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正午少し前の食堂。
タヌキとキツネの顔をした獣人娘が二人、テーブルを囲んでいる。
獣人なんて存在していない世界からやって来た俺にとっては珍しい光景だ。
まあ、この世界では当たり前の事なのだろう、周りの誰も気にしていないし、当人達も普通にしている。
一瞬珍しいと思った俺だが、獣人が普通に存在する世界だと思い直すと、それも日常の光景の様に思えてくる。
「その魔動車レース、あんたも出てみない?なんか性能の良い魔動車を手に入れたんでしょう?」
キツネ型獣人娘のエリカがそう言ってくる。
「運び屋だぞ。魔動車って言っても貨物用だ。そんなに速くは走れない」
ラクティがそう答える。
あまり乗り気ではない感じだ。
「それがね、このレース、荷物運びレースでもあるみたいなの。少し前にここの隣の国のベルディーナとその隣の国で戦争が有ったじゃない?その時、ベルディーナが魔動車を使って魔法師と魔法陣を運んで戦況を有利にしたって話が有るのよ。で、うちの国でも魔動車技術の振興の為にレースを開催しようって事になったって訳」
「ふーん」
エリカの説明に、ラクティは気の無い返事をする。
話を聞けば、その活躍した魔動車ってのが俺達の事だってのは直ぐ分かったが、ラクティはしらばっくれている。
中々のポーカーフェイス振りだ。
あの作戦の内容は終わった後も軍事機密であるし、俺達はもちろん他の人達にも口止めがされている。
人の口に戸は立てられないので、噂は広まっているが、詳細までは伝わってはいない様で、あれが俺達だってのは隣の国であるここまではバレてはいないと思う。
「国と地元の貴族様が主催で、運び屋ギルドも協賛してるんだけど、荷物運び用の魔動車は少なくってね、参加者があんまり集まらなくて困ってるの。優勝や上位入賞者には賞金も出るんだけどな」
エリカの言葉を黙って聞いていたラクティだが、『賞金』の所で、頭の上の大きな耳がピクリと動いた。
エリカもそれに気付いた様だが、無理にそこから攻めては来なかった。
「ラクティ、今回、孤児をギルドの見習いに連れて来たみたいだけど、あんまり良い顔をしない上役も居るんだよね。孤児院に入れろって言うんだけど、孤児院は孤児院であんまり環境は良くないし。あんたもお世話になった今のギルド長は良い人だから受け入れてくれるけど、そうでもない人も居るし・・・」
「何が言いたい?」
「別にぃ。あのギルド長、もう良い歳だし、後任に同じスタンスの人を持ってきたいけど、ギルド内の政治で色々有るしなぁ。ここで、ギルド長に縁のある誰かが活躍するとスムーズに行くんじゃないかなって話」
そこで、エリカが含みのある笑みを見せる。
「あの少年の為にレースに出て、勝てって事か?」
「別に優勝まではしなくて良いよ。出場してくれるだけでギルド長の顔が立つ。もちろん上位に入賞してくれても良いし、その賞金はあんたの物だ」
そう言って、エリカは自分で頼んだランチのサンドイッチを齧る。
「分かった。出場するだけはしよう。あまり目立ちたくないから、入賞するにしても下の方にする。さっき言った様にそんなに速い車じゃないから、上位に入ろうとしても難しいのも有るけど」
定食の麦ごはんと豚肉の生姜焼き掻き込みながら、ラクティはそう言った。
お金は欲しいが、それでホイホイと釣られるのをラクティは良しとしない。
義理人情を絡め、彼女を上手く誘導する手管は何処か慣れた感じがする。
キツネとタヌキの化かし合いと言われる事が有るが、この場ではキツネの方が役者が上の様だった。
「友達いたんだな。いや、知り合いくらいか?」
その日の晩、宿屋の部屋に入ったラクティに、ぬいぐるみボディの俺が話し掛ける。
「別に友達でも良いよ。あそこのギルドは私が昔下働きしてた所で、エリカは後から受付の見習いに入って来たんだ。歳が同じだし、そこそこ仲良くしてた」
ベッドに腰掛けた彼女がそう言う。
さっきは友達と言われた時には否定していたが、あれは照れ隠しだったのか。
と言うか、ツンデレ?
ともかく、俺は少し安心した。
今まで、あちこちを転々としていて、俺以外に長く話し合う人が居なかった。
俺と会うまでは一人で仕事をしていて、ずっと孤独だったのかと思っていたのだ。
「何?私の事、友達いない人だとか思ってた?」
俺の考えを察したのか、ラクティが俺を睨む。
「いや、別にそう言う訳じゃ・・・、ああ、すまん。実は少しそう思ってた」
一瞬誤魔化そうとしたが、俺は直ぐに本音を言った。
「まあ、あちこち動き回る仕事だから、友達は少ないけどね」
割とあっけらかんとした口調で、彼女はそう言った。
それ程気にしている訳でもなさそうだ。
彼女にもちゃんと友達が居て、帰れる場所が有る事を知って、俺は少しほっとする。
今はファンシーな見た目の俺だが、中身はアラフォーのおっさんなので、余計なお世話と思いながらも、若い子の事は気になってしまう。
「それよりレースだけど、どうしようか?」
ラクティがそう聞いてくる。
出場する事は既に決めていて、日中に運び屋ギルドで申し込みをしてきているので、『どうしようか?』と言うのはレースの準備の事である。
「そうだな、取り敢えず、コースの下見はしたいな」
俺はそう答える。
レースの本番は一週間後だが、コースは既に伝えられている。
一般の道路をそのまま使うコースで、道路は未舗装、峠道で山向こうの街まで行く、それなりの長距離レースだ。
俺の元の世界のラリーに近い形式の様だ。
一応レギュレーションの様な物も有るが、それほど厳しく決められている訳でもないので、今の俺の車体のままで問題はない。
俺の世界での自動車黎明期のレースみたいなものだ。
魔動車自体がそれほど普及していないこの世界も、それくらいの時代に相当するのだろう。
「問題はパワーの差だな。四駆やデフロックのシステムがある分、俺達の方が有利だが、レギュレーションがゆるゆるな分、排気量と言うか、魔導エンジンの大きさに制限が無いんだろ?」
「そうだな、既定の荷物を運べれば後は殆んど自由だ」
「こっちはこの世界基準で言えば効率はかなり良い方だが、それでもパワーには限りがある。やはり、ダートで曲がりくねった峠道って事だから、そこでパワー差を何とかするしかないな。やはりコースの下見はした方が良い」
夜更けの宿屋の一室で、俺達はレースの打ち合わせをしている。
「って言うか、別に一等賞になる必要も無いし、レースまでの一週間、その準備だけするのも勿体ないよ。お金も稼がなきゃいけないし、明日、そのコースを通る荷物運びの仕事が無いか、ギルドに聞きに行ってみよう」
もう眠いのか、布団にくるまりながらラクティがそう言った。
「そ、そうだな、細かい事は明日にしようか」
俺はそう答えた。
「ん、おやすみ」
ラクティが部屋の魔法の照明を消す。
俺は部屋に備え付けテーブルの上のぬいぐるみボディを操って、後ろを向く。
ぬいぐるみの中に小さな魔石が仕込まれていて、俺の意思で少しは動かすことも出来る様になっているのだ。
まだ練習中で、よたよたとしか動かせないけど。
俺のその動作を見て、ラクティが不思議そうな顔をするのが、動いている途中に少し見えた。
特に何か言っては来ない。
今まで、軽トラの荷台で寝ている彼女の寝顔を何度も見てきているが、改めてぬいぐるみとは言え人の形に近い物の視線は彼女が嫌がるのではと思ったのだ。
まあ、本人は気にしていない様だが、一応俺は紳士でありたい。




