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レースは街と街をつなぐ街道を一時通行止めにして開催されている。
地元の貴族がその命令を出しているそうだが、ほぼ一日旅行者や物流が止まるのに不満はあまり出ていないそうだ。
一日くらいの遅延は許容できるほど、この世界の人はのんびりしている。
不便なところもあるが、この長閑な世界も悪くはない。
道は舗装もしていなく、大小の起伏が有る。
馬車や、魔動車でもゆっくりと走るのなら問題ないそのデコボコも全速力で走ると牙を剥いて来る。
スピードメーターは時速60キロメートルを指している。
俺が元居た世界のラリーではこの倍以上のスピードを出すはずだ。
その過酷さに比べると生ぬるいが、それでもノーマルの軽トラには厳しい。
ましてや、部品の加工精度や耐久性の低いこの世界の魔動車では耐えきれない。
平らな直線路ではかなりの速度を出せるだけのパワーが有っても、コーナーの連続する峠道では十分なスピードは出せない。
マイトハルトの様な準備不足の奴は他には居なかったが、それでも何処かが壊れて路肩に停まる奴は既に何人か出ていた。
そうなりたくない者は車体が耐えられる程度までスピードを落としている。
コースの半分くらいを過ぎる頃には、俺達はトップ集団に追い付くことが出来た。
先頭は依然リタとフィーナの小型のトラック型魔動車だ。
最初からそのために作られているので荷台の大きさは魔法陣の巻物に模した丸太三本が丁度納まる程度である。
その為、軽トラよりも少し大きいだけの車体は小回りが利き、峠道を縦横無尽に走ることが出来る。
ボンネット付きトラックである為、それなりのパワーのエンジンを積んでいる事も有利である。
他の参加車が既存の魔動車をこのレースのレギュレーションに合う様に改造して来ているのに対し、リタの車は元からレギュレーションに適合している。
と言うか、リタ達の魔動車の運用思想がそのままこのレースのレギュレーションになっているのだから有利なのは当たり前だ。
先頭を行くリタ達の魔動車の後ろに続くのは確かジュピター商会の車だ。
既存の大きめの魔動車トラックの荷台を小型の物に換えて軽量化している。
小回りは利かないが、パワーが有る分速い。
その次がバーンズ男爵の車。
マイトハルトのクーペと同じ車台が使われているが、車体後部をきちんと荷台に改造しているので荷物ははみ出る事なく収まっている。
その次は市販の魔動車トラックをそのまま使っているホーラ兄弟。
以下数台が続いていた。
皆、車体へのダメージを危惧して、比較的安全運転に徹している。
「膠着状態かな?」
「うーん、みんな、このまま行って、ゴール寸前のラストスパートを狙ってる感じか?」
ラクティの言葉に俺が所見を語る。
「どうする?今の内に少しくらい順位を上げておくか?」
俺はそう聞いた。
ビリからここまで追い上げて来た俺達は、この峠ステージでは他車よりアベレージが高い。
車体は今よりペースを上げてもまだ余裕で持ちこたえることが出来る感じがする。
「そうだな、ゴールの街に近付く程、道は広くて走り易くなるから私達のアドバンテージは小さくなる。今の内に前に出た方が良いかも」
ラクティがそう答える。
上位入賞は狙わないと言っていたが、実際のレースになるとやはり欲は出るものだ。
「良し!じゃあ行こう!」
俺達は加速して、前の一台に迫る。
峠道はそれなりに整備されていて、馬車や魔動車が片側一車線、計二車線で通れる位の幅は有る。
今はレースの為に封鎖されていて対向車は居ないので、追い抜くことも可能だ。
しかし、相手も抜かれたくはないので、車線を塞ぐ様にブロックして来る。
「だったら、こうだ!」
ラクティはコーナーでインの更に内側に突っ込もうとする。
内側は草が生えて、平らになっていて一見車が通れる様に見えた。
前を走る車は慌てて、そこを塞ごうとインに入る。
しかし、一見通り易そうな場所なのに草が生えているという事は、その上を誰も走っていないと言う事だ。
草地の上を走った前車がぬかるみに車輪を取られる。
「あそこは何時も湿っててぬかるむんだ」
そう言ったラクティが、インからアウトにラインを替えてその一台をパスする。
確かに不整地なのに不自然に平らな所は雨が降った時に水溜りになっている可能性が有る。
雨が上がったとしても泥が溜まっていてぬかるむのだ、それは俺も覚えが有る。
ぬかるみに嵌った魔動車は車輪が空転してストップしてしまう。
運転席と助手席から人が降りて来て、スコップと木の板を荷台から出し、ぬかるみからの脱出作業を始めた。
「流石に慣れてるな」
後方を確認した俺がそう言う。
さらに前の一台を狙う為に前方を見ると、俺達に触発されたのかトップの方でも順位変動が有った。
三位だったバーンズ男爵が二位のジュピター商会のトラックを抜き去り、トップのリタ達に迫る。
リタ達の車は部品の工作精度が高いのか不整地を安定して走っているが、男爵の魔動車は少し危うい。
俺はその走りに少し違和感を感じた。
リタ達は車体の耐久性を考慮して速度を押さえ気味にしているが、男爵は明らかに無理をしている。
まだゴールは遠いのに、ここでスパートを掛ける意味が分からない。
ここでトップを譲ったとしても、男爵の車は何処かでトラブルが出るだろうと思ったのか、リタ達は無理をせずに道を譲った。
抜き去った男爵の魔動車はトップになり、少し先行する。
俺達ももう一台を抜いて現在四位のホーラ兄弟の後ろに着いた。
「あれ!?あそこに誰かいる!」
先頭の方を見ていたラクティが声をあげた。
「こんな所に観客か?」
スタートの街を出るまでは沿道に観客は居たが、山の中のこんな所まで見に来る人が居るとは思えなかった。
脇道が有る場所には大会の係員が立っていたが、ここにはそんな物は無い。
「あ!」
ラクティが声をあげる。
先頭のバーンズ男爵が通り過ぎた時に、道の脇の少し高い崖の上に居たその人物が足元に何かをしたのが見えた。
次の瞬間、崖の上から大小の岩が街道に向かって落ちて来る。
バーンズ男爵の車は既に通り過ぎているが、リタ達の車は間に合わない。
急ブレーキを踏んで直前で停止しようとする。
横滑りして、軽くだが運転席側を岩にぶつけて止まった。
「大丈夫か!?」
直ぐに追い付いた俺達だが、ラクティは車を停め、運転席から飛び出して行った。
「ああ、なんとかな・・・」
岩の前で止まった魔動車の助手席から這い出して来たリタがそう言った。
運転席ではフィーナがぐったりしているが、外傷は無い様だ。
先入観からリタが運転しているのかと思っていたが、実は運転手はフィーナだったらしい。
良く考えてみれば、子供並みの体格のリタに車の運転は難しいだろう。
「良かった。無事だな!」
二人の無事を確認したラクティは、その横を通り過ぎ、崖を駆け上がる。
さっき見た人影が、森の奥に逃げ出そうとしていた。
身体強化の魔法を自身に掛けた獣人は、野生動物以上の素早さで逃げる相手を追い詰める。
二人の影が藪の中に見えなくなる。
「ぎゃっ!!」
と言う悲鳴が聞こえて来て、直ぐにぐったりと気絶した普通人の男を抱えたラクティが戻って来た。
「誰だ、これ?」
「こいつが土砂崩れを起こすのを見た。抵抗しようとしたからぶん殴って気絶させたけど」
リタの問いにラクティが答える。
「どう言う事でしょうか?」
背の高い普通人の中年男がやって来て、聞いて来る。
ジュピター商会の運送部門部長のマイク・カーンだったっけ。
「なんだなんだ、妨害工作か!?」
「だとするってえと、先に行ったバーンズ男爵が怪しいな!」
髭もじゃでずんぐりとした体格のドワーフが二人、そう言ってくる。
彼等がホーラ兄弟の様だ。
「そうだとしても、証拠は無い。今すぐに尋問するのも難しいしな」
リタが、気絶している男を見てそう言う。
「それは後だ。先ずはこれを何とかしないとな」
道を塞ぐ大小の岩を見て、ラクティがそう言う。




