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次の日、運び屋ギルドに行き、荷運びの仕事を受注して来る。
こちらの意を汲んでいたエリカが、丁度来週のレースのコースを通る仕事を用意してくれていたので、それを受けた。
街の工房に行き、つるはし等の道具を受け取り、それを山向こうの鉱山の街に運ぶ仕事だ。
マーク少年の父親が居た鉱山の街とは別の街だ。
荷台に重い荷物を満載しているので、ゆっくりと峠道を進んで行く。
「ラリーなら、レッキ帳を作る所なんだがな」
ダッシュボードのぬいぐるみボディで俺が喋る。
「レッキ帳?」
ハンドルを握るラクティが聞き返す。
「ああ、ペースノートとも言うんだったかな?コーナーの角度や、路面状態とかを書き留めておいて、レース本番にナビが読み上げるんだ。そうする事でドライバーは運転に集中できる」
「へえ、そうなんだ。やらないの?」
「本気でレースするなら、必要なんだろうけど、ラクティは言われた通りに車を走らせる訓練とかしてないだろう。俺自身もラリーなんかやったことは無いから、正しいレッキの取り方とかも分かんないしな。取り敢えず二人で大体で良いからコースを覚えるべきだな」
「まあ、この道なら何度か通った事が有るから大丈夫だよ。向こうの街までは馬車で途中一泊するくらい。魔動車なら朝出て夕暮れまでには着くくらいかな」
ラクティがそう言う。
そう言えば、あの街のギルドで見習いみたいな事をしていたのなら、近隣の道は通った事が有るのは当たり前か。
いわばホームコースという事だ。
これなら、結構良い所まで行けるか?
ラクティは順位には拘らないと言っているが、やはりレースに出るなら上位を狙いたいと思うのは人の性である。
ラクティが言った様に、目的の街には夕方頃に着いた。
今回はゆっくり走って来たが、レースになればもっと早く到着出来るだろう。
ここはマーク少年の父親が居たのとは別の鉱山の街なので、安心して宿に泊まる事が出来る。
ところが、ラクティがいつも使っていると言う宿屋が満室だった。
「困ったな、ご飯が美味しい割に安くて良い所だったのに・・・」
とぼとぼと、宿を出てくる。
「他の宿にするか?あそことかどうだ?」
彼女の腰のポシェットから半分顔を出しているぬいぐるみボディの俺がそう言う。
「あそこは高いんだよな。宿賃出せない事は無いけど・・・いっそ野宿かな?」
軽トラの所に戻って来たラクティが荷台に寝袋を出そうとする。
「いやいや、今夜は雨が降りそうだからちゃんとした所に泊まった方が良いだろ」
午後になってから、空模様が怪しくなってきていたので、俺はそう言う。
「うーん、雨降ったら中に入れば良いじゃない?」
やむを得ず野宿する時に雨が降ってきたら、車内に入って寝る事にしていたが、軽トラの運転席や助手席は狭いので体を伸ばして寝ることは出来ない。
軽トラの荷台に幌を張る事を考えた事も有ったが、荷物の積み下ろしの邪魔になるので荷台に屋根を付けるのは止めていた。
元の世界では軽トラを改造したキャンピングカーも有ったが、荷物が運べなくなるのでそれも却下だ。
「山道の途中とか人が居ない所なら野宿も仕方ないけど、人から見られる可能性がある街中で寝るのは止めた方が良い。一応女の子なんだからさ」
俺がそう言うと、流石にラクティは考えた。
「分かった、分かった。少し高いけど、向こうの宿に泊まるよ」
そう言って、ラクティは軽トラを少し高級な宿の方に動かす。
馬車や魔動車を停めておく宿の脇のスペースに駐車する。
「おや、もしかしてラクティさんですか?お久しぶりです」
駐車場で軽トラから降りた処で、声を掛けてくる者が居た。
「ええと、フィーナさん?」
スラリとした金髪のエルフだった。
確か、ベルディーナ王国軍魔法師団の見習い魔法師、と言うか俺のこのぬいぐるみボディを作ってくれたエルデリータの助手みたいなことをしていた娘だ。
「やあ、どうしたんだ、こんな所で?」
俺も彼女に声を掛ける。
彼女も俺の秘密を知っているから、話し掛けても問題ない。
「あ、はい。近々この周辺で開かれる魔動車レースに出場するので、コースの下見をしているところです」
彼女も俺にぬいぐるみボディ作成に立ち会っていたが、それでも喋るぬいぐるみに一瞬驚いた顔になってからそう答える。
「え?ああ、そうか、この間の戦訓を元にしたレースだから、当事者に参加してもらえれば得るものは大きいか」
「はい、こちらの国と我が国の関係は割りと良い方なので、軍を通して打診がありました。もしかして、ラクティさんとケイジさんもレースに参加されるのですか?」
俺の言葉にフィーナが聞き返す。
「ああ、私等も知り合いから頼まれて出る事になってる」
ラクティがそう答える。
「まあ、そうなんですか。でも、当事者と言うのなら、あなた方の方がそうじゃないですか?」
「そうだけど、そこら辺は秘密だろう。私等もそんなに上位入賞は狙ってないから、フィーナさんも漏らさないでくれると助かる」
「あ、はい。もちろんです」
フィーナと俺達はそこら辺の確認を改めてする。
「ところで、それがフィーナの魔動車か?」
俺は、彼女の後ろに有る一台の魔動車を指して聞いた。
小型のトラックだった。
車体前部にボンネットが有るタイプで、昔の乗用車の後部を荷台にしたトラックみたいだった。
荷台の広さは軽トラ程度だが、ボンネットが有る分軽トラより少し大きい。
クラシックカー然としたものが多いこの世界の魔動車の中では割とスタイリッシュに見える。
「そうだ。ケイジの車体を調べた時の知見を基に我が軍の工作部隊が組み上げた最新式魔動車だ!」
いきなり、背後から声を掛けられる。
ラクティが振り返って見ると、そこには子供の様な見た目の銀髪のエルフが立っていた。
「エルデリータ様!」
フィーナが声をあげる。
半ば予想していたが、そこに居たのはベルディーナ王国軍筆頭魔法師のエルデリータ・フォンダリルだった。
「こんな面白そうなレースに招待されたのだ、俺が直々に出ないでどうする!?」
腰に手を当て、何故か偉そうな態度でそう言う。
「お前達もレースに出場するのだな。いかにオリジナルが相手とは言え、手加減はしない!正々堂々勝負しようではないか!」
宿屋の駐車場で、周りの迷惑も顧みず大声でそう言う。
「ええと、雨が降りそうだから、取り敢えず宿に入らないか?」
あまり目立ちたくない俺は、声を潜めてそう提案した。




