドワーフの兄弟もそうだが、カーンもがっしりとした体付きをしている。
岩を撤去しなければ進めないのは彼等も同じなので、ここはお互い協力するべきだ。
「分かった」
ラクティがそう言って三人に身体強化の魔法を掛ける。
一度に三人に魔法を掛けて疲れたのか、掛け終わると彼女は軽トラの所に戻ってくる。
「済まないな、身体強化系の魔法は苦手でな」
そこに、リタが声を掛けて来た。
岩を動かす作業の邪魔にならない様に彼女達の車はフィーナが一度後ろに下がらせている。
「ところで、お前の魔動車、ケイジならあそこを通れないか?」
リタが指差したのは崖の反対側の街道脇の草地だ。
道から少し離れていて一見通れそうに見えるが、そこはすぐそばに川が有る。
さっき抜いた魔動車がスタックした場所と同じで、川が増水した時に水に浸かっているだろう。
薄く生えている草の下は泥のはずだ。
「行ってみないと分からないかな」
「そうだな、どのくらいぬかるか確認しないと」
ラクティと俺はそう答える。
「そうか、それでは試してみてくれ。障害物の撤去にはまだ時間が掛かりそうだ。その間にバーンズ男爵は先に進んでしまう。なるべく早く追い付いて、彼に事情を問いただしたい」
「・・・うむ、そうだな」
リタの言葉にラクティは俺に乗り込み、そのショートカット出来そうな場所に進む。
「少しぬかるむけど、なんとか行けそうだ」
タイヤが数センチ沈み込むくらいの場所を、四駆とデフロックをオンにして俺達はゆっくり進んだ。
リタが前を歩いて先導してくれている。
体重の軽い彼女なら足を取られる事も無いくらいの地面の硬さだが、車両が通るには難しい。
軽トラだから走破出来るが、他の魔動車では無理だろう。
岩で塞がれた場所を迂回して、元の街道に戻る。
「皆、済まない。先に行かせてもらう!」
リタが、撤去作業を続ける連中に声を掛けた。
「構いませんよ。私達の車では、この岩をどけない限り進めない。それがマシンの性能差ですからな」
カーンがそう答える。
「バーンズの野郎に一発かましてきて下せえ!」
「俺達もこれを片付けたらすぐに追い付きますぜ!」
ホーラ兄弟もそう言う。
他にも後から追い付いて来たレース参加者も加わって、岩の撤去を始めている。
この調子ならすぐに道は通れる様になるだろう。
「フィーナ、道が空いたら追いかけて来てくれ!」
リタは相棒にそう言って、軽トラの助手席に乗り込んで来る。
「良し、行くぜ!」
ダッシュボードのぬいぐるみボディの俺が進行方向を指差す。
ラクティが軽トラのアクセルを踏み込む。
下り勾配になって来ている峠道を俺達はハイペースで走る。
「下りはパワーが無くてもスピードが出せるが、ブレーキに負担が掛かる。エンジンブレーキを使いながら慎重に行ってくれ」
俺はラクティにそうアドバイスする。
最近の車はブレーキ本体やブレーキフルードの性能が上がっているので、そうそうフェードやべーパーロックをすることは無いが、気を使うに越したことは無い。
「ううむ、流石異世界の魔動車だ。この速度で坂を下っても何ともないとは」
助手席のリタが唸る。
どうやら、この世界の魔動車はエンジンパワーはともかく、その他の技術はそれほど進んではいない様だ。
「この調子なら、そのバーンズ男爵とやらにも追い付けそうだな」
俺はそう言う。
「でも、追い付いてどうする?あの男の証言はまだ取れていないし、向こうもしらばっくれるかもしれない」
ブレーキングから、ドリフトしないギリギリの速度でコーナーを駆け抜け、ラクティはそう言う。
「そこは俺がなんとかしよう。その為に自分の車を置いて、ついて来たんだ」
自分の胸を叩いてリタがそう言う。
「お、見えて来たぞ!」
彼女の指差す先に、クーペを改造したバーンズ男爵の魔動車トラックが見えて来た。
やはり、足回りの機構が熟成されていないらしく、曲がりくねった峠道ではスピードが出せない様だ。
「このまま抜かずに後ろに着いてくれ」
リタの指示で、俺達は男爵の後ろにべた着けする。
抜こうと思えば抜けない事も無いが、そのまま走り続ける。
完全に煽り運転だ。
リアガラスを通して、相手の車内が少し見える。
運転手のバーンズ男爵の他に助手席にもう一人居る。
その男がこちらを振り向いて、何かの操作をするのが見えた。
「何か仕掛けてくる!離れて!」
リタが叫ぶ。
ラクティも気付いているので、直ぐに前車から距離を取る。
次の瞬間、バーンズ男爵の車の後部から黒い液体が噴き出す。
「オイルだ!」
路面にぶちまけられたそれの上に軽トラが乗る。
摩擦係数の下がった路面にタイヤが滑るが、ラクティは的確にカウンターを当てて通り過ぎる。
直前にスピードを落としていたので、大事には至らない。
「やったな!」
「チキチキマシンかよ!」
ラクティと俺が声をあげる。
「良し、今のは明確な進路妨害だ!大義名分が立った!ぶちのめす!」
リタが、助手席の窓から体を乗り出して、魔法の準備を始めた。
「でかい魔法で吹き飛ばすのは得意なんだがな。精密攻撃は苦手なんだ。もう少し近付けてくれ!」
リタの言葉に、俺達は再び男爵の車に追い付く。
流石に車ごと大爆発させるのは問題が有ると思ったのだろう。
「旋風刃!!」
狙いすましたリタの魔法が、前車の左後輪を切り裂く。
だが、その直前に前の車の男爵が何かを叫び、助手席の男がまた何かの操作をした様だった。
前の車の後部に取り付けられていた箱の蓋が開き、中から小さな物が幾つも落ちて来る。
「マキビシ!?」
だから、ほんとにチキチキマシンかよ?
オイルなら予備に載せていた物がこぼれたと言えば、まだ言い訳になるかもしれないが、これは完全に言い訳出来ない。
この様子からすると、さっきの人為的な落石もバーンズ男爵のさしがねで間違いないだろう。
それは良いが、軽トラのタイヤは思いっきりマキビシを踏んでしまった。
リタの魔法でパンクした男爵の車はバランスを崩して路外に逸脱するが、俺も同じ運命になる。
「大丈夫か?」
助手席の窓から乗り出していたリタが、車外に放り出されそうになっていたが、ラクティが咄嗟に左手で服の裾を掴んでいたので何とか無事そうだ。
パンクして停車した前の車のドアが開く。
男が降りて、こちらに肩を怒らせながら歩いて来る。
痩せ気味でちょび髭を貯えた男だった。
「何て事をしてくれるのだ!平民の分際で!」
大声で、こちらを怒鳴りつけてくる。
どうやら、貴族の身分を使って平民のラクティを恫喝しようとしている様だ。
この世界の男爵がどれくらい偉いのかは知らないが、それでも貴族と言うくらいだから、いつもなら少し困った事になっていただろう。
そう、いつもなら。
「それはこちらのセリフですわ。バーンズ卿」
服装の乱れを直して、リタが軽トラの助手席から降りる。
「エ、エルデリータ殿!」
彼女の姿に男爵が驚く。
どうやら、彼はこの車には平民であるラクティとその仲間しか乗っていないと思い込んでいたらしい。
「これは何でしょうかね?」
リタが地面に落ちているマキビシを一つ拾い上げ、男爵を詰問する。
「うっ・・・」
彼は何も言えなくなる。
「先に仕掛けて来たのはそちらですわ。幸い目撃者も居ますし、言い逃れは出来ませんわよ」
リタが指さす方から、大会係員らしき人達がこちらに走って来ている。
もちろん俺達は係員が配置されているであろう場所の少し手前から車間を詰めて仕掛けていた。
「あ、いえ、これは・・・」
男爵は何か言いたそうだったが、上手く言葉に成らない様だった。
他国とは言え伯爵家令嬢と男爵ではかなりの身分差が有る様だ。
むしろ他国の貴族相手では国際問題にもなりかねない。
「そちらのお車を調べれば面白い仕掛けが幾つも見つかるでしょうね。フォンダリル伯爵家が三女エルデリータの名をもって正式に抗議いたしますわ!」
リタのその言葉に、バーンズ男爵が項垂れる。
その糾弾が行われている間、ラクティは俺のタイヤに刺さったマキビシを一個一個抜いてくれていた。
足で画鋲を踏んだような痛みが有るので、早く全部抜いて欲しい。




