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「こっちの宿も混んでるな」
宿の食堂で席に着いたラクティがそう言う。
言われた通り、食堂も宿泊客でいっぱいになっていた。
部屋も安い一人部屋は一室しか残っていなくて、ラクティがそこを押さえた。
「俺達同様、来週のレースの為に下見に来てる輩がいるからな。ほら、あそこに居るのがこの国の新し物好きのバーンズ男爵だ。他にも貴族や金持ちの魔動車を趣味にしている連中がチラホラ見えるな」
ラクティの向かいに座ったエルデリータがそう言う。
「他にも、準備の為のお役人達もいますね。当日は見物人も大勢来るでしょうから、宿の手配も大変でしょう。今から予約しておいた方が良いですね」
フィーナもそう言う。
二人とも以前の様な軍服ではなく私服だった。
貴族のお嬢様然とした服ではなく、動きやすそうなパンツスタイルの旅装である。
「なるほど、それで向こうの宿も満室だったのか。地元は儲かって良いだろうけど、こっちは良い迷惑だな」
ぬいぐるみボディの俺がこのテーブルに着いている人にだけ聞こえるくらいの声で、話す。
「なんだ、出場者が少ないから出てくれって言われたけど、それなりに居るじゃないか」
ラクティがそう言う。
「運び屋ギルドからの出場者も必要だったって事だろう?協賛しておいて、出場者が居ないのはメンツが立たないとか」
「ふーん、そうか」
俺の言葉にラクティが納得する。
「それにしてもここのレストラン虫料理は無いのか・・・」
メニューを見たリタが少しがっかりした顔でそう言う。
「また、エルデリータ様はそんなものを食べようとして」
フィーナが眉を顰める。
軍の兵糧にイナゴやバッタの様な昆虫が用意されている様な世界だが、それらはあまり上等な食べ物とは認識されていないらしい。
「ほら、ラクティも好きなものを頼め、支払いは俺に任せろ」
銀髪ロリエルフがラクティに向かってそう言う。
貴族の娘で、魔法師としてもそれなりの地位に居るはずの彼女だが、庶民のラクティにも気安く接してくれている。
「じゃあ、このドラゴンのオムレツ定食を」
メニューの一部を指して、彼女がそう言う。
宿泊費が高いので、食事代が浮くのは有難い。
「なんだ、そんな安いもので良いのか?昆虫は無いがエスカルゴが有るぞ」
リタがそう言う。
「ドラゴンが安い?」
彼女の言葉に俺は疑問符を浮かべる。
「竜騎兵や荷運び用の竜だから、そんなに珍しくもない。飼っていれば定期的に卵を産むし、食肉にも出来る。鶏の卵や肉よりも大きい分、一食分は安くなるぞ」
リタがそう説明してくれる。
なるほど、でかくて凶暴なドラゴンを想像していたが、この世界には家畜化された竜が居るのだからその肉などを利用するのは当たり前なのか。
つまりあれだ、馬を騎乗用や荷物運びに使う一方で、馬肉として食べるのと同じ事なのだろう。
「そうだな、たまには安い肉を食べるのも悪くないな。俺はドラゴンのステーキにしようかな」
「また、その様なゲテモノを・・・私は鹿肉の煮込みシチューにします」
リタとフィーナがそう言う。
給仕を呼び止め、フィーナが注文をする。
と言うか、やはりこの世界のエルフは普通に肉食をする様だ。
少しして、料理が運ばれてくる。
ドラゴンのオムレツはドラゴンの卵に刻んだドラゴン肉が入っているみたいだった。
卵の色が少し赤みがかっている以外は普通のオムレツに見える。
ふわふわで何も知らなければ美味しそうだ。
パンとスープが付いている。
リタのドラゴンステーキもフィーナの鹿肉シチューも美味しそうだった。
メニューを見たが、鹿肉シチューが一番値段が高かった。
翌日、宿をチェックアウトし、リタ達と別れる。
俺達はレース当日まで近場で運び屋の仕事をしながら過ごす。
リタ達はコースの試走とマシンの調整を続けるそうだ。
大会当日、街の大通りに十数台の魔動車が集まった。
リタとフィーナの組は招待枠だからなのか、並べられた車列の先頭、ポールポジションにいる。
他にも以前見たバーンズ男爵などの貴族、比較的富裕層の一般人などがいる。
「あれはジュピター商会の運送部門部長マイク・カーン、その後ろは王都を拠点にしている運び屋のホーラ兄弟ね」
エリカがラクティに説明してくれている。
彼女は運び屋ギルドの受付嬢だが、レースの為に臨時に手伝いとして駆り出されているそうだ。
まあ、手伝いもそこそこに友達の所に駄弁りに来ているのだが。
「そして、その次が・・・あれ?なんか揉めてる?」
ラクティに対して、出場者の紹介をしていたエリカだったが、騒いでいる出場者が居るのに気付いた。
俺達は列の後方だったが、その少し前で金髪の普通人の男が大会係員の腕章を付けたドワーフらしき男と言い争っていた。
「あれ、もしかしてマイルゼン商会のバカ息子じゃない?」
そちらを見たラクティがそう言う。
俺も同じ方に視線を送ると、なんか、見た事が有る人物がいた。
記憶をたどると、該当する人物に行き当たる。
確か、俺がこの世界にやって来てラクティに初めて会った時に、彼女の仕事の妨害をしようとしていた金髪成金野郎だ。
名前は確か、マイトハルト・マイルゼンだったか?
「知ってるの?」
エリカがラクティに聞く。
「一応ね。この近辺じゃ、割と有名人じゃない?悪い意味で」
ラクティがそう答える。
「そうね。良い話は聞かないかな。ともかく、スタートまではまだ時間が有るし、話くらい聞いて来るか・・・」
エリカがそちらの方に歩いて行く。
ラクティはあまり関わり合いたくないのか、その場に留まるが、やはり気になるのか少し遠くから聞き耳を立てる。
「だからですね、大会の規定でして、荷物としてこれを運ぶ事がレースの趣旨なんです」
困り顔のドワーフの男が、もう何度目かになる説明を繰り返す。
「知るか!そんな小汚い丸太をせっかく親父に買って貰った新車に載せられるかよ!」
マイトハルトが額に血管を浮かび上がらせ、叫ぶ。
今回の大会はエルデリータが魔法陣を描いた絨毯程の大きさの巻物を魔動車で運び、敵軍の陣地に予期せぬ方向からの遠距離攻撃をした事を模して行われている。
その為、巻物に見立てた2メートルほどの長さの丸太を三本運ぶのがレギュレーションである。
しかし、マイトハルトの乗って来た魔動車は2シーターのクーペで、丸太を積めるスペースは無い様に見える。
「ですから、参加要項に荷物を運べる車両で参加する様にと書いてあるじゃないですか・・・」
「そんな細かいとこまで読まねえよ。せっかく俺様が参加してやろうってんだ、少しくらい融通利かせろよ!」
係員との話は平行線のままだ。
「無理すれば、トランクに二本くらい入るんじゃないですか?もう一本は屋根にでも載せますか?」
やって来たエリカが勝手にトランクを開けてそう言う。
「止めろ!車に傷が付く!」
マイトハルトが叫ぶ。
「そうは言っても、レースで全速力で走れば傷はどうしても付きますよ。嫌ならレースを棄権する事です」
「うるせえ!この獣人女が!」
マイトハルトがエリカにつかみ掛かる。
ずんぐりとしたドワーフの男にはウエイトで敵わないと思って手出ししていなかったが、獣人とは言え女なら何とかなると思ったのか、行動に出てしまう。
「止めとけ」
エリカの襟元に手が届く寸前に、いきなり彼の目の前を丸太が塞いだ。
結局やって来たラクティが荷物の丸太を持ち上げて振り回したのだ。
身体強化の魔法を自分に掛けているので、勢い良く突き出した丸太がマイトハルトの顔面を殴打する寸前に止めることも出来る。
「お、お前!運び屋のラクティ!」
彼女の存在に気付いて、声をあげる。
以前、彼女に痛い目に遭わされているので、怯えて声がかすれている。
「ゴネたところでルールは変わらないよ。少しは周りの目を気にしたらどうだ?」
ラクティが言う様に、周りの見物客、他の参加者からも冷たい視線が彼に向けられている。
「ぐっ」
改めて恥の感情を思い出したのか、マイトハルトは押し黙る。
「棄権するならする。しないなら無理にでも丸太を積み込んで下さいね」
エリカが冷たくそう言い放った。
「くそ、積めばいいんだろ!この借りはレースで付けてやるぞ!」
マイトハルトがラクティを指差してそう言う。
元はと言えば、自分が参加要項を良く読んでいなかったのが悪いのに、逆恨みも良い所である。
俺は人知れず溜息をついた。




