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花火が打ち上がり、レースがスタートする。
各車一斉に走り出すが、後方スタートの俺達は割りとゆっくりと走りだす。
本格的なラリーなら、一台ずつ時間をずらしてスタートさせ、ゴールの着順ではなく純粋に経過時間で勝敗を決めるのだろうけど、この大会は一斉スタートで、着順での勝負になる。
後方スタートは不利ではあるが、長距離レースなので、スタート時の僅かな差は誤差と見るらしい。
参加台数も多くないので、予選も無かった。
スタート順は大会委員会がなんかあちこちに配慮して決めたそうだ。
リタ達がポールポジションなのはその配慮のお陰だし、参加者の身分が高い程、前の方である。
俺達が最後尾から二番目なのもそのせいだ。
それでも、俺達はそれを不公平だと言う気は無い。
この世界が身分社会なのは知っているし、だからと言って許容できない程の差別でもない事も知っているからだ。
いい意味でも悪い意味でも、大雑把な世界だ。
その分、何でもかんでも公平にしようとして、監視する者も居ない。
ラクティは軽トラのアクセルを半分くらい踏み込んで、前車について行く。
まだ街中で、平らな石畳の直線道路なので、各車のパワー差が如実に出る。
この世界の魔導エンジンはそれ程効率の良い物ではない様で、同じ大きさで俺の世界の自然吸気のレシプロエンジンの半分くらいの馬力しか出ていない様だ。
まだ技術の発達していなかった頃の内燃機関と同じだが、エンジンの大きさに制限が無いのだから、パワー不足はより大きな魔導エンジンを積むことで解決できる。
対して、こちらは軽規格に縛られているのでパワーはない。
その為、直ぐに前の集団から離される。
後ろに居た魔動車も、俺達を追い抜いて行く。
あっという間にビリになる。
「慌てるな。ゆっくり行け」
俺はダッシュボードに乗るぬいぐるみボディの口から、ラクティにそう言う。
「分かってる」
彼女が答える。
この展開はある程度予想していて、事前に打ち合わせをしている。
やがて魔動車の一団は街を抜け、街道へと入って行く。
敷かれた石畳は無くなり、剝き出しの土の地面になる。
街と街をつなぐ街道だから舗装はされていないまでもそれなりには整備されている。
しかし、通常は徒歩や荷馬車、ロバや使役竜が主に通る道だ。
猛スピードで魔動車が走る様には作られてはいない。
先頭集団はカーブに差し掛かると、スピードを落とす。
俺達はその隙に少しばかり差を詰める。
先頭を走っていたリタの車は俺の車体を参考にしたと言うだけあって、足回りは他の車より良く仕上がっている。
それ程スピードを落とさずに安定してカーブをクリアしていく。
それ以外の車は土煙を上げ無理矢理コーナリングをするか、素直にスピードを落とす。
ブレーキングは後ろへと連鎖していき、集団の後ろの方は渋滞になる。
そこに一台の車が突っ込んで行った。
例のマイトハルトのクーペ型の魔動車だ。
無理矢理載せた丸太がトランクからはみ出している。
他の車は何度かコースを試走しているので慌てず減速するが、どうやら彼はぶっつけ本番で走っている様だった。
今日になるまで彼の姿を見かけていなかった事から間違いないだろう。
渋滞に驚いて急ブレーキを踏むが、減速しきれていない。
荷物を載せる車ではないのにそこそこ重い丸太を積んでいるので相対的にブレーキが能力不足になっている様だ。
ハンドルを切って追突を回避しようとする。
カーブの内側には岩や立木が有るが、幸い外側は何もない草の生えた空き地なので、路外に出たとしても問題はない。
コース外に逸脱してもすぐ復帰出来るように思えたが、何故か何もない原っぱで急に蛇行をはじめ、急ハンドルの弾みで横転した。
俺達が追い付いてみると、どうやら屋根に載せるのを嫌がって助手席に載せた一本の丸太が急ブレーキと急ハンドルで車内で暴れて彼の運転の邪魔をしたらしい。
丸太がフロントガラスを内側から破りはみ出している。
トランクに無理矢理載せた二本の丸太も周りに散らばっている。
大会関係者が駆け寄り、ひっくり返ったクーペの車体からマイトハルトを助け出している。
悪運が強いのか大した怪我はなさそうなので、俺達はそのまま通り過ぎた。
「やっぱり、荷物はちゃんと固定しないと駄目だな」
ラクティに対して勝利宣言をしたくせに早々にリタイアしたマインハルトを横目で見ながら、俺はそう言った。
「運び屋には基本なんだけどな」
ラクティもそう言う。
軽トラの荷台に載せた三本の丸太はちゃんとロープで固定してある。
コースは次第に山道に入って行く。
「荷物が乗っている方が走り易い」
砂利道のコーナーを綺麗にクリアしながら、ラクティがそう言う。
「軽トラはある程度荷物が乗っている状態の方が、最適な重量配分になるからな」
俺はそう答える。
振り回してドリフトをするなら空荷の方が良いが、グリップで走るなら後輪に荷重が掛かっている方が良い。
それでも、車体が重い分スピードは出し難い。
俺達は無理をせず、堅実に走って行く。
マイトハルトのリタイアでビリから順位が一つ上がった俺達だったが、今は更に順位を上げ、全体の真ん中くらいに成っていた。
「前に停まっている車が有るぞ」
俺が警告する。
「了解」
ラクティは道路脇に停まっている魔動車の横を慎重に通って行く。
停まっている車はパンクして、タイヤ交換をしている最中だった。
これでまた順位が一つ上がる。
これが俺達が最初に遅れても慌てずにマイペースで走って来た理由だ。
この世界の魔動車はまだ普及し始めたばかりで、耐久性はあまり高くない。
レースで全速力で走ったりすると、更に何処かが壊れる可能性が高くなる。
それに比べて、こちらはパワーは無くてもタフさだけには自信のある軽トラだ。
ある意味『兎と亀』めいた状況に成っている。
「良し良し、この調子なら上位入賞、もしかしたら優勝も狙える」
俺は内心でほくそ笑む。




